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141 ハララクアラヴァムの白い雪のように

「そのように口にするのは失礼にあたりますよ」


 エルフ校長がおだやかに指摘すると、リートは例によって正論をぶっぱなした。


「姿を隠して観察するのは、非礼にあたらないんですか」


 気もちはわかるが、やめてくれ! いきなり喧嘩腰でどうすんの!

 わたしは内心、悲鳴をあげるしかなかったが、エルフ校長はこれを愉快に思ったらしい。ほがらかに笑って、両手をひろげた。


「なるほど! たしかにそうです。出ていらっしゃい、我が同胞よ。検分したいなら、存分に。これなるは我が学びにて魔法をおさめんと刻苦勉励する子らにして、害意もなければ悪巧みもなし。ただ純粋に、一夜の宿を借りんと願う――」

「エルトゥルーデス」


 エルフ校長の名を呼びながら、ひとりのエルフが木陰からあらわれた。

 ……えっ。近っ! 見守ってるってこんな……こんな近く? なんにも気がつかなかったけど! 今わたしが魔法感知力がないとかそういう問題じゃなくて、マジのガチで虚空からあらわれたようにしか見えないんだけど!

 しかも輪郭がぼんやり光ってるし、揺らめいてるし、ひょっとしてホログラフ的ななにかかもしれないと思うくらい非現実的だし、でもエルフ校長が進み出てさしのべられた手をとってるし、そもそも男女の別とかどうでもいいくらい圧倒的な「美!」って感じでもうなんていうか。

 なんていうか!

 こ……これがエルフ! って思いながら、なんか厨二病くさいリアクションだなと自分で自分を評さざるを得ないが……でも、率直な感想なのだ。リピートする必要はないが、わたしの頭の中にはこのフレーズしか浮かばない。

 こ……これがエルフ!


「これは、アリティネイディア様みずからお出迎えいただけるとは」

「わたくし以外の誰が、あなたのような蛮人を歓迎するというのです」


 エルフ校長を蛮人といいはなったエルフは、我々蛮人以下の存在に視線を向けた。その眼差しは蜂蜜のように眠たげな黄金。午後の日差しに微睡まどろむかのごとき快楽。

 ああ、エルフはわたしを三流詩人にしてしまう……語彙も表現力もないのに、なんかこう!


「名前はなんというの?」

「ルルベルです、アリティネイディア様」


 エルフ校長が素早く答えてくれたが、どうやらそれは蜂蜜エルフのお気に召さなかったらしい。


「本人の口から聞かせて? みずかららない者は、ここには入れませんよ」

「……ルルベルと申します」


 口がきけたのは奇跡である。いやマジでエルフすごい……エルフ綺麗……エルフ迫力……。

 すごくて綺麗で迫力あるエルフは、嫣然えんぜんという言葉がしっくり来る微笑を浮かべ、すべるようにわたしの前に立った。それから、斜め後ろにいるリートに向かってこう告げた。


「おまえもいたの」

「名告った方がいいですか」


 蜂蜜エルフは、とろけるような眼差しをリートに送った。無言で。

 リートもそれを見返した。無言であるから、名告らなくていいと判断したのだろう。

 ていうか、相変わらず心臓が鉄! こいつ同じ人類じゃないんじゃないかと思いはじめてるよ、わたしは……。ヒト科ではなく、リート科の生き物じゃないかな、コレ。


「それで? 秋を終わらせる北風よりも唐突にあらわれるとは、どういう了見なのかしら、エルトゥルーデス」

「申し上げた通りです。どうか我が教え子たちに、一夜の宿をお貸し願いたい」

「一夜で済む状況かどうかを聞いているのよ。ハララクアラヴァムの白い雪のように、あるいはレネイアディケムの波頭にくだける泡沫うたかたのように、汚れなきものだとあかしだてはできますか?」

「おお、悠久の時を封じ込めたヘレンダールシュの氷河のように! 遠目には白く美しくとも、たとえ凍りついて動かぬように見えるとも、それらが――」


 この調子で、なんか知らない名詞っぽいものが延々と登場する会話がつづいた。

 鋼の心を持ったリートが、ズバッと割り込みをかけるまで。


「失礼ですが、定命じょうみょうの者は休息を必要としています」


 これで、エルフ校長が我に返った。


「そうだった。君たちを休ませねばならないね」


 えっ、定命の者ってそうか、我々のことか……。

 エルフは不老不死に近いらしいし、時間感覚違ってもおかしくないか。ひょっとして今の会話「こんにちは、今日はいい天気ですね」くらいの内容かもしれない。ただのあいさつっていう意味で。


せわしないこと……けれど、しかたがありませんね。須臾しゅゆの間に成長し、年老い、命果てていく生命……。おいでなさい、異邦の子ら。今宵はわたくし、〈黄金の夢〉アリティネイディアが、そなたらに庇護を与えましょう」


 黄金の夢……ってなんだろう。二つ名? 意味がわからん……。

 ま、エルフは三階の住人だし! 常識が違うんだから、悩んでもしかたないか!

