133 ギボヂワドゥイ、はカタカナで
……で、どうなったかというと。
「もう。あんたがついてて、なにやってんの!」
「すみません、先生」
「短期間で連続して魔力切れを起こすのは厳禁だって、何回も教えたわよね?」
「はい」
そうなのだ。調子こいて頑張り過ぎて、久しぶりに魔力切れを起こしてしまったのである。ちょっと恥ずかしい。
「先生、わたしのせいです……」
「ルルベルちゃんは黙ってて。リート、あんたは果汁もらって来なさい。大至急よ」
「了解」
叱られるより使い走りをする方がいいのだろう、リートはあっさり研究室を出て行った。
わたしはといえば、ウィブル先生にお姫様抱っこ(またか!)されて、中庭のカウチに運ばれた。ぐったりしているので、さぞ重いだろうと思うと黙っていられず、苦しいのについ。
「重い……ですよ、ね、すみません……」
「国一番の生属性魔法使いに、なにいってるの。筋力強化なんて呼吸するのと同じにできるわよ」
との回答を得た。ああそう……重いことは否定しないんだ……いやべつにね、体重はさぁ、健康ならいいんだよそれで……でもほら、抱っこされてると、抱っこする側の負担が気になるじゃん!
まぁ乙女の見栄としては? なんかこう、華奢で、風が吹いたら飛ばされそうな感じに憧れるけども……憧れるってことは、わたしはそうじゃないってことだからな!
……はぁ、だるい。きんもちわるぅ……。
「新鮮な空気にあたった方がよくなるかもしれないけど、外に出てなにかあっても困るし……ここがいちばん天井が高くていいんじゃないかしら」
「ありがとう……ございます」
「苦しいでしょ。静かにしてなさい。今、あっためてあげる」
毛布でもかけてくれるのかと思ったら、ウィブル先生は、わたしの手をとった。指先はひえきっている――が、ウィブル先生がふれたとたんに、なんかこう……ジュワッ! って感じに熱をもった。
えっなにこれ。
「血流促進。やり過ぎると身体がびっくりしちゃうけど……今回、かなり使い切ったわねぇ、ルルベルちゃん」
「……はい」
「魔法使いは肝臓がだいじって話したの、覚えてる?」
「覚えてます」
「魔力を使い切るって、肝臓に負担がかかることなのよ。だから、肝機能にも障害が起きかねないの。血液中の老廃物の浄化なんか、真っ先に機能が落ちるのね……だから今、ちょっと血を綺麗にしてるから」
ちょっと血を綺麗にしてる……すごいパワーワード飛び出したな!
でも、そのウィブル先生の「ちょっと」で、全身が徐々にジュワジュワしてきた……なんだろうこの、身体に炭酸通ってるみたいな感じ! えーなにこれ。
あまりに斬新な感覚過ぎて、気もち悪さを意識する余裕がなくなった。……いや、思いだしてしまった。思いださなくてもいいのに。
ぎぼぢわどぅい。いや、これはカタカナだな。ギボヂワドゥイ……こういう感覚も、日本人が周りにいないと伝えられなくて残念だなぁ。なんか違うじゃん、ひらがなとカタカナ。
ギボヂワドゥさを満喫していると、リートが戻ってきた。つまり、シュガの実の果汁をゲットした!
純果汁と調整果汁の両方を持って来たあたり、やはりリートは無駄に気が利く。純果汁の方をもらうことにした。
「ところで先生、おそらくルルベルも気になっていると思うので、代わりに質問しますが。首尾はどうでした?」
……ああ。気にするの忘れてたけど、そうだった。超高級宝飾品を返却しに行ってたんだよね、ウィブル先生。そうそう。どうなったんだろう。
ぐんにゃりしているわたしをチラ見してから、ウィブル先生は答えた。
「とりあえず、返却はしたわ。でも、またスタダンスが持って来るかもしれないの」
はい? なんて? それ返却の意味ある?
