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144 ロスタルス一世陛下の友情の証

 エルフ校長の注意が逸れた隙に、わたしは正気を取り戻した。

 ……あっぶねぇ! あっぶねぇなんてもんじゃなかったぞ、今の!

 雰囲気に飲まれるって、あるんだな。実感したわ。

 顎クイッしてたエルフ校長の手も遠ざかった。わりと厳しめの声で、リートにただす。


「どういうことです」

「ファビウスが本調子じゃない上、スタダンスも謹慎中。今、王宮と渡り合える政治力を持っているのは、校長先生だけなんですよ。あなたがいなければ、ほかの教師など役に立ちません。学園の独立は守れなくなります」


 おお。いわれてみれば……。王族避け特効持ちのファビウス先輩はもちろん、ある程度はガードしてくれるスタダンス様も、強制退場を食らっている状態だ。

 初代陛下の友人で救国の英雄、公爵位を賜ってもいるエルフ校長がいなければ――そりゃ、学園は王宮の指示に従うしかなくなるな。

 エルフ校長はわずかに眉根を寄せた。それは怒りや不満ではなく、哀しみをあらわしているように、わたしには見えた。


「ほしいなら、くれてやればいい。重要なのは、ルルベルをやつらから自由にすることです。権力のくびきに繋がれないよう、守ることです」


 ああ、とわたしは思った。やっぱり、と。

 エルフ校長は自由を尊ぶひとだ。いや、自由を尊ぶエルフだ。しつこく逃げろといったのは、だからだろう。それでもわたしが逃げなかったから、こんなことになったのだ。

 わたしは、校長先生の腕にそっと手を添えた。


「校長先生、駄目です」

「駄目じゃない。僕はもう決めたのです。あの国の王族は、我が友ロスタルスをないがしろにするばかりか、聖属性魔法使いと見れば保身のため、あるいは権力欲を満たすために利用することしか考えません。かれらを救ってやる義理など、どこにあります?」


 わぁ。ガッチガチの反王室になっちゃってるよぉ……。


「ローデンス様は、わたしに助力しようとしてくださいました」

「あの王子が、なにをどれだけ実現できるというのです。姉姫に勝てるところが、なにひとつないというのに!」


 評価キッツ! わりと同意だけどキッツ! 

 でも、わたしはキリッとした顔――少なくとも本人はそのつもり――で訴えた。


「やめてください。結果だけで決めないで!」

「ルルベル――」

「できるようになるまでは、どんなに努力してもできません。でも、努力をはじめなければ、一生、できないままなんです。だから――なんとかしようと思い立ち、行動をあらためようとする者を、馬鹿に……しないでください」


 なんだか悲しくなってきてしまい、わたしは俯かざるを得なかった。

 これは……王子のことだけをいってるんじゃない。たぶん、自分のことでもあるんだ。

 わたしは聖属性持ちだけど、魔法使いとしては未熟もいいところ。しかも今は魔力感知が完全に失われてしまっている。

 結果だけを求められるなら、わたしこそが――誰よりも役立たずだ。


「人間に、価値をつけないでください……安易に限界を決めないでください」


 天才にはなれなくても。凡才だって、努力次第で行けるところまでは行けるのだから。

 わたしの言葉になにか思うところがあったのか、エルフ校長はわたしの手を握ってこう告げた。


「わかりました。さっきの発言は取り消しましょう。ですが、あの一族に対する印象は、容易に変わるものではありません。君の身柄を要求したことで、決定的になりました」

「わたしのせいですね」

「いいえ。ルルベルは悪くない。かれらのせいです」


 うん、その理屈はわかる。

 わかるけど……もうほんと、疲れちゃったな、って。そう思った。

 スタダンス様でもファビウス先輩でもない、会ったこともない吸血鬼の声がする。


 ――君のせいだよ。


 聖属性だから、狙われるのは……まぁしかたない。でも、崩されていくのは周りだ。わたし自身ではなく、かかわった人々が迷惑を被ることになる。

 こんなことでめげても、敵の思惑通りなのに。それはわかってるのに、気もちが落ちていくのを止められない。もう嫌だ。ぜんぶ、ぜんぶ嫌だ。

 なにも考えたくない……と思っていると。


「とにかく、一旦あちらに戻りましょう」


 もちろんリートである。リートってほんと……リートだよね!

