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149 みんな夢だったみたいな気分

 そのまま待っていると、保健室のドアがノックされた。

 ウィブル先生かなと思って立ち上がりかけたわたしを手で制し、リートがドアに近寄る。


「どなたです」

「ウィブル先生にいわれて、シスコ嬢を連れて来た」


 この声は……ファビウス先輩か! え、もう大丈夫なのかな。

 リートは冷静に問い返す。


「ふたりだけですか?」

「そう。……ああ、ウィブル先生には『ないわぁ』といえば信じてもらえるだろう、といわれたよ。なにがないのかは、教えてくれなかったけどね」


 ウィブル先生だわぁ……。

 わたしは感心したが、リートはピンと来なかったらしい。わたしの方を向いて尋ねた。


「室外には音が伝わらないようにした。今の、なんの話だ?」


 リート、なんでまだ国家資格とれてないの? 魔法使いを名告っていいだろ、これ。年齢制限? そういや資格取得条件について詳しく調べてないな。暇があったら調べなきゃ。


「ほらー。校長先生の求婚」

「……ああ、そういうことか。いってたな。なるほど、了解」


 リートは咳払いをすると、またドアの外に語りかけた。


「確認できた」

「では、こちらも訊いていいかな」


 ……えっ。なにを?


「かまわんが、答えるのは俺でいいのか?」

「もちろん。昨日、僕が君たちに出した課題の内容を教えてくれないか。それで本物だとわかる」

「ルルベルの魔力で俺の魔力玉を覆ったものを作成し、何個中身を残せるかで評価するといわれた」

「素晴らしい」

「実は、手元に持っている。評価してもらおうか」


 いいながら、リートはドアを開けた。

 ファビウス先輩の横に立っていたシスコが、わたしを見て、へにゃっと笑った。そうとしか表現できない。


「ルルベル……!」

「シスコ、大丈夫だった? 殿下になにかされなかった?」

「うん。ごめんね、ルルベルにシュガの実を持って行こうとしたところを、呼び止められて……一緒に行きましょう、って」

「なにも謝ることないよ」


 わたしはシスコの手をぎゅっと握った。シスコも握り返してくれた。大きな眼がちょっとうるんでる……。


「ルルベル、いろいろ大変だったんだってね」

「僕が知っている限りの事情は、彼女に話したんだ」


 わたしはまだドアのところに佇んでいるファビウス先輩を見た。……うん、元気そう。見た目は。


「ファビウス様は、お加減は……?」

「元気だよ。魅了にかけられていたあいだのことは、よく覚えていないけどね」


 最後に見たときのファビウス先輩は、赤い眼で……ちょっと思いだしたくなくて、わたしは目を伏せてしまった。

 しっかりしろ、ルルベル。


「僕、骨折したんだって? ウィブル先生が治してくれた状態で正気に戻ったから、痛みもなにも感じなかったよ。運がよかったな」

「えっ」


 知らなかったらしいシスコが、びっくりしてファビウス先輩をふり返った。

 そりゃ、びっくりするよね……生属性すごいよなぁ。ていうか、ウィブル先生がすごいのか。


「おどろかせちゃったね。ごめんね、シスコ嬢」

「あ、いえ……」

「それよりルルベル、ウィブル先生とは話をつけてきた。研究室に行こうか。シスコ嬢も来てくれるそうだよ」

「えっ」


 びっくりするのは、わたしの番である。マジでか。


「今のところ、直接危害をくわえそうな魔王の眷属の活動は確認されていないし、政治的な話なら、僕が盾になれるから」


 なんてことないように、ファビウス先輩は話すけど……また迷惑をかけることになるのでは? たとえ、あの吸血鬼に怯える必要がなくなっても。

 それから、とファビウス先輩は言葉をつづけた。


「念のために、浄化もしてほしいしね」

「……でも、今はわたし――」


 魔力自体は消えてないみたいだけど、なにも感じられない。たしかに、あとで浄化してあげてねとウィブル先生にはいわれたが、それができるかどうかも……魔力放出だけで、なんとかなるだろうか?

