147 訊き返すのも飽きてきた
まぁ。エルフ校長が幼女趣味の範疇を超えるアレであるかどうかは、ともかく。……わたしとしては、重度の聖属性愛好性なんじゃないかと思うけど、それはそれとして。
わたしの身の安全を確保することについての話し合いが、はじまった。
ウィブル先生は、貴族じゃない(って、はじめて知った)。
貴族じゃないけど魔法使いの国家資格持ちであり、誰もが認める国一番の生属性魔法使いなので、それなりの社会的な地位はある。前世日本でいうと、人間国宝とか? ……ちょっと違うかな。
そして、貴族じゃないってことは。逆に、政治的な力関係に左右されづらいということでもあるのだ! ……そんな考えかた、したことなかったけど。いわれてみればそうだな。
貴族は貴族でも政治面では激弱らしいジェレンス先生より、領地だの派閥だのの利害関係を気にしなくて済むウィブル先生の方が、強く出られる場面が多いらしい。
とはいえ、王宮の要求を撥ねのけられるかっていうと……ちょっとね。
「いっそのこと、スタダンスのところに匿ってもらうとかねぇ」
「それは侯爵家の立場をますます微妙にするのでは?」
「今さらじゃない? 王家がこれ以上強く出たら、侯爵家も黙ってないでしょ。ほかの貴族だって、味方につくわよ」
ウィブル先生とリートの話を聞きながら、わたしは余っている椅子に腰かけて、窓の外を見ていた。落ち葉が舞っている。今日は風が強いみたいだ。空は重たげな雲に覆われて、一気に冬が来たんじゃないかって色合い。
……いろんなことが、めんどくさい。
もっとシンプルに、こう……そなたが聖属性の持ち主か! 魔法の力を鍛えて魔王の再封印よろしく! 命懸けだから報酬は与えよう! ではそういうことで! って感じになればいいのに。
でも、現実はそうじゃない。わたしの存在自体が問題を引き起こしている。
王宮と学園のあいだで聖属性の争奪戦が勃発している。いや、そのふたつだけじゃない。魔王の眷属と……あと、エルフの里も? わたしの身柄を、それぞれの理由で確保したがってるわけだけど。きっと、貴族の誰とか彼とか、わたしが知らないひとたちも、隙あらば争奪戦に参加しようと狙ってるんだろうな。
これって、滑稽じゃない?
肝心のわたしは魔力感知ができなくなって、ほぼ役立たずなのにね!
「移動中に拐かされる可能性があります」
「ジェレンスに護衛させればいいじゃない。吸血鬼は捕まえたし、今はわりと暇なはずよ。王子に稽古つけてる程度で」
「王子に稽古をつけるのは重要では? 王室を学園側に取り込むという意味で」
なんでだろう。このタイミングで、わたしは実感してしまった。
ただの平民ではいられないよ、って。何回もいわれて、そのたびに少し考えてはいたけど……わかってなかった。今だって、完全に理解してはいないだろう。でも、実感はしてる。
立場っていうものがあるんだ。社会的な立ち位置があって――それを、いろんな勢力がぐいぐい押したり引いたりしてるんだ。
「ルルベルちゃん」
「はい」
「ちょっとジェレンスと相談してくるから、リートとここにいてね」
「あの……シスコは大丈夫ですか?」
気になっていたことを訊いてみると、ウィブル先生は意外そうに眉を上げた。
「シスコちゃん? あたしはここに詰めてるから、会ってはいないけど……特に問題があったという話は聞いてないわよ」
「昨晩、ウフィネージュ様と保健室に来たあと、どうしてるかと気になって」
リートさえいれば王宮の圧力もなんとかなるのでは疑惑が生じた例の一件のあと、わたしはおとなしく寝ているよう命じられ、起きたら魔力感知ができなくなっていて……その後、エルフの里に拉致されてしまった。
結果、シスコのフォローが全然できていない。
わたしが説明すると、ウィブル先生は困った顔をした。
「そんなことになってたの……。ごめんなさい、こっちもバタバタしてたから、全然把握できてなかったわ」
まぁそうだろうね。
リートがそこまで報告するはずないのである。いや、ひょっとするとエルフ校長にはなんらかの報告を上げている可能性はある。雇い主だし。でも、エルフ校長がシスコを気遣ってくれる……とも思えないのである。なにしろ、教育人じゃないらしいしな!
