153 悪気があったら、ただの悪人
シスコがファビウス先輩に「布団をかぶってたてこもり」案を伝えてくれたところ、ファビウス先輩はそのための準備をととのえてくれた。
つまり、わたしとシスコが泊まる部屋に、籠城生活に便利そうな保温ポットとかお菓子の詰め合わせとかを届けてくれた上に、見たことないような美しい花を活けた花籠までくださった。
うわー、名前を知ってる花がひとつもない! もともと、あんまり知識ないけど……。
顔を寄せると、とてもいい香りがした。清涼感がある系の……フローラルでも、あんまりベタつかないやつ。
「食事も部屋に届けてくださるそうよ」
「至れり尽くせりだね……」
「ファビウス様って、隙がないわ。気が利いてるっていうか」
「あーそうね。それね。気が利いてる!」
そんな感じで、我々はだいたい女子会をつづけていた。
この状況だと舞踏会もどうなるかわからないけど――シスコは、出席したくなければ出席しなくていいと思うわ、と断言してくれた――ドレスだけは仕上げたいというのがシスコの要望だった。
シスコ、ドレスのできあがりが楽しみでしかたないらしいし、あんなに頑張ってくれたラズマンドさんにも悪いから、まぁ……ドレスはちゃんと仕立ててもらおうかな。
「エルフの里のドレス、すごかったよぉ。石とかキラキラしてるし、形も謎だし」
「なにひとつ説明になってないわよ、ルルベル」
しかたないじゃん。エルフの里のものって、わたしの語彙と表現力を超えてくるんだもん!
洗濯しづらそう、なんてコメントしか思い浮かばないんだもん!
「靴は作り直したいわね」
「あー……」
そういえば、ドレスに合わせた靴は、エルフ校長のプレゼントだった……。
「口説いてもいないのに、物だけ贈るっていうのも腹が立つわ」
シスコがぷりぷり怒ってくれると、なぜか、わたしは癒される。なんでだろうな。でも、癒される。
「シスコ、ありがとね」
「感謝するのは、満足できるドレスができあがってからにしてちょうだい。あと、靴も。早く相談しなきゃ……ドレスに合わせてデザインし直しましょう。絶対、素敵なのを用意するわ」
ドレスの話題になってから、シスコはちょっと厳しい……。さすシス。
語彙がたりないなりに、夢みるようなグラデーションの編み上げ紐とか、洗濯どうするのか不安になる装飾とかの話をした。
痒いところに手が届かないわたしの説明は、シスコの想像力を大いに刺激したらしい。今度のドレスには間に合わないが、次に機会があったら反映させたい、と語ってくれた。
こういう話、いいな。
わたしは、シスコの話のレベルについて行けるほどの知識はないが……ただ聞いているだけでもいい。うっとりする。
立てこもり初日は、そうやって過ぎて行った。
翌日、リートはエルフ校長に呼び出されたが、帰還後、わざわざ報告に来た。
「とにかくルルベルに危害がくわえられることがないよう、見張ってろ、とのことだ」
「誘拐しろとはいわれなかったの?」
シスコが遠慮なく問う。……シスコ、なんかちょっと……強くなってない?
「いわれなかった。あれで、本人の意思を尊重しようとは思っているらしい」
あれで。まぁ……うん。そうね。わかるわぁ……。
疑わしいという顔をしているシスコに、わたしは説明を試みた。
「そういうところあるよ、校長先生」
「どういうところ?」
「わたしの意に反することは、できれば避けるつもりではある……っていうか? いろいろ強引なんだけど、本来は、嫌がることをやるはずじゃなくて……気がつかないうちに、自分勝手に突っ走っちゃってるっていうか」
「最悪じゃないの」
シスコが容赦ない! 否定はできないんだけども。
「悪気はないと思うんだよ」
「これで悪気があったら、ただの悪人でしょ。悪気がないからって、許しちゃ駄目」
「……はい。あのね、シスコ」
「なに?」
「代わりに怒ってくれて、ありがとうね」
つきあいきれん、という顔でリートが出て行くと、シスコはわたしの頭を撫でた。
「それくらい、いくらでも。でもね、ルルベル。ほんとは、ルルベルも自分で怒っていいんだよ」
「……うん」
わかってる。わかってるけど、どうしても思ってしまう。
魔王の眷属が姿をあらわし、実際に犠牲者も出てるのに。それなのに、だいじなときに魔力をまともに扱えなくなって……味方をしてくれるはずのひとたちの足並みを乱す原因になって……。
わたしの表情から、なにか察したのだろう。シスコはわたしをぎゅっとハグしてくれた。
シスコは、やわらかいなぁ。いい匂いがするなぁ。
……守りたいなぁ。わたしに守れるのかなぁ。
「でも、もしルルベルが怒れないなら、わたしが怒るから。大丈夫だよ」
「うん……ごめんね、シスコ」
「いったでしょ。わたしは、ルルベルを見て決めたの。わたしにできるところで、わたしのやりかたで、ちゃんと戦うって」
だから、ルルベルのためなら、とシスコは耳元でささやいた。
「いくらでも頑張れるよ」
「……わたしも。わたしもシスコのためなら頑張る」
「ルルベルは、ちょっと頑張り過ぎ。今は、ゆっくり休んで……あっでも午後は試着があるからね」
限りなくやさしいシスコは、ファッションのことになると厳しい。
「わかってる、わかってる。今日もうそれ三回くらい聞いてる」
「変更箇所があれば、早めに決めたいし。楽しみだな、ルルベルのドレス」
「わたしはシスコのドレスも見たいな」
「舞踏会に出なくても、ちゃんと見せてあげる。……あっ、よかったら、ふたりで舞踏会しようよ」
「あはは……どこで? ここで?」
「そう、ここで。ファビウス様なら、許してくださるわよ」
いやぁ、わたしの都合で輪舞メインにしてもらったのに、やっぱり、出席しないわけにはいかないんじゃないだろうか?
よく考えたら、エルフ校長は学園長だし、それなりに「わきまえた」行動はできるだろう。スタダンス様の謹慎も、そう簡単には解けないだろうし。舞踏会でちょっと見せ物になるくらい、頑張れる。
そういおうとしたとき、ノックの音がした。
「どなた?」
シスコが問うと、ドアの向こうから知ってる声がした。
「エーディリアですわ。こちらにいらっしゃると伺いましたの。ダンスの練習は、もうよろしいんですの?」
わたしたちは、顔を見合わせた。
シスコがわたしを案じてるのはわかるけど、この機会を逃す手はないよね。今回、舞踏会をまるっと回避したとしても……この国にいる限り、次の機会ってやつがある。
わたしが立ち向かえるようになったとき、武器は多い方がいい。つまり、マナーとかダンスとか、そういう知識は必要だ。
というわけで、午後はエーディリア様にダンスを仕込んでもらいつつ、ラズマンドさんが持って来た見本のドレスを当てて実際に動いてみたり、そこでまた布の量が、重みが、厚みが、カーブが、ひだが……と、ファッション偏差値の高い人々(つまり、わたし以外の三人)が激論をかわすことになった。
「靴なら、わたくしがお貸しできてよ。サイズが同じですし、このドレスにぴったりですのよ。白い繻子の靴で、少しだけビーズが留めてあるの。飾りを増やしてもいいんじゃないかしら……よかったら、明日、持って来るわ」
「エーディリア様は、お履きにならないんですか?」
「わたくしのドレスは、青と緑の中間くらいの、濃い色なの。白い靴は合わないから、履かないわ」
ああ……ビーコック・グリーンかなぁ。エーディリア様の銀髪が、むっちゃ映えそう!
「想像するだけで、お美しいです」
「社交の場では、お世辞がすらすらと口から出るに越したことはなくってよ。もっといってごらんなさい」
「えっ。えーっと……エーディリア様のお髪が映えて、素晴らしいですわ……?」
「まだまだね」
「……鍛錬します」
扇子で口を隠して眼をほそめたエーディリア様の、完璧なご令嬢ぶり! その笑顔、プライスレス!
シスコの笑顔も、マーヴェラス! プレシャス! ブリリアント!
ああ〜、女子会最高か!
拝啓、転生コーディネイター様。わたくし、転生先の希望を誤りました。正しくは、永遠にキャッキャウフフと女子会できそうな平和な世界に転生させてください、と願うべきでした!
皆も転生するときの参考にしてくれよな!




