151 嘘をついたら、今のは嘘と教えてほしい
もう一回。
「誰も、失いませんでした。……吸血鬼なんて、魔王の眷属の中でも高位で、もっとも厄介な相手ですよ。それを、しりぞけたんです。だから、わたしたちは誇ってもいいと思います。わたしは……なにも、してないですけど」
ファビウス先輩の表情が、ふっ、と。ゆるんだ。
「君は、君がいるから災厄が訪れると思っているかもしれないけれど。君がいるから、皆、頑張れるんだと思うよ」
「……あはは、そんなことはないと思いますが。あ、いや後半の方です。前半はそう思ってますけど、できるだけ気にしないようにしてます」
気にしたら負けだ。
……気にしてるから、たぶん負けてるけどな!
へらっと笑った――わたしの脱力系笑顔を表現するなら、こんな感じだろう――わたしに、ファビウス先輩は真剣な面持ちで告げた。
「後半も信じてよ。少なくとも僕は、君だから頑張れる」
んんん……んーっ! 久しぶりに濃いの来ましたね、ファビウス先輩!
しかも、伝家の宝刀・上目遣いを抜いてるー! わぁー!
「ありがとうございます」
「信じてないって顔してるね」
「いや……いやいや、そんな失礼なことは思ってませんよ?」
「ほんとうのことなんだけどな。君じゃなければ、とうに逃げ出してるよ。吸血鬼に魅了されるなんて、恥だからね。皆に申しわけないし、自分の愚かさに吐き気がする」
「吐き気ですか!?」
わたしも、日々、自分の愚かさは感じる。でも、吐き気は催したことないな! さすが天才、愚かだと感じると吐き気か……。
なぜか深く納得してしまったわたしに、ファビウス先輩は苦笑して告げた。
「スタダンスの気もちが、ようやく少しはわかったよ」
「え、どんなです?」
「申しわけなくて、どこかに消え去りたい、ってさ。謹慎処分を受けて、ちょうどよかったって話してたよ」
……あれ?
「でも、謹慎処分を受けてらっしゃるスタダンス様と、いつ、そんな話を?」
「訪ねたんだ。ちょっと用があってね」
「スタダンス様、よくそんな話までしてくださいましたね」
「僕が問い詰めたせいかな」
問い詰めちゃったのか。精神的に弱ってる相手を問い詰めちゃったのかぁ!
「大丈夫だったんですか?」
「スタダンス? 間違った方向に思い詰めてるみたいではあったよね。あんな宝飾品を寄越すくらいだし」
「あんな……」
あの超豪華なやつね。まぁ、困りはしたけども、そんな唾棄すべきものを見たみたいな顔で言及せんでもよいのでは?
……というわたしの表情を読んだのか、ファビウス先輩は少し楽しげにこう尋ねた。
「君、あれの意味、わかってないよね」
「意味? え、意味ってなんですか」
「ノーランディア家には、先祖伝来の宝飾品っていうのがあってね。結婚の申し込みに使うんだ」
わたしは眼をしばたたいた。
えっ。最近なんか求婚シチュエーション多くない?
それも、わたしが理不尽に求婚されてない?
いやいや、宝飾品一発で求婚はないでしょ。乙女心的に、ナイワーとしかいえないでしょ。わたしの脳内のウィブル先生も、声をあわせていってくれるよ。ないわぁ……。
だいたいさぁ。乙女ゲームっぽい世界に転生したいとは要望したけども。絶対結婚したいなんて、誰もいってないの!
正直、恋愛のときめきとか、胸がキュンキュンとかは、ちょっと体験したい。……それはしたいよね。したいけど、つきあいはじめたカップルのイチャコラもなにもかもすっとばして、いきなり結婚しよう展開は、まったく望んでない!
いやでもまぁ……一応、確認はしようね。勝手な思い込みだと困るし。
「あれが、それだったんですか?」
「そう」
それだったかー!
いやもうほんと、やめてくれ。
「その話を思いだしてウィブル先生に相談してみたら、それは受け取るのはまずいだろうってことになって。それで、すぐ返却したわけ」
「なるほど……」
「スタダンスなりに、責任を取ろうとしていたみたいではあったけどね。求婚するなら、品物だけ送りつけるのは駄目だろう、って諭しておいた」
「いや、そういう問題じゃなく……」
問題は! スタダンス様も、べつにわたしに恋しちゃったりしてないだろってことだ!
