127 間違っても自信を失わずにいることが肝要
「ごめん……そうだよね」
聖属性魔法使いには、立場がある。下町のパン屋の看板娘なんかとは、比べ物にならないほど重たくて、目立って、周りに影響を及ぼすようなのが。
「謝る必要はないわ。でもね、ルルベル……ひとりでは戦えないでしょ? ううん、そうじゃない。ひとりで戦わないでほしいの」
「ひとりで?」
「聖属性だから魔王の眷属とも戦える、って。ひとりで引き受けようとしてるでしょう? でも、魔王やその眷属って、ひとりでどうにかできる相手じゃないと思うの」
「うん……」
「だから、周りを動かす必要があるのよ。ルルベルは、そのためにも必要な存在なの。聖属性魔法使いにご支援をお願いします、魔族の討伐を頑張ってます……って呼びかけるだけなら、誰でもできるわ。でも、その魔法使いはどこに? って訊かれたときに、忙しくてこの場には来ておりません、って説明して、それで多くのひとを動かせると思う? 自分たちを尊重してくれない魔法使いを、心から助けたいと思えるひとって、あんまりいないよ」
シスコにそう説明されれば、うなだれるしかない。
たしかに、わたしは考えが浅い。社交だパーティーだっていわれても、ぴんと来ていなかった。
でも、必要なことなんだ――ファビウス先輩もいっていた。顔を見せて、話をして。そこに存在する、生きていると認識させるのが重要なんだ、と。
「そうだね……わかった。ごめんね、わがままいって。シスコは、いろいろ尽力してくれてるのに……」
ドレスのことだってそう。ダンスを教えてくれるのも、そもそも舞踏会が近いことを教えてくれたのだって、シスコだ。シスコがいなければ、その貴重な社交のチャンスを失うところだったというのに……。
気乗りしないような態度を見せるなんて、わたし、どうかしてる。
「謝らないでってば。ルルベルは、なにも悪くないんだから」
「ううん、悪かったと思う。だから、頑張って心を入れ替えるね!」
……脳内エーディリア様が「声量」と指摘なさったので、わたしはおとなしく口を閉じ、ついでに表情もふつうな感じに戻した。少なくともそう心がけた。
それを会話終了の合図ととったらしく、シスコはにっこり天使の笑みで宣言した。
「じゃあ、練習しましょ」
「はい、先生」
「リートもよろしく。念のため確認したいんだけど、輪舞はわかってるのよね?」
「最低限の知識しかないが、なんとかしよう」
「……頑張って教えるわ」
というわけで、わたしは心を入れ替えるのを頑張り、シスコは教えるのを頑張ることになった。なお、リートはいつも通りである。飲み込みはいいので、教わればすぐにできるのだが、間違ってもまったく悪びれないのがすごい。
「リートがあんまり自信たっぷりに変なステップを踏むから、なんだか自分が間違ってる気がしてきたわ……男性側って、自分で踊るわけじゃないし……どうしよう」
シスコをも惑わす、リートの心臓! しかも、それでも悪びれないリート!
「多少間違っても、自信を失わずにいることが肝要だ。君も見習うといい」
「いや、リートに教わろうと思ってないし……間違ったことを自信満々で教えてきそうじゃないの。嫌だよ」
「自信は必要だと思うぞ。社交とは、精神を削る場だからな」
い・い・か・たー!
「リート、そんな気が滅入るような表現はやめてあげて」
シスコがすかさずたしなめてくれたが、もちろん、リートが気にする様子はなく。
「ダンスについては、君が間違ったら俺も間違ってやろう。そうすれは、立場的に責められるのは俺の方だから、君は注目されずに済む」
「……いや、それ、どうかな……リートが間違っても、誰も指摘できないんじゃない?」
「それもそうか。ではやはり、君が自信あるふるまいを覚える方が有効だな」
簡単にいいやがる!
「それを身につけるより、正しいダンスのステップを身につける方が簡単だと思う」
「では、頑張ってくれ」
いわれんでも頑張ってるところだ!
おやつ休憩くらいの時間に、エーディリア様のご来臨である。我々のドタドタした動きを見ると、扇でさっと口を隠した。いや、顔ぜんぶ隠した……笑ってるだろ、絶対!