いろいろ思うところはあっても口をきく元気がないわたしの代わりに、リートが問う。
「なぜです?」
「スタダンスが納得してないからよ。あの子、思い込むと強情だから」
「なにを納得してないんですか?」
よし行け、リート。そこだ!
「返却される謂れはない、しかし本来、他者の手を経由して渡すべきではなかった。謹慎がとけたら、あらためて自分で届けに来よう……みたいな感じだったわ」
「貴族が自分で持って来る方が変だと思いますが」
「自分で届けなきゃいけないような品物だった、ってことよ」
超高級品、マジ超高級品だった疑惑……。怖い。短時間とはいえ、持ってたり、リートが放り投げるのを許したりしたのが怖い!
「なにか特殊な品っぽいですね。まぁ、どうでもいいですが」
……えっ。ちょっと待って、そこはちゃんと根掘り葉掘りしてよぉ……。
だが、それを訴える元気もない。
飲み終えたグラスをどうしようと思った瞬間、リートが受け取ってくれたのはもう……ほんっと、気が利くと思うけど! 思うけど、ついでに質問の方もたのむよ、ほんと!
「ファビウスはどうしたの? もう戻ってると思ってたんだけど」
「出て行ったきりです」
「そう……じゃあ、あっちも難航してるのかしら」
なにが? えぇー、なにが難航してるの?
心なしか、わたしの心中のツッコミも、いつもほど勢いがない……。まぁしかたがない。久しぶりの魔力枯渇だし。
正直にいおう。
マジ、つらい……。
「ルルベルちゃん、眠れそうなら寝てちょうだいね?」
肌触りが異様にいい毛布をかけられて、はい、と返事をしようとしたような……でも声は出なかったような……そんなふわっとした認識を最後に、一回、意識が途切れた。
次に気がついたとき、気分は少しよくなっていた。寝る前よりは、だけどね。
中庭には誰の姿もない。わたしひとりだ。天窓の外は真っ暗。だけど、ファビウス先輩が最近仕込んだらしい照明と暖房の魔道具が仕事をしているので、寒くはない。
……おなかがすいたかもしれない。回復のためにも、なにか食べた方がいいかも。皆、もう夕飯は済ませたのかな。
「……ううー」
上半身を起こすと、なんだか腰から胸のあたりが締め付けられているような感触がした。ギボヂワドゥイ……やっぱ、よくなってないわ、これ。
魔力が戻ってるのかどうかも、わからない。少しは回復してるはずだけど……ほんとに使い切っちゃった感じあったから、まだ空っぽも同然だろうな。リートみたいに、さくさく充電できるタイプが羨ましい。
立ち上がれるかどうか自分に訊いてみて、ゆっくりなら行けそうだとの回答を得た。じゃあ立ち上がるかぁ。そして、いればウィブル先生にお礼をいって、絶対いるはずのリートの嫌味を受け流して、もう帰っているであろうファビウス先輩に……たぶん心配かけてるだろうから、かろやかな感じの挨拶の台詞も考えないと。
こういうとき、エーディリア様ならなんていうのかな……。
「……から……、って!」
中庭から建物の中に入ると、誰かの声が聞こえた。これは……出入り口の方? かな?
少し迷ったけど、わたしは食堂でもファビウス先輩の書斎でもなく、その声が聞こえる方へ向かった。姿を見せない方がいいタイプの来客かもしれないし、できるだけ静かに近寄る……どうせ今は勢いよく歩いたりはできないから、ちょうどいいね。
「クソ雑魚が!」
……はい?
まだ、玄関に通じる廊下を覗ける位置まで達してないけど、足が止まってしまう。
今のは……誰の声だろう。えっ、わかんない。誰?
「俺の防御を突破しようなんざ、百年早ぇ。さっさとそいつを置いて塒に帰れよ、早くしねぇと泣かせちまうぜ?」
マジでわからん、誰? ていうか、泣かせちゃう相手も気になる。誰?
「ずいぶん威勢がいいんだね」
……この声は、わかる。ファビウス先輩だ!
ええーっ、なにが起きてるの?