吸血鬼に魅了された責任を感じるのは、まぁ……わかるよ。わたしがその立場だったら、きっとそうなるもん。スタダンス様ほど真面目な好青年なら、そりゃもう、後悔に苛まれるだろうよ。
でもさー!
違うじゃん! 責任の取りかたが、間違ってるじゃん! わたし、べつにスタダンス様と結婚したくないもん!
ファビウス先輩が正体に気づいてくれたからよかったものの……なんの説明もなくそんな意味のあるものを送りつけるなんて、なんのトラップだよ! 皆当然知ってるものとでも思ってるのか! ……思ってるのかもなぁ。実際、ファビウス先輩は気がついたわけだし?
いやぁ……返却してもらって、ほんとよかった……返品不可とかじゃなくて。
……待てよ。あらためて持って来るかもしれないって、いってなかった?
「あの、ひょっとして……スタダンス様は、まだそのお考えをあらためてくださっては……いない、と考えた方が?」
「僕が話をしたときは、日を改めて挨拶に来たいと話してたよ。今、彼がどう考えているかは、ちょっとわからないけどね」
リートだったら「俺が知っていると思うのか」って返すところだな! 質問してすみません!
「そうですよね……」
「君はまた、僕のことを信じるの?」
「え。……今の、冗談なんです?」
びっくりしたわたしに、ファビウス先輩はゆるく頭をふった。
「冗談じゃないけど。僕は、けっこう嘘つきだからな」
「そうなんですか」
「うん」
「じゃあ、嘘をついたときは、今のは嘘って教えてもらえると助かります。わたし、頭がよくないので」
空気が凍りついた。ペキペキと音がしそうなくらいだ。
あー……今のはないな。ないわ。
「本気でいってる?」
「……すみません。わりと本気でした」
そうか、と呆然とした面持ちでうなずいて。すぐに、ファビウス先輩は気を取り直したらしい。くすっと笑って、こういった。
「なかなか面白い提案だね」
はっきり、頭が悪い提案だと評価してくださってもいいんですよ……自覚はあるので!
「ありがとうございます」
「じゃあ、もし嘘をついたときは、こうやって二回、まばたきするよ」
ぱちぱちっ、と。おどけた様子だけど、美形がやると、単に美しいですね……まじまじと眼を見ちゃだめだということを、わたしはエルフの里で学んだはずだ!
「まばたき二回したら、嘘ってことですか」
「うん。……さて、ずいぶん話しちゃったけど、本題に移ろうか」
「本題?」
「浄化。試したいって、いってたよね」
「あ、はい! 是非、やらせてください」
たしかに、前置きはずいぶん長くなっちゃったけど。いろいろ喋ってからのせいか、浄化に挑んだときには、わたしの気もちはなんだか軽くなっていた。
……あれっ? なんか不思議だな。とくに、打ち明け話をしたとか……そういうわけでもないのに。ズーンって落ち込む感じが、なくなってる。
魔力はもちろん、感じ取れたりはしないけど。でも、つないだ手と手のあいだに、あのピンク色がちらちら光って見えるから、ちゃんと出てるんだなってわかる。
「勢いが強過ぎたりは、しないですか?」
「大丈夫。……なんというか……すごいね」
「え?」
「浄化って、こんな感じなんだな」
えっ、どんな感じ!?
不安になったわたしを、ファビウス先輩はとろんとした眼で見た。くっ……なにこれ、こんな必殺技も隠し持っていたのか!
「なにもかも……」
「なにもかも?」
「どうでもよくなる」
……それ、駄目なやつなんじゃ?
と思ったわたしに、ファビウス先輩は眼をパチパチッとして見せた。
「ファビウス様!」
「ごめんごめん。つい面白くて。実をいうと、あんまり得意じゃないんだよね。他人の魔力を入れるの。でも、すごく抵抗なく入って来たし、自分の魔力と馴染むっていうか……あとで計測器の数値も確認しないとな。単純に考えると、他人の魔力を入れることで一時的に魔力量は増加するはずなんだけど、浄化って、ふつうの魔力貸与とは違う可能性があるから」
こういうところ、ファビウス先輩マジでファビウス先輩だな……。
いきなり眼をパチパチするのも、さすがだけどね! さすファビ!