ウィブル先生はリートに視線をやったが、リートは無言であった。たぶんだけど、リートはこういう話題に興味がないのだ。理解もできないんじゃないかと思うね!
「わかった、ついでに確認してみるわね。でも、ジェレンスも把握してるかどうか……」
王子の特訓してるんだもんなぁ。
それに、いっちゃなんだがジェレンス先生もそういうことには疎そうっていうか。リートほど鉄壁ではないにせよ、あんまり気がつかなさそう……直接相談されれば別だろうけど、シスコは相談するタイプじゃない。
「すみません、よろしくお願いします」
「ルルベルちゃん、ひとついい?」
「はい?」
「なんでもかんでも、自分の責任だと思わないでね?」
おっと。さすがウィブル先生、ズバーンとやられたぜ!
「はい。気をつけます」
「ルルベルちゃんは真面目だから……あたしがどういっても、悩んじゃうと思うけど。よかったら、いつでも話をしてね?」
「ありがとうございます」
ウィブル先生は心配そうにわたしを見た。いかにも「納得してない」って感じの表情のまま立ち上がり、リートに声をかけた。
「王太女殿下が来ても安心なのは、助かるわ。その調子でよろしくね」
「そっちは大丈夫ですが、怪我人が来たら困りますよ。俺、他人の治療は得意じゃないですし」
魔法学園の保健室、実は救急救命室並の機能が求められるのだろうか?
あまり考えたことなかったし、保健室に怪我人が並んでるところなんて見たことないけど。でも、魔法の練習してて大怪我しました、なんてことはあり得るわけだしなぁ。そもそも、練習してなくても寝ぼけただけで骨折する逸材もいたくらいだ。
……そう考えると、ヤバめだな!
「治療をまかせられるはずないでしょ、まだ免許もとってない人間に。ま、困るようなことはそうそうないと思うわよ」
じゃあ行ってくるわね、とウィブル先生はわたしに笑顔を向け、さっと出て行った。
「あ」
ファビウス先輩の様子も訊こうと思ってたのに、忘れた!
わたしはリートを見た。「あ」になんら反応を見せなかったところからして、わたしがなにを思っているかに微塵も興味がないことは承知しているが、ほかに訊ける相手がいない。
「ファビウス様は、お元気になったのかな?」
「君にこう訊き返すのも、飽きてきたんだが……俺が知っていると思うのか?」
「知ってたら教えてほしいな、って」
「めげないな」
下町育ちの雑草メンタル、舐めんなよ!
「で、どうなの?」
「俺は君と一緒にいるんだぞ。君の視界に入らないことは、だいたい知らん」
「なんらかの情報収集手段があるんじゃないの?」
「ファビウスは護衛対象でもなんでもないのに、どうして情報を集める必要が?」
「お世話になったじゃない。それに、報酬がもらえる約束とか、どうなってるのよ」
この話題ならいけるだろうと思ったら、案の定。リートはきちんと回答した。
「実験に協力したときは、都度、報酬をもらっている。最終日の魔力玉に関しては、評価を受ける機会を失ったから、しかたないだろう。ああ……そうだ」
リートが、制服のポケットからなにかを取り出す動きをした。
でも、差し出した手にはなにもない。
「なに?」
「魔力玉。君が覆ったものだ」
「……課題の?」
「そうだ。まだ残っている」
「え、すご」
「これは素直に、すごいと思う」
えっ。リートが褒めるなんて……!
「ほんとにすごい?」
「今、すごいと思うと伝えたはずだが?」
「……ごめんなさい」
「中に封じた魔力がまだ残っているかは、俺にはわからん」
わたしにも、全然わからない。
リートは見えない魔力玉をポケットに戻すと、わりと真顔で告げた。
「君には、是非、魔力感知の力を取り戻してほしい」
「魔力玉を作るために?」
「そうだ。魔力を保管できると便利だからな」
「大魔法とか使ってみたいの?」
「そりゃあな」
珍しくリートが素直な感じだ。訊くなら今かなと思いついたわたしは、さっき強制的に終わらされた疑問に戻った。
「リートは、エルフの里によく行くの?」
「……その話か」
これ見よがしに、ため息をついて。リートは、落ちてきた前髪をかき上げた。
そして、わたしの方を見ないで告げた。
「俺は、あそこで生まれたんだ」
「え?」
「祖父がエルフなんだ」
……ちょ!




