139 万能ツリーハウス魔法かよ
保健室に来たのは、ウィブル先生とジェレンス先生だった。
……ジェレンス先生見るの、久しぶりだなぁ。向こうもそう思ったらしく、開口一番。
「なんか久しぶりだな。元気だったか」
などと、ぬかした。
元気って、どういう状態をいうんだろうか……今のわたし、あんまりその言葉に該当しそうにないんだけど。
「ルルベルちゃん、はじめに確認するわね。魔力感知がまったくできないって、ほんと?」
「はい」
「そんなことで嘘つく意味ねぇだろ」
さっそくジェレンス先生が下げに来たが、ウィブル先生は揺らがなかった。
「あたしは確認するべきことを確認してるだけ。じゃあ、ちょっと手を繋ぐわね」
ウィブル先生は椅子を引き寄せると、座ったままのわたしの前に腰掛けて、両手を前に出した。わたしもその手をとって互いに膝を突き合わせ――なんかこういうの経験あるな。
ああそうか、ファビウス先輩と訓練をはじめた頃。魔力を染色してもらわないと、なにもわからなかった頃の記憶だ。
「少しでいいから、魔力を通してみてくれる? できるかしら」
「たぶん」
あの頃とは違って、それくらい簡単にできるはずだ。だけど……。
「なにも感じない?」
「はい」
こうなってみて、はじめて気がついた。今まで、魔力感知がへたくそなりに、なんとなく感じてはいたんだな、って。ほんとに漠然とではあったけど、なにかを感じてはいたんだ……。
今は、厨二病に罹患して魔法使いごっこをしてるような気分だ。あまりにもなにも感じないので、いっそのこと「くっ……静まれ、俺の左腕!」とかなんとか叫ぶ方が似合う気がする。叫ばんけど。
「魔力覆いはどうだ?」
「やってみます」
まだ意識しないとできないし、ほかの魔法を使うと維持できないけど、これも慣れ親しんだ魔法だ。できてるはずだけど……よくわからない。
「不安定だな」
「感知できないと、難しいでしょうね」
先生たちが、眉根を寄せる。
「まぁ、魔力が消えたわけじゃねぇんだ。そんなに悲観することもねぇだろ」
「ジェレンスって、ほんと雑よね……」
「魔力覆いが出せて、あとは魔力の全力放出ができれば、これまでとなんも変わらねぇだろ。なんで世界が終わったみたいな顔してんだ、こら」
そういって、ジェレンス先生はわたしの頭を掴んだ。痛いってほどの力じゃないけど、髪をくしゃくしゃにされる。
ウィブル先生が眦を吊り上げ、声を低くした。
「ジェレンス」
「おお、こわ! でもそうだろ、ルルベルはもともと達者に魔法を使えるわけじゃねぇ。それでも、貴重な聖属性魔力だ。放出さえできれば問題ねぇよ。じゃ、俺は戻るわ」
ディスりながら励ますという、高度なわざを披露されてしまった……。
うんまぁね、たしかにね! わたしは魔法使いとしては、全然アレだけども! 放出さえできればって、最近のわたしを知らないからいえるのでは? たくさん練習したんだぞ……魔力玉作るとか、魔力で呪符を描くとか……。でも、それこそ感知なしには無理な作業だ。
ジェレンス先生が出て行くのを見送って、リートがてのひらを上にして手を出した。
「ルルベル、わかるか? 課題用に製作した魔力玉だ」
「……わからない」
「中に包んだ俺の魔力が感知できると話していただろう。それは?」
「全然なんにも。手になにか載ってるかどうかも、わからないよ」
視線を落とすと、ウィブル先生の手が見えた。つないだ手を握り直してくれて……それから、いつものように名前を呼ばれた。
「ルルベルちゃん」
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉が口をついて出てしまい、先生はきっと、こんなの望んでないって思う。
でも、ウィブル先生は否定するようなことはせず、ただ、握った手にぎゅっと力をこめてくれた。
「こうなったら、とことん休みましょ。頑張り過ぎてたのよ。あたしたちの気配りがたりなかったわ。それとリート、反省しなさいよ」
「二度とルルベルに魔力切れを起こさせないよう、注意します」
「それもだけど、さっきの話よ。もっと早く出られたんなら、そうしていれば、ルルベルちゃんが魔力をふり絞る必要もなかったの。それがなければ、なにごともなく戻ってたかもしれないのよ」
言葉遣いはいつものウィブル先生だけど、声が……声がアレだ。ドスがきいてる方の先生だ。
こわ。
「優先順位をよく考えなさい」
「はい」
「わかったら、よし。ルルベルちゃん、歩く元気ある? 今日は久しぶりに、寮の自分の部屋で寝るのはどう?」
なんで、と思ったけど、すぐわかっちゃった。
ファビウス先輩がいないということは、研究室のガード役がいないということだ。つまり、王宮からの無茶振りを、どうにもできないのである。だったら寮の方がいい、って話だな……。
まぁ、リートがいれば、王宮の使者だろうがなんだろうが、うまいこと追い返す気もしないでもないけど。なにしろ王太女殿下まで追い返したからな、こいつ!
