15 ジェレンス先生マジでチートじゃん
転生コーディネイター情報:生徒に紛れている
護衛情報:そもそも不可視状態
……紛れている、の意味がなんかおかしいよなぁ! 転生コーディネイターからしっかりした情報をゲットするのって、難しいなぁ! これが最後の「えっ、話が違う」じゃない予感しかしないなぁぁ!
まぁ、見えないならそれでいい。初対面マジックも終わってるだろうし、気にしないことにしよう。
わたしは気もちを切り替え、弟じゃない方のリートと一緒に教室に戻ることにした。
この際だから、これを友人第一号に見立ててみようではないか。控えめイケメンだし平民だし……共通の話題が安全保障しかないという欠点はあるが、気が利くし。
「じゃない方」
「……は?」
「ジャナイって呼ぶのはどうかな」
弟じゃない方のリートは、わたしをじっと見てから答えた。
「あまり愉快な気分にはならない冗談だな」
「エーディリア様なら、冗談として成立しないとおっしゃる系の」
「そういうことだ」
冗談ではなかったけど、ついでに思いだしたので訊いてみる。
「そういえば、ジェレンス先生が殿下とエーディリア様は婚約秒読みとおっしゃってたけど……そうなの?」
婚約してしまえば、そう簡単には落とせないだろう。わたしは王子を落としたいわけではない。断じて、それは避けたい。できれば、王家のお宝だけうまく提供してもらえる程度の友人関係を結びたいところだが、とにかく、さっさと婚約してほしい。
安全圏に行ってほしいのだ……婚約しちゃえば大丈夫だろう。そうだよね?
前世で読みふけった数々の小説では、婚約しちゃっても大丈夫じゃなかったようだったが……いや、あれはフィクションだ! 婚約さえしてくれれば! 大丈夫であってほしい……。
わたしの願望がこもった問いを、弟じゃない方のリートは斬り捨てた。
「いとも尊きかたがたの噂に興じるのは、王立魔法学園の生徒にふさわしくないおこないだ」
……なに急に優等生回答、と思ってから気がついた。当然ですよね、ジェレンス先生相手にさえご令嬢が噛み付く話題である。おおっぴらに話せる話題じゃないはずだ。誰かに訊かれたら困るのだ。
やばいやばい。そんなの、わたしが真っ先に気がつくべきことだ。ド平民なんだし。
「……そうですね。失礼しました」
わたしたちの会話は、そこで止まってしまった。……やっぱり安全保障以外に共通の話題がなくない?
早急に、きゃっきゃ話せる友人希望! 癒しがほしい、癒しが!
「よかったら、隣に座ろう。俺でも教えられることがあると思う」
どうせ接近してしまったんだから、いつでも一緒にいる方がいい――と昼休みの終わりに諭されたので、わたしはその提案を受け入れた。
「ご親切に、ありがとう」
どれくらいの距離感で接したらいいのか、いまいちわからない。でも、教えてもらえるのは助かるので、さっそく、本の記述ではわかりづらかったところを確認してみる。
「じゃあ、対属性を副属性にすることも可能なんだね?」
「そうだね。ただ、あくまでも例外的にという話になるよ。一般的には、親和性の高い属性を訓練する。その方が副属性として獲得できる可能性が高いから」
わたしが目覚めたらしい聖属性は、あまりにも孤高過ぎて、親和性の高い属性が存在しない。
話に出た対属性っていうのは、属性の親和性の上で対極にあるもの。たとえば、火と水とかね。火属性もわりと孤高気味の属性で、副属性に選べる他の属性があまりないから、だったらいっそ水を狙ってみよう、という戦略はあるらしい。誰だって、副属性も使いたいし、相反するふたつの属性を扱えるのは強みになるからだ。
ただ、わたしの場合、聖属性の対属性って……魔属性なわけで。人間が扱えるものじゃない。
「わたしは、それも無理なのね……副属性が使えると、少しは安心なんだけどな」
「まずは基礎知識だと思うよ。逸る気もちも、わかるけどね」
教室にいるときの方が、リートは親切キャラだと思う。たぶん、良きクラスメイトを演じているのだろう。