 そんなことを考えているのを見透かしたかのように、ファビウス先輩は肩をすくめた。


「勝手なことをいうようだけど、実験してみたいんだ。魔力操作の感覚が失われていても、染色で解決するかどうか。協力してくれるかな?」


 ……なるほど。


「はい、よろこんで。願ってもないお話です」

「よかった。じゃ、行こうか。」

「確認していいですか。非戦闘員三名に、護衛は俺だけですか」


 リートの問いに、ファビウス先輩は微笑んで答えた。


「うん。そういうことだよ。よろしくね」

「ひとつだけ、理解しておいていただきたいのですが」

「なに?」

「俺は、校長先生に雇われてますので。校長先生と敵対することは、できません」


 そうか。それがあったか。

 ファビウス先輩はわずかに眉を上げて疑念を表明したが、めんどくさそうな話は後回しにすることにしたらしい。とにかく行こう、と声をかけて歩きはじめた。


 ……という感じで、我々は研究室に戻って来た。

 あれって昨日のことだっけ? 玄関ホールに飛び散っていた血飛沫は跡形もなく掃除されている。もちろん、エルフ校長が作った植物の籠――放り投げられたわたしをキャッチしたアレだ――も消えていた。

 みんな夢だったみたいな気分だな……。


「ここの防御も補強してあるんだ」


 スピーディー過ぎる! えっ、いつやったの。

 ファビウス先輩の研究室がファビウス先輩本人によって襲撃された事件って、昨日でしょ。昨日だよね? エルフの里で一晩過ごしたら一年経ってました、なんてことはないはずだ。


「それぞれ、くつろいでくれていいよ。昼食は注文してあるから、それまでゆっくり過ごして。いろいろあって疲れてるだろう?」


 ……その台詞、いわれる側じゃないですか? ねぇ? どう考えても!

 しかし、ファビウス先輩は、僕はやることがあるからといって書斎っぽい部屋に向かう。その背を見送って一呼吸置いたところで、リートが口を開いた。


「……ちょっと話して来る」

「えっ、なにを?」

「防御になにをどう使ってるのか、把握させてくれるなら、その方が効果的に守れるからな」

「そっか。お疲れさま」


 リートが立ち去ると、シスコとわたしは顔を見合わせて、へにゃっと笑った。


「お茶でも淹れようか」

「うん。あ、わたしね、お菓子持ってきたの」


 さすがシスコ!

 わたしはさっそくお茶の準備をし、シスコは運び込んだ荷物――今回は、二泊ぶんの荷物を持って来たそうだ――から保冷箱を、そして保冷箱から可愛らしいお菓子を取り出して並べた。

 お茶が染みるわ〜とか、お菓子が美味しいとか、取り寄せていたレースが(まだ取り寄せてたのか!)遂に届いたとかいう話をしてると、ほんと、昨日のことが夢みたいに思える。あと今朝の唐突な求婚プロポーズも……。


「ルルベル、さっきの合言葉みたいなの、なんだったの?」

「合言葉?」

「ウィブル先生の。『ないわぁ』って」

「あー……」


 これ、話してもいいのかな。いいよな。ただ、わたしがちょっと抵抗あるだけで……話すとなんだか、現実味が強くなるから。

 考えてると、ごめんね、とシスコが謝った。


「訊いたらいけないことなら、訊かない。忘れて」

「あっ、ううん。そうじゃないの。ちょっと説明しづらくて……どこからどう話せばいいのか。でも、シスコには聞いてほしいんだ」


 それで、わたしはエルフの里での一件を説明した。

 エルフ校長がエルフであることは、シスコも知っていた。わたしが知らなかったのは、まぁ……下層の平民だからであり、貴族階級ともつきあいがあるシスコのようなポジションの平民なら、そりゃ建国の英雄のひとりである公爵閣下が魔法学園の校長でエルフである、くらいのことは常識なのである。

 ただ、エルフの里の里長の息子だという話は初耳だったようで、ここでようやく、話してよかったのか? という疑念が湧いたわけだが……まぁ、話してしまったものはしかたがない。


「つまり、ルルベルを守るために、結婚しよう……って?」

「うん」

「そっか……。そっかぁ。なんか納得しちゃった」

「えっ。なにそれ」

「校長先生って、ルルベル以外は……なんていうか、どうでもよさそうなの」


 べつに、ほかの生徒が邪険にされるとかじゃないんだけど、と。シスコは一応、エルフ校長を擁護して。でもね、と話を元に戻す。


「ルルベルを見るときは、なんていうか……とろけそうな顔をなさってるの」


 ……しなくていいよ!


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