152 さすファビ案件では?
そんなこんなで浄化を終えたところで。
ファビウス先輩が、真面目な顔で切り出した。
「ところで、すごく今さらなんだけど」
「はい?」
「侯爵家の宝飾品、勝手に返却してしまったことは、怒ってない?」
はぃい?
「勝手にじゃなかったですよね? むしろ、お願いして大丈夫ですか、みたいな」
「いや……説明してなかったからね。将来の配偶者に渡す品だってこと」
ああ! そうね! 聞いてなかったわ。さっき聞いたわ。
「びっくりしました」
「それは……おどろいただろうね。でも、断ってもったいなかったとは思わない?」
「えっ?」
「侯爵夫人になれるんだよ」
「……エルフの里におさまるのも無理ですけど、侯爵夫人も、わたしには無理です」
ファビウス先輩の眉が上がり、それから、ぐぐっと眉間に皺が寄った。
「エルフの里におさまるって、どういうことか、教えてくれる? さっきも疑問だったんだ。君たちを引き受ける準備ができたってジェレンス先生のところに報告に行ったら、ウィブル先生がいて、エルフって言葉だけは聞こえたんだよね。僕を見て、黙っちゃったけど」
「……黙っちゃったということは、ファビウス様にはお伝えする気がない、ということでは?」
「そうだね。で?」
で、とは?
無言でわたしを見るファビウス先輩の眉間に、皺はない。眉毛も、通常の位置である。
なのに……なんだろう! 圧がすごいぞ、圧が!
「つまり、その……校長先生が実はエルフだということは、ご存じですよね?」
「知ってるよ」
そうよね。そうよね、知ってるよね!
「エルフの里長のご子息でいらっしゃることは?」
「知ってる」
さすファビ!
「エルフの里の秘宝のことは、ご存じですか。つまりその」
「万象の杖だね。知ってる」
さすファビが過ぎる!
どこからどう説明すればいいんだ、と頭の中ぐるぐるになっているわたしに、ファビウス先輩は小さく息を吐いて。
「君が嫁に来れば、万象の杖ですべてを救える……とでも?」
さすファビぃ! ……これだけいってれば終わる。さすファビ!
さすファビ先輩は、こめかみを押さえて俯いた。
「校長は、なにを考えてるんだ……」
「エルフの考えることはわからないって、誰かいってました」
誰だっけ。ジェレンス先生だったかな……たぶんそう。
「君は、それでいいの?」
「よくないです。よくないので、リートに連れて戻ってもらいました」
「そういうことか……。さっきリートに、校長と対立することになると自分は校長側につかねばならないので、って。あらためて念を押されたんだ。それで、校長と対立しそうな展開があり得るんだなとは思ってたんだけど……これは想定の範囲外だ」
研究室に戻ってすぐかぁ。リート有能だなぁ。
そして、さすファビでさえ、その程度の情報では求婚騒ぎまで連想できないんだな。ちょっと安心した!
「よく連れて戻ってくれたな……まず、そこに感心する。校長の命令じゃないんだよね?」
「あ、はい。そうですね。校長先生は、わたしには、『ここに残れ』と。ここっていうのは、エルフの里です。で、リートには『たのんだ』って、おっしゃいました。わたしのことを、という意味ではあると思いますけど、なにをどうするって具体的な命令ではなかったので……」
「とはいえ、校長の命令に逆らったと判断されても無理はない状況ってことか。なるほどね」
あらためてそう分析されると、まぁ……リートがそういう選択をしてくれて、助かったって感じだな。わたしのことを置き去りにしかねない勢いではあったけど。
「リートは、エルフの里に長居したくなかったようですし」
「……リートには、結婚の申し込みはされてないんだよね?」
「まさか! そんなの、あり得ません」
「ふつうはね、侯爵家の家伝の宝石を与えられたり、エルフに口説かれたりもしないんだよ」
「口説かれてないですよ。いきなり、結婚してください、でした」
「そうなの?」
「そうなんですよ」
わたしをまじまじと見てから、ファビウス先輩は特大のため息をついた。
「……口説かれても気がついてないだけなんじゃない?」
「そんなことはないです。校長先生は、口説いてなかった、ってご自分でおっしゃいました」
「どういう状況なんだ」
ファビウス先輩も、思わず言葉がこぼれた、って感じだったけど。わたしも、心の声があふれてしまった。
「もう嫌、こんなの……」
エルフ校長の求婚だけでも、いっぱいいっぱいなのに。
あの宝飾品に、そんな意味があったなんて……知りたくなかった。
でも……知らないままってわけにも、いかないよなぁ。知って、対策しなきゃ。
「ルルベル」
いたわるように名を呼ばれて、はっとした。
ファビウス先輩は悪くないのだ。今のところ。僕も責任をとるために求婚しようとか、口走らない限りは!