「楽器はありませんの? 音楽にあわせた方が、よろしくってよ。今の状態では、珍妙な生き物が揺れているようにしか見えませんわ。しかも、拍子も揃っていませんもの」
「演奏していただけるなら、願ってもないですけど」
「リーシンでしたら、手遊び程度には扱えますわ」
「ファビウス様に、お借りできないか伺ってきます」
研究室に楽器なんか常備してる? と疑ったわたしを許していただきたい。マルチ趣味人のファビウス先輩は、もちろん一級品のリーシンを持っていた。
リーシンとは、ちょっと気取ったギターみたいな弦楽器である。下町では滅多に見かけない。たまに流しの楽師が持ってることはある……かな?
胴の形は、なんていえばいいのか……ギターと違って、くびれがない。三味線……よりは胴の部分が大きいし、まるい。弓で弾く奏法もあるらしいけど、こういった少人数の集まりで貴婦人が演奏するといった場面では、爪弾くのが常識らしい(エーディリア様のレクチャーによる)。その方が音量がささやかで、慎ましいから!
そして、見物に来たファビウス先輩まで特訓に参加。リートとわたしのドタドタを暫し観察したのち、的確な指示を出してかなり改善してくれた。見本も見せてくれたんだけど……うま過ぎない? さすが絵に描いたような貴公子……。
でもまぁ、音楽があるとイメージしやすくなるので、少しは上達した。エーディリア様も多才だよな……貴族令嬢としての教育を何歳から受けてるのか知らんけど……そして、質問するには微妙な話題だから訊けないけど!
「舞踏会ではおもに輪舞を踊ることになったという話、もう生徒のあいだに広まってますわよ」
夕食の席で、エーディリア様が教えてくださった。
「皆さん、がっかりなさってます?」
「そうでもないですわね。それよりも、ドレスの仕立て直しの話がよく耳に入りますわ」
「仕立て直し?」
「輪舞を踊ったとき、綺麗に見えるようにじゃないかしら」
きょとん顔になってしまったわたし(もちろん、エーディリア様に視線を投げられ、すぐにあらためた! あらためたよ!)に、シスコがすかさず教えてくれた。
ていうか……そんなとこまで考えてドレスを仕立てるのか! 汎用性とかはどうでもいいの? どうでもいいんだな。
「その点、男性は結局、同じ型のものを着るから悩みがなくていいな」
「そうなんですか」
この「そうなんですか」は、おしゃれなファビウス先輩でさえ、という部分を省略している。相手がリートなら、悩むかもなんて一瞬たりとも思わない。
「特に気合が入っていれば別だけどね。ウィブル先生とか」
ウィブル先生……ダンス用に衣装を仕立て直したりするのか……。
あー! もしかして、輪舞が気に食わないって顔してたの、そのせい!?
「襟の縁取りや、ちょっとした飾りを、女性のデザインに合わせたりするかたもいらっしゃいますわ」
「わぁ、素敵ですね!」
「声量」
一瞬たりとも! 油断ができない!
「エーディリア嬢は、どんなドレスを着るの?」
ファビウス様の問いに、エーディリア様はすらすらとお答えになった。
「まぁファビウス様、そのようにお尋ねになられては、たいがいの女生徒は勘違いしてしまいますわ。ファビウス様のパートナーになれるのかも、と」
「そうなの? 気をつけなきゃいけないね」
……いやそんなのエーディリア様に教わるまでもないだろ! 絶対わかってて訊いてるだろそれ!
なんてことを思っているわたしをちらりと見遣って、ファビウス先輩は華やかに微笑んだ。
「ルルベルも、どんなドレスか教えてくれないの?」
「まだ決まってないです」
瞬殺してさしあげると、ファビウス先輩は肩をすくめて食事に戻った。
舞踏会は約二十日後なので、仕立て直しで凝ったことをしようとすると、日程が厳しいらしい。貴族の令嬢御用達のお店って、どうしてもかぶるからね。直すのは無理かも、と悲観的な生徒もいるとか。
階級社会だからさー、公侯伯子男の上の方から優先して仕事をするわけよ、仕立て屋も。
なお、ラズマンドさんのお店は平民のシスコが贔屓にしているくらいだから、貴族の皆様とはさほど競合しない。しかも聖女っていう優先順位トップの階級に属している扱いなので……ほかをやってて間に合いませんでしたって事態には陥らないけど、一から仕立てるから、日程的には厳しいらしいよ。
……入手難度の高い布を取り寄せてる場合なの?




