13 わたしは実技に入る段階にないらしい
結論からいうと、課題図書。一晩では一冊も読みきれなかった。
ほれみろ! とは思ったけど、まぁ勉強にはなったよね、たしかに。
これまでのわたしの知識:魔法は才能がある人しか使えない。訓練すると、すごい。魔法具は誰でも使える。
今のわたしの知識:魔法は属性によって細分化され、ほとんどの人間は単独の属性しか使えない。訓練によって、自分に最適な属性以外も使えるようになるが、副属性の学習難度は主属性との親和性/排他性に比例する。原則として、王立魔法学園で規定の教育を修了し、国家資格試験に合格した者のみを正式な魔法使いと呼ぶ。魔法具は魔法使いによってチューニングされた魔力が以下略。
へぇ〜! へぇ〜! って思いながら読んで、むちゃくちゃ面白かったのが悔しい……あの激やば教師に与えられた課題図書だと思うと屈辱ですよ。ええ。
でもさ、平民にとって魔法なんて身近なものじゃないわけよ。もちろん、わたしが転生コーディネイターにつけた条件である、それなりの水準の生活環境、あれは魔法によって維持されてる。たぶん。たぶん、ってくらいで詳しいことは知らない。
魔法使いって呼称を勝手に使うと犯罪だなんてことも、全然知らなかったよね〜……。あっぶな!
ともあれ、今のわたしの知識をレポートにまとめて提出すると、激やば教師は小馬鹿にしたようにわたしを見た。
「一冊すら読みきれなかったのか」
「新たな発見に満ちた、たいへん有意義な読書でした」
「話を逸らすな。……まぁ、そういうことなら実技は後回しだな」
実技!
「あの、是非、実技も……」
「阿呆か。おまえは実技に入れる段階にない、って話を今、俺はしたよな?」
「でも」
「でも?」
早急に実技を身につける必要があるんですよ、先生。だって、頑張らないと世界が滅びちゃうらしいしな?
あと……正直に告白すると、魔法が使えるって、すっごくわくわくしませんか、わたしはする、むっちゃする! とは言葉にしづらかったので、もう少しお綺麗な感じにまとめてみた。
「ずっと魔法に憧れてました。それに、皆が入学を応援してくれたんです。早く、成果を見せたいです」
入学応援パンが売れるくらい応援されてるんです。下町の希望の星なんです。これはわりとマジ。
「この本一冊すら通読できなかったってことの意味はわかるか? おまえは流し読みができない、すなわち魔法の基礎知識がなかったってことだ。頭の中からっぽで入学した阿呆に、実技指導なんかできるわけない。危ないからな。理解したか?」
理解はしたけど、言葉のチョイス! わたしをイラッとさせる技能に長け過ぎていらっしゃる!
「……なにも知らないのは事実だと思います。でも、それは平民の暮らしに魔法があまり関係しないからで」
「原因は関係ない。知らないし、わかってないことが問題だ。知ってるふりができないようにするのが、俺の仕事のひとつだ。だるい仕事だがな、ここは手抜きができない。だから、評価はキッチリだ。レポートを見りゃわかる、おまえはまだ実技に進めるだけの知識がない」
激やば教師は、手にしたままのレポートに視線をはしらせた。
「だが、勘違いするな。知らないことを責めてるわけじゃない。誰だって、はじめはなにも知らなくて当然だ。おまえは、ちゃんと本を読めてるし、学べてる。大丈夫だ。すぐ実技にとりかかれなくても不安を覚える必要はない。だから、さっさと残りも読め。読んで、おまえのたりない頭で理解しろ。雑草が根を張るにも土が必要だろ。今のおまえがやるべきは、土壌を育てることだ。花を咲かせるのは、そのあとだ」
……激やば教師、ほんと教師としてはできる人材な気がするよね。なぜこんなに口が悪いのか。それさえなければ生徒たちからも慕われるだろうに。
というか、激やば呼ばわりしているせいで、このひとの名前もとっさに思いだせないことが多い。なんだっけ。
わたしはノートをチラ見した。そうそう、ジェレンスだった。ジェレンス、ジェレンス。当代きっての攻撃的魔法使い。味方にすれば矢面に立ってもらえる……でもこの口の悪さ……。
「わかったら返事」
「はい」
ジェレンス先生は、新たな生贄の方へ移動した。
わたしはまだ、実技という言葉にとらわれている。だって、わたし以外の生徒たちは、だいたい明日は実技、といわれているのだ。羨ましい。
それぞれ属性の確認もしていた。王子は火属性。例の婚約秒読みといわれているエーディリア様は、木属性と水属性が使えるんですって、えっ、最高学年でもないのにダブルでいけるの、すごくない? 昨日までのわたしだったら、すごーい、としか思わなかっただろうけど、今日のわたしは違う。複数属性を使えるのは熟練者だと知っている!
いろんな属性が申告されてたけど、やっぱりメジャーなのは火、水、風の三大属性。
珍しいところでは、シスコという女子生徒が渦属性だそうだ。冗談みたいな名前の属性だけど、これが実は、回転するものならなんでもあやつれる強属性。魔力さえ潤沢なら、竜巻や台風まで作れるらしい。こっわ。そんなのマップ兵器じゃん。ワンチャン、ジェレンス先生とも戦えるのでは?
なお、ジェレンス先生は史上最高の五属性魔法使いとのこと……それ、なんていうチート? そりゃ毒舌でも許されるわ。わたしも聖属性なんかじゃなくて、そういうのがよかった!
……あっ、気がついてしまったぞ。チート人生を楽しみたかったら、攻略対象のハイスペック男子への転生を希望すればよかったのでは?
「スタダンスはどこだ?」
先生の問いかけに、誰かが答えた。
「スタダンスは休みです」
「休み? 俺は聞いてないが」
「今朝、階段から落ちてました」
さらっとすごい報告ですけど……なにそれ。見知らぬ同級生スタダンス、無事なの? ていうか、落ちてました、って。
「またかよ」
しかも、またなの!?
毒舌のジェレンス先生が「またかよ」で済ませて納得して次の生徒の指導に切り替えるってことは、一般的な状況なのか……いったいどんな生徒だ、スタダンス。名前まで一発で覚えそうだぞ、スタダンス。
スタダンスの謎はともかく、ひと通りの生徒のチェックをしたのは、明日が月に一回の全校実技試験日だかららしい。全校なのに、わたしは参加できないわけだが……まぁしかたがない。
午前中はその作業で終わって、午後は各自自習とのこと。まぁその前に昼食である! 昼食は、食堂でとる。食券を使って購入し、月ごとに食費が清算されるシステム。お貴族様用の高額メニューしかなかったら詰むところだが、ちゃんと粗食も用意されているので安心だ。
相変わらず、教師はわたしを紹介してくれないし、わたしも……いかにパン屋の看板娘メンタルが外向的な強靭さをそなえているとはいえ、どう考えても超上流階級しかいない教室では、呼吸するのがやっとである。窒息しないだけで上出来だろう。
前世の記憶が勝っているときなら、階級差もさほど気にせず済むのだけど……ルルベル的には、マジ無理って感じだ。入学前夜、友だちできるかなぁと胸をドキドキさせながら眠りに就いたのは、そういう方向性の不安だよね……いやもうマジ無理。
どうやったら友だち作れるのかなぁと悩みながら、パンとシチューのプレートを睨んでいると、聞いたことのある声がした。
「隣、いいか?」
火曜〜金曜は、一日一回更新の予定です。