 エルフ校長は、わずかに顔をしかめた。


「僕はもう、戻る気はありませんよ」


 なんだって?

 ちょっと待て、それはさすがに無責任過ぎる!

 わたしも慌てたけど、珍しくリートが表情を変えた。おお。あのリートでさえ表情が変わるとは! ……そりゃそうか。現状、雇用主だもんな。


「このままにするんですか?」

「そうです」

「混乱必至ですよ」

「かれらが学園をほしがるなら、勝手にやればいいんです」

「生徒たちも放り出すんですか? それは、あまりにも無責任ではありませんか。教育者として」


 いいぞリート、行けリート! 正論ぶっぱなしてやれ!

 わたしは心で応援したが、エルフ校長の反応ときたら、正論ってなにそれ美味しいの? みたいな感じである。だって、こうだよ。


「僕は教育者などではありません。ただの校長です。生徒たちを直接教えたことはありませんし。エルフの魔法を人間が使えるはずないですからね」


 ただの校長、とは? ……いや駄目だこれ、リートにまかせても解決しない!

 しかたなく、わたしはエルフ校長の袖を引いた。


「あの学園は、校長先生のものなのでしょう?」


 わたしは知ってるんだ。この綺麗なエルフが、心からあの土地を愛してるって。

 エルフ校長は、たしかに教育者じゃないかもしれない。

 わたしも、具体的に魔法を教わったことはないし……だいたいは、逃げだしましょうとか、逃げ延びさせてあげますよとか、エルフの里に避難しましょうとかいわれてるだけ。今回、結婚しましょう(NEW!)ってのが追加されたわけだけど……まぁそれはともかく。

 エルフ校長は生徒たちのことを、さほど意識もしていないかもしれない。

 だって、エルフと人間では寿命が違い過ぎる。当然、時間の感覚も違うだろう。エルフにとっては、入学してほんの四年ほどで卒業していく生徒たちなんて、なんの印象も残さないんじゃないだろうか?

 だけど。

 土地は違う。エルフ校長が執着してるのは、そっちだ。それはきっと――。


「あれはロスタルス一世陛下の、友情の証なのではないですか?」


 永遠を生きる友人のために。王様は、容易には消えないものを遺したのだ。

 儚く散っていく命より、長くつづくものを。

 ひょっとすると、巨大な呪符魔法だってその一環だったんじゃないだろうか。手入れして維持することで、王家の子孫がエルフ校長と交流できるように……考えたのかもしれない。

 たぶん、陛下はエルフ校長のために手を尽くしたのだ。エルフ校長が人間の社会に関与できるように。エルフ校長が、人の世を見守れるように。


「だから、簡単に手放してはいけません」

「ルルベル……」


 何百歳も年上のエルフ相手に、こんな偉そうなこというなんて、どうかと思うけど。

 でも、転生コーディネイターの台詞ではないが、ここまで年齢に差があると、逆にどうでもよくなるものだ。それに、エルフ校長の言動って、わりと子どもっぽいしな!


「王家にくれてやるなんて、とんでもないです。ロスタルス一世陛下の贈り物ですよ? 校長先生以外の誰に、権利がありますか。だから校長先生、守ってください。身分のへだてなく、王家の思惑に左右されることなく、誰もが魔法を学ぶことができるあの場所を。学園を」


 エルフ校長は、わたしを見ている。いや〜、やめてほしいわ、ほんとその美貌、暴力だから!

 リート……リートよ、ここでズバッとなんかデリカシーのないことをいってくれ!

 わたしが視線で助けを求めると、リートはいつもの無表情で口を開いた。


「正直、教育人としての自覚がない人物を校長に据えるのはどうかと思いますが、それでも、魔法学園の校長をつとめられるのは、校長先生だけです」


 ……思ってたのと違うけど、まぁいいか!

 だって、エルフ校長がうなずいたから。


「わかりました。僕は僕の権利を行使しましょう。一旦、あちらに戻りますよ」


 よし!


「ですがルルベル、君はこちらに残りなさい。リート、たのみました」


 え。ちょ。ま。

 ……と、声をあげる暇も与えず、エルフ校長の姿はかき消えた……もうほんと! エルフって!


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