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126 できるようになったが、まだまだだな

 その翌日である。リートと一緒に課題に取り組んでいると、こんな風にいわれた。


「おぅ、できるようになったな。まだまだだが」


 どっちだよ! という褒めと貶しを同時にやってくれたのは、もちろんジェレンス先生だ。褒めが先行してるってことは、貶しの方が本音だな……と、推測できる程度には、ジェレンス先生のこともわかってきた。と思う。

 ていうか、いつのまに侵入したんだよ……ドアの開閉にも気づかなかったし、リートもそこはかとなく嫌そうな顔してたから、また気配消して唐突に出現したんだろ!

 自分がちょっとめずらしいことできるからって、しょっちゅうやらなくていいんだよ。すごい魔法使いだってことは、こっちも知ってるわけだし! アピール不要! ノー・サンキュー!


「新入生として実力がたりないという意味でしょうか」

「あらゆる意味でだな。まだ魔法使いと認められる域に達してはいない」


 ジェレンス先生は、わたしにこういう判定を下すのが得意だよね。実技を実施する段階にない、とかさ。

 できるだけ表情を変えなかったつもりだけど(エーディリア様にいわれたから、笑顔じゃないときも意識するようにしてるのだ)……ジェレンス先生は、にやりと笑ってこういった。


「不満顔だな」


 ムカ! つく!

 事実なだけに余計腹が立つやつだ!


「魔法使いの国家資格試験を受けられるほどの知識も腕前もないのは、わかっています……」

「国家資格試験の合格さえあやぶまれるのに、吸血鬼と戦いたいですとか、正気かよ」


 ジェレンス先生が姿をあらわしたの、なんでだろうと思ってたけど、そういうことか……。きっと、ウィブル先生あたりに、あんた説得しなさいよねって指示されてるんだろう。

 わたしは口を引き結びかけ、思い直した。表情を動かさない訓練を忘れるところだった。

 意識してみると、けっこう使ってるんだよね……表情筋。スマイル以外に。


「それは、属性の相性というものがありますから。でなければ、先生だってこんなに苦戦なさいませんよね?」

「誰が苦戦してるんだよ」

「苦戦してるから、まだ吸血鬼の討伐が終わってないんですよね?」


 ふん、とジェレンス先生は視線を逸らした。ほらやっぱり。


「おまえの知ったことじゃねぇよ」

「わたしはべつに、吸血鬼と戦いたいわけじゃないです。魔王の眷属を相手にするなら、わたしが役に立つはずだと思っているだけです。安全なところに隠しておく余裕があるかを問うているだけです」

「……初手からずっとそうだが、おまえ、無駄に気が強いよなぁ」


 うるせぇ、それこそ知ったことじゃねぇわ!

 と思ったが、わたしは表情に出さないように頑張った。今のわたしは、エーディリア様の弟子なのである。

 正直、学園に入ってからこれまでに師と仰いだ中で……いちばん厳しいっていうか、ちゃんとやらないと見捨てられそう感がすごいので、必死である。


「ま、そういう気概があるのは、悪くねぇ」


 すべての魔法の基本だが、とジェレンス先生は重々しい口調でつづけた。


「夢みる力――妄想でも推測でもなんでもいい。今ここにないものを明確に思い描くことこそが、魔法だ。だから、眷属と戦いたいって気もちは、それだけでおまえを強くする。実のところ、それが逃げたい隠れたいでも同じことだ。結果に確信さえもてれば、魔法はおまえの力になる。戦えるし、逃げられるし、隠れることもできる」