「すみません、ちょっと弱音を吐きました」
「心配しなくていいから。少なくとも、この研究室にいるあいだは気を抜いて休んでいいよ」
変な想像をした自分を責めつつ、わたしは、ありがたくその申し出を受け入れた。
「助かります。なんだかもう……どうしていいのか、わからなくて」
言葉にすると、ますます混乱する。なんで、こんなことになったのか。
乙女ゲームでいえば、複数ルートで好感度上げて求婚フラグが立ちました、って感じ? やり込み知識を活かして逆ハーレム・ルートですよ! みたいな? でもそんなの狙ってないし、望んでもいない。
「弱音も、いくらでも吐いていいんだよ。前にいったよね、頼ってほしいって」
「はい。じゃあ、見苦しくない範囲で愚痴をこぼします」
「いいよ。なんでもいってみて」
わたしは顔を上げ、心配そうに見守るファビウス先輩に……こう告げた。
「シスコと話したいです」
ファビウス先輩は苦笑して、いいよ、と答えながら立ち上がった。
「連れて来るよ。僕はいない方がいいだろう」
「あ、いえ、そんな」
「男性の相手をするのに疲れたんだよね? 大丈夫、なんとなく知ってるよ。姉がいるからね」
「お姉様……も、異性のお相手に疲れたりなさるんですか?」
「うん。まぁ、そういう扱いには慣れてるんだ。ほんとに、気にしないで」
さっと出て行ったファビウス先輩には申しわけないが……非常に申しわけないのだが!
ひとりになって安心したし、シスコが部屋に入って来てくれたときも嬉しかったし、なんかもうほんと、すみません!
あと、これ両方とも、すでに提案されてたという事実も思いだしたよね! わたしが浄化に前のめりでなければ、とっくに実現していたのだ……ひとりにもなれたし、シスコと話すこともできてた。
……さすファビ案件では?
「どうしたの、ルルベル? ファビウス様にいわれて来たんだけど……」
「シスコぉ……悪いけど、わたしの愚痴を聞いて!」
「うん、聞く……聞くから泣かないで」
おおぅ……そんなつもりはなかったが、泣いてしまった。鼻水もちょっと出たかも。美しくない。
シスコに宥められつつ、わたしは一連の話をした。つまり、エルフ校長に求婚された話とか、スタダンス様から贈られた宝飾品が先祖伝来の求婚用品だった話とかである。
ちょっと支離滅裂だったかもしれないが、シスコは話の勘所を迷いなく掴み、怒ってくれた。
「なにそれ! ルルベルのこと馬鹿にしてるとしか思えない!」
「小さなことだと思うの」
わたしは、すすり上げながら説明した。
そう、わたしの結婚なんて。世界の危機に比べたら、なんでもないことだ。恋愛に関しては、いうまでもない。
恋愛結婚が許されないひとは多い。貴族の政略結婚なんかが真っ先に頭に浮かぶと思うけど、平民でもそうだからね。親が決めた相手に嫁いだり、街の世話役が話を進めたり、恋愛と関係ない結婚は多いのだ。
「実際に……魔王の眷属のせいで亡くなったひともいるのに、こんなことで参ってちゃいけないと思うんだ」
「なにいってるの! わたしだったら、布団をかぶって部屋から出ないわ」
「でも……」
ぐだぐだしているわたしに、きりりとした表情でシスコは宣言した。
「ルルベルがそうしたいなら、わたしも一緒に布団をかぶるわ」
「……えっ、一緒に布団を?」
「そうよ。……まぁ、布団はかぶらなくてもいいけど……ずっと、一緒にいる。聖属性とか、そういう話は抜きでルルベルのことをちゃんと見てくれるひと以外には、絶対、ルルベルを渡さないわ」
うわぁん、シスコぉぉ……。




