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14 昼食時の話題が安全保障しかない

 声の主は、弟じゃない方のリートだった。……おまえかー。わたし、できれば女子がいいんだけどー!

 しかし、贅沢はいっていられない。完全ぼっちよりは、無表情護衛でも……いや、どうかなぁ。


「どうぞ」


 食堂は空いているので、わたしは長テーブルを独占していた。

 ここでリートが隣に来るのは不自然かもしれないし、そうじゃないかもしれない……学園の常識がわからないから、なんともいえないのだ。


「ひとりで食事なんてかわいそうだ、と指示されてね」


 静かに置かれたトレイを、わたしは思わず二度見した。ざっくりいうと、肉と野菜がたくさん載っている。弟もよく食べるけど、弟じゃない方のリートもよく食べるようだ。


「誰に?」

「校長」


 やっぱり、エルフ公爵校長……推せるのでは?

 今のところ、推せる=エルフ公爵校長/判断保留=羽毛ストール/無理=激やば教師、王子……だな。


「あなたはいつも、誰と食事をしてるの?」

「俺は君と同日入学だ」

「えっ?」

「一昨日までパン屋を見張っていたんだぞ。学園にいる暇なんかあるか」


 そう答えながら、リートは野菜をモシャッと一気に口の中に入れた……えっ、口でかっ。ちょっと待って、こんな目立たない上品な感じのイケメンなのに、食事のときだけ口が変形し過ぎでは?


「なるほど、そりゃそうなんだろうけど――」


 新入生とは思えないくらい落ち着いてるし、なにもかもに馴染んで見えるぞ。何者なの、弟じゃない方のリート。

 イケメンなのにこんなに目立たないってある? くらいの佇まい……髪は茶色で、眼は……灰色かな? 視線が合うと、リートは口の中のものを飲み込んでから、こう提案した。


「来たついでに安全保障について少し話していいか?」

「――いや、よくない。お昼時の話題にふさわしいとは思えないよ!」

「ほかに話題があるなら、それでもいい。だが、君と俺のあいだに、なにか共通の話題があるだろうか?」


 いや、ない……って意味ですね。教養のあるかたがたは、皆までおっしゃらないやつですね。わかります。

 返事を待たず、リートは肉にかぶりついた。……口でかっ。


「すごい食欲だね」

「魔法を使うと消耗するんだ」

「実技は明日じゃないの?」

「ふだんから使っているから」


 遠くて聞き取りにくかったけど、リートは生属性っていってたと思う。生属性は――これも昨日までのわたしだったら、えっ今なんて? と訊き返していたと思うが、今日のわたしは知っている――治癒術制覇への最短距離といわれている属性だ。なるほど、それで養護教諭とも親しかったりするのかな……。


「リートさんは、生属性魔法を使うんだよね?」

「敬称は不要だ」

「じゃあ、弟じゃない方のリート」

「……なんだそれは」

「だって、ただリートって呼ぶと弟みたいで」


 リートは顔をしかめてから、また野菜を食べた。ああ、もうなくなるじゃん……あんなに盛ってあったのに!


「緊急時には、呼び捨てにするのが賢明だな。弟、までいったところで攫われでもしたら困る」

「物騒」

「昨日も説明したが、君をとりまく状況は物騒なんだ」

「昨日もいったけど、実感ないです」

「そこが問題だな」

「たとえば今、なにか危険があったりします? そんな気しないけど」

「俺が把握している範囲では、今はなにもないだろうな。でなければ、こんなところでのんびり昼飯を食ってはいない」


 なるほど……って、結局! 安全保障の話になっちゃってるじゃん!