いや待った。女子寮にリートは入れない。つまり、女性が来たらアウトだ……それこそ王太女殿下とか!
やばいな。でもどうかな……。やばくもないんじゃないかな?
「魔力感知ができないんですし、王宮も、わたしに用はなくなったと考えていいですか?」
「魔力自体は消えてないんだから、向こうも諦めないわ」
……ジェレンス先生がいうように、魔力があれば最低限の仕事はできちゃうからか。
「駄目だよ、ルルベルは僕が預かる」
バーン! とドアを開けて入って来たのは、エルフ校長である。もちろんだ。
これ、エルフの里に拉致コースだろ……。
ウィブル先生が素早く立ち上がり、わたしの前に立った。
「校長先生……その話は先ほども」
「わかってる。ルルベルが嫌がることはしないよ。でも、また王族がなにかいってきたら、寮じゃ守りきれない」
ウィブル先生は沈黙した。
なるほどな……わたしの避難先をどうするかで、先生たちは話し合ったんだな? で、本人が望まないことはしないって最低限のラインが引かれて、さっき、エルフ校長はそれを確認しに来たんだ。そういうことだろ! わかったぞ!
「ルルベル、君は学園にいる理由はあるといったね? 王宮に行く理由はないとも」
「はい」
エルフの里に行く理由はない、ってこともお伝えしましたが!
「じゃあ学園にいればいい。構内のどこでも、僕が望めばすぐに君の部屋くらい用意できるよ。どこがいい?」
「……は?」
「校舎内のあまり使わない教室でもいいし、森の中でも大丈夫だ。君だけの、外敵からは見えない素敵な隠れ家をつくってあげるよ」
そういや、すごい勢いで籠みたいなの編んでたな……ああいうのを作ってくれるのか? いや、寒くない?
「まだ肌寒い季節ですので……」
「校長先生、ルルベルちゃんに風邪をひかせるおつもり?」
我々の順当な想像を、エルフ校長はあっさり否定した。
「ああ、昼間作ったのを連想してるんだろう。あんなのじゃないよ。居心地のいい、秘密の小屋を用意しよう。ちょっとした生活用の家具なら、一緒に準備できるし」
万能ツリーハウス魔法かよ……と思っていると、リートが口を挟んだ。
「風呂と便所はつけられますか?」
……おまえ! なんということを!
わたしが絶句していると、エルフ校長はにっこり微笑んで答えた。
「もちろんできる」
できるのか!
「そうですか。安心しました。警護上、そのための移動が隙につながりやすいので」
「火は使えないから、湯を沸かすには魔道具を使う必要があるけどね」
ウィブル先生が、衝撃から立ち直って質問した。
「水はどうするんですか?」
「水を運ぶのは植物の得意技だよ。そっちは心配ない」
えー……でもなんか抵抗あるな、エルフ校長がつくったトイレとか……。完全に意味ないけど、抵抗あるな!
とはいえ、校舎内の空き部屋だと、それこそ風呂・トイレの問題が生じそうだ。リートの指摘はもっともだし、「トイレ行くのでつきあって」といちいち声をかけるのも嫌だし、黙ってついて来られるのも嫌だ。
「……短期間なら」
わたしが口をひらくと、三人はこちらを見た。そのとき、あっ、これリートも巻き込むんだなと気がついたけど、まぁしかたがない。巻き込まれてもらおう。
覚悟を決めて、言葉をつづける。
「エルフの里にご迷惑をかけない程度の短期間で済むようなら――そっちでいいです」
失礼な表現になってしまったが、消去法なので。いつわらざる真情である。
あっちは駄目、こっちも嫌。……そっちでいいです。
年内の更新はこれで最後となります。
皆様、よいお年をお迎えください!