「……興味本位で訊くんだけど、ジェレンス先生の五属性ってなに?」
「火、水、風、時。あとひとつは非公開」
時属性ぃ? チートじゃん。三大属性ぜんぶってだけで、もう完全にチートなのに。
しかも、まだあるのか。
「すご……」
「副属性の多い人を羨んでいてもしかたがないよ」
正論パンチを食らいましたが、だって羨ましくもなるじゃん。わたしは魔王とその眷属以外には無力なのに、ジェレンス先生つっよつよじゃん。そりゃ当代最強とも呼ばれるわ。
王家とエルフのアイテム着込んで魔王と戦ってほしい……やはり落とさねばならないのだろうか? せめて友情? 先生と友だちになれば、ぼっち問題も解決だ! ……とは、ならないよな。
「リートも羨ましく思うことあるの?」
「五属性使える人が羨ましくなかったら、この世のなにが羨ましいのかな」
「そこ、独身教師の前でイチャつかない!」
話題の主が割り込んできた。
「イチャついてません」
リートは、さらっと返した。鉄面皮である以上に心臓も鉄。たのもしいが、癒しはない……。
「同日入学者同士、親交を深めるのは悪くないが……入学時期は一緒でも、知識量の差は絶望的だからな。リート、自分の勉強に支障が出ない範囲にしておけよ。ルルベルは、入学試験免除だったツケを払ってるところだからな」
「はい、先生」
そりゃ、なる早で入学しなさいと学園側から誘われたのだから、わたしは入学試験なんて受けなかったけど。
でも、いわせてもらえば、平民は! 事前に魔法の勉強や訓練ができる環境なんて! ないから! いや平民という言葉の概念が崩壊しそうな上流寄りの平民は別かもだけど……下町のパン屋の娘には、無理だから……。
「今、副属性がほしいみたいなこと喋ってなかったか?」
「俺が、聖属性魔法は魔王とその眷属にしか効果がないと説明したので」
「そうだな。だから聖属性魔法の使い手は、難しい」
ジェレンス先生は、わたしを見て少し気の毒そうな顔をした。えっ、この先生に気の毒がられるなんて! わたし、よっぽどなのでは!?
「あの、難しいとは……どのような」
「わかりやすくいえば、自分の身を守る方法がないのが問題だ。この国を興した王はもともと筋肉馬鹿で、歴代の聖属性魔法使いの中でもっとも危なげがなかったといわれるが、それでも三回ほど命の危険があった。裏切り、寝返り、罠。建国前の大暗黒期に至っては、聖属性魔法使いの取り合いで戦闘になり、肝心の聖属性魔法使いが死んでしまうという馬鹿な事件が原因だ。挙げ句、お互いに罪をなすりつけあって、魔王との戦いどころではなくなった。地は乱れ、天は荒れ、夜が明けない日が百日もつづいたという」
ひぃぃ……。弟じゃない方のリートにもさんざんいわれたけど、具体例過ぎて。
「先生、あまりルルベルを脅さないであげてください」
おまえがいうな。危機意識が足りないとかいって、物騒な話ばかりするおまえがいうな!
「まぁ、命と引き換えにしてでも守ってやる、って気概のある仲間をつくるのが最善だろうな」
「難易度高いです、先生……」
「副属性獲得の方が難易度高いぞ」
どんだけよ!
……と思ったのが顔に出たのか、ジェレンス先生は珍しく、やさしい顔をした。えっ、レアじゃない、これ?
「そうだなぁ……聖属性が貴重っていっても、魔王復活でもなきゃ争奪戦までは起きねぇだろうし。今のところ、魔王の封印がとけたって話も聞かんしな。案外、おまえが生きてるあいだは平和に終わるかもしれんぞ?」
それはないんです、先生……。転生コーディネイターが! それは絶対ないって……!
とは口にできないので、わたしはできるだけにこやかに同意した。
「そうなったらいいんですけど」
「ま、それを期待して無為に過ごすわけにもいかねぇし、まずは魔王を爆速で倒せるようになるのを目標にしたらどうだ?」
それ、まずはとかいう段階で設定する目標ですか? 魔王って爆速で倒せるものなの?