「あなたも入学したばっかりでは、相談に乗ってもらえないかもなんですけど……」

「なんだ?」

「友だちがほしいんですよね。一学年って、ほかに平民います?」

「俺が平民だ。君に話しかけても不自然がないように選ばれた」


 いや、表情鉄仮面以外の友だちがね、ほしいんですよ。


「女子生徒は」

「いるぞ。シスコがそうだ。ただ、彼女の家もいわゆる上流寄りの中流で、祖父は伯爵家の三男だ。母親は男爵家の次女。当然、貴族との親戚づきあいもある」


 平民という概念が崩壊しそうな平民……ていうかシスコって。


「渦属性のひとですか」

「ああ、属性の珍しさでは、君に次ぐな」

「渦属性って強いんですよね? ジェレンス先生にも勝てちゃったり?」


 くだらん、という顔でリートは肉を食べた。いやほんと、何回見ても口がでかい。

 咀嚼を終えても、リートは無言だ。しかたなく、わたしが会話をつなげる努力をすることになる。


「ジェレンス先生って、そんなに強いんですか?」

「当代最強だ」

「たとえばですけど、あなたと先生が戦ったらどうなります?」


 リートは、わずかに眉根を寄せた。


「順当に考えて、ジェレンス先生に俺が勝てる見込みはない」

「変なこと訊いて、すみません――」

「時と場合と勝利条件によっては、ただ負けたりはしないと思う」

「――マジで?」


 護衛をやってるくらいだから、それなりに戦闘力があるのだろうとは思ってたけど。でも、当代最強らしいジェレンス先生との勝負を組み立てられるの? びっくりしていると、リートは立ち上がった。


「食後の飲み物をとってくる。君もなにか飲むか?」


 またしても二度見してしまったが、リートの皿はもう空だった。いやいや、大口なだけじゃなくて食べるのも早くない? ていうか、飲んでない?


「肉は飲み物?」


 思わずこぼれた問いを、リートは無視した。


「希望がなければ適当にとってこよう」


 返事を待たず、飲み物を取りに行ってしまう……いや、たしかにね。食堂のこういうシステムも、よくわからなくて当惑してたから助かるよ……前世のバイキング形式に近いけど、食券使うし、フードコートの方が似てるかな……。どこでなにを食べられるかを知ってないと、珍しいメニューなんかあっても気づかないまま卒業しそう。

 もちろん、飲み物をどこでたのむかも知らなかったので、移動するリートを目で追って覚えた。よし、あそこか!


「どうぞ」


 置かれたのは、湯気の立つ紅茶だ。柑橘系の香りがする。


「いい匂い」

「午後の自習時間に眠くならないように」


 なるほど、そういう配慮……。ていうか、気が利くんだなぁ、とわたしは少しリートに感心した。

 なにをどうしても会話が安全保障的な方向に行くというマイナスのポイントを除けば、平民だし、地味めのイケメンだし、悪くはないと思う。転生コーディネイターが隠しきったのでなければ、攻略対象ではないはずだが。

 それで思いだして、わたしは尋ねた。


「うちのクラスって、王子様がいらっしゃるじゃないですか」

「ああ」

「やっぱり、殿下専属の護衛もいるの?」

「いるな」


 転生コーディネイター情報では、それも攻略対象なのである……。


「誰かわかってたら、教えてくれませんか」

「なぜ?」

「王族はもちろんだけど、関係者にも、できるだけ近寄らずに済ませたいから」


 もちろん、王子もその護衛も攻略対象だよ。

 それは知ってるし、魔王特効がある王家の秘宝にはとても興味があるけど、でも、王族はない。パン屋の娘が王子といい感じになっても、絶対つづかない確信がある。悲恋とわかっている恋に突撃はしたくない。護衛がおつきあいの入り口になるのも困るから、これもまとめて避けるべきだろう。


「王族は君の敵ではないと思うが」

「平民だからよ。 わかるでしょう、あなたも平民なら」


 同意を求めてみたが、リートは無言だった。

 ……そういや、こっちのリートは上流階級っぽい圧があるし、この落ち着きぶり。たぶん、平民は平民でも上の方の平民なんだろう……それこそ、シスコ嬢みたいな。

 はぁぁ、と思わずため息をついてしまう。


「ある程度は覚悟してきたけど、王族と貴族ばっかりの学校って、もう……無理。つらい」

「殿下の護衛に関していえば、特に事情が生じない限り、彼が君にかかわることはないと思う」

「そりゃそうだろうけど、わたしがうっかり話しかけちゃったりとか――」

「それもない」

「――って、どうしてよ?」

「姿を消しているからだ」


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