 って考えてるあいだに、あたりの景色が一変した。

 えっ。待って! なにが起きたの!

 ついさっきまで夜の森にいたはずなのに、今は屋内にいる。あの……エルフ校長の秘密の部屋より大きめで、天井も高く、なんかこう……聖堂? みたいな感じ!

 そこに、乙女の憧れ天蓋ベッドが……あるんだが、有機的なこう……不思議な曲線だけで構成されていて、なんかこう……なに? 語彙! 人間界に、これを表現できる語彙がない、たぶんわたし個人のせいじゃない!

 ベッドを覆う垂れ布がまた、きらきらしっとり、見たことない素材ですよ。薄くて透けてるし、軽いのに、たれ〜んって垂れる感じが独特。これはあれよ……ラズマンドさんが見たら、卒倒するやつだよ。倒れながら握りしめて、是非デザインに取り入れさせてくださいって叫ぶやつ。シスコもそうに違いない。

 だが、ここにいるのは残念ながらわたしなので、すげー、と思うに留まった。


「水はそこに。湯浴みの準備は隣の部屋にあります。好きなようにお使いなさい」


 ……これ、わたしにいわれてるんだよな? と思って周囲を見回すと、えっと……。誰もいないのですが?

 えっ、いつのまに! わたしひとりに! エルフ校長はともかく、リートはどこ行ったんだ!


「ひとつだけ、教えてくれるかしら」

「はい」

「あなたは、聖属性魔法使いですか?」

「まだ、魔法使いではありませんが……聖属性の魔力は、あります」


 今、なんも感じられなくなってるけど! あることはある! はず!

 わたしの顔をじっと見て、エルフの貴婦人は――そう、ここまで来てようやく性別を考えるゆとりが出たんだけど、たぶん女性なのだ――静かにうなずいた。


「そう。わかりました。あなたに悪いようにはしませんから、安心なさい、シルルヴェルア……ルルベル」

「シ……シル? えっ?」


 優雅に微笑むと、その笑みの気配だけを残して――エルフは消えた。

 消えたー!

 エルフ校長が瞬間移動系得意だねと思ってたけど、それどころの騒ぎじゃねーだろ……。半端ねぇぇ!

 きょろきょろしていると、壁の一部がバカッと開いて、リートが出現した。……そこドアだったのか。


「ちゃんと説明聞いたか?」

「説明? いや、えっと……湯浴みは隣の部屋っていわれた」

「便所は」


 便所いうなー! エルフは排泄しないんだよ、きっと……!

 だが。残念なことに、わたしはエルフではない。知りたくない、リートの口から聞きたくもないが、知っておくべきだろう。


「聞いてない」

「水を使えといわれなかったか? 便所はそこだって意味だ」

「はい?」

「わからんのか。つまり――」


 入って来ようとしたリートを、わたしはどうにか押し留めた。待ってくれ。たのむ、待ってくれ。


「ここ、寝室でしょ」

「そうだが?」

「寝室には入れないって話だったでしょ!」

「では、世の常識を尊重するとしよう。今夜は、魔王の眷属に襲われることも、王宮からの使者に悩まされることもないと思うが、なにかあったら遠慮せずに叫べ」

「リートの部屋は近いの?」


 少し考えてから、リートは答えた。


「思いっきり叫べ。可能なら扉を開くといい」


 近くはないようだ。そのまま立ち去りかけたリートを、わたしは慌てて引き止めた。


「ちょっと待って」

「なんだ。部屋に入ってほしいのか入ってほしくないのか、どっちだ」

「部屋には入らなくていいけど、話を聞いてほしい」

「俺も忙しいんだが」

「護衛でしょ!」

「君の話を聞くのは護衛の任務ではない」

「シルル……シルルヴェなんとかっていわれたんだけど、意味わかる?」


 リートは、根性悪めの笑顔を見せた。エルフの里に滞在する人間にあるまじき表情である。


「シルルヴェルア、か? よかったな、救世主だと認められたぞ」

「救世主って、そんな……いや待って待って、そういう意味なの?」

「これでエルフの里への逗留は問題ない。逆に、出て行く方が難しくなったかもな」


 えっ、という顔をしたわたしを見捨てて、リートはドアを閉めた。

 ……ええーっ!?


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