「だったら――」


 思わず口をはさんでしまったけど、ジェレンス先生の眼差しは厳しかった。


「だったら、どうなる? 考えてもみろ。敵も同じだってことをな」


 ……それは考えたことがなかった。

 いやまぁね、考えなくてもね、知ってるよ! 吸血鬼って魔王の眷属の中でも強いってことは。


「今回の吸血鬼は、おまえに多少の苦手意識を持っただろう。同時に、もう気を抜いたりはしない。最大限に注意するし、おまえをどう始末するか、念入りに計画してるはずだ。ひとつの手段が失敗したら、別の手段。それでも駄目なら、ほかの方法。そんな具合に、考え尽くしてる。おまえには、太刀打ちできん」


 断言されてしまったよ。

 ……まぁ実際のとこ、今、わたしが現場でできることは、なにもないだろう。それはわかってる。無理にお願いして捜索に参加しても、わたしの護衛を増員する必要が出て、迷惑をかけるだけ。


「わざわざジェレンス先生に来ていただかなくても、ちゃんと納得してました」

「あやしいな。リート、しっかり見てろよ。こいつは、自分が誰かを助けられると誤認した瞬間、いやそう意識する前から走り出すぞ」

「気をつけます」


 そこまで? いや、わたしって、そこまでじゃなくない?

 ちゃんと身の程も……わかってたら、吸血鬼討伐に参加したいなんて主張しないだろうが、えっと……そんな、なにも考えてないみたいないわれようは、さすがにこう。否定したい。


「でも先生、わたしはいずれ魔王を封印する予定なんですよ」

「おぅ、頑張れ」

「たかが眷属にひるんでいる場合じゃないんです」

「や、そこは怯んどけ。おまえの方が弱い。正しく認識しろ」


 とまぁこんな調子でわたしをさとしまくって、ジェレンス先生は去って行った。吸血鬼討伐の進捗状況は、教えてもらえなかった。

 ……なにしに来たんだ。わたしに釘を刺しにか。意味ねぇだろ、だってリートにこんだけガッチリ見張られてたら、抜け出したりもできないし。だいたい、いくらなんでも、ひとりで吸血鬼を探しに行ったりはしないぞ!

 おい、とリートがわたしを呼んだ。


「なによ」

「親切に教えておいてやると、もうじきシスコが来る。眉間の縦皺を消しておかないと、心配をかけると思うが?」


 うるっせぇぇぇわ! わたしのおでこに皺なんかねぇぇぇぇわ!


「……気をつける」

「気をつけることがたくさんあるな。注意力というのは、いっぺんに複数に向けることはできない。どうしても、ひとつずつだ。つまり、君は『気をつける』と口にした端から、ほかの対象への注意を失っていることに自覚的であった方がいい」

「うるっせぇ……」


 もっともなご意見ですが、偉そうで腹立つわ! なんなの今日、ほんと!

 なんてやりとりをしているあいだに、シスコが来た。やばい、ファビウス先輩の課題がまだ終わってない!


「布見本は明後日ですって。ちょっと取り寄せが難しいのがあって……でも、きっとそれが似合うと思うの」


 シスコのテンションは、むちゃくちゃ高かった。布だけでこんなに盛り上がれるの、すごい。そして、可愛い。


「何色の?」

「グラデーションよ。ほら、このあいだ気に入っていた布があったでしょ? あれの色違い。新素材なんだけど、ものすごく軽くて、ふわっとしてるの。回転すると、映えるわよ」

「回転かぁ……」

「うん。今日は、輪舞の練習するけど、けっこう回転する動きあるって実感できると思うよ」


 そうなのだ。本日のシスコは、ダンス教師役なのである。

 シスコは可愛いし、ドレスはそれなりに楽しみだし、ダンスの練習もそりゃまぁ……頑張るよ。やるよ、わたしは!

 でもさぁ……。


「やっぱり、ちょっと釈然としないところはあるな……」

「なにが?」


 首を傾げたシスコに、リートが勝手に答える。


「吸血鬼退治より舞踏会を優先することに、納得していないんだろう」


 ……当たってるが。

 シスコは、困ったような顔でわたしを見た。


「吸血鬼退治なんて……たしかにルルベルは聖属性だけど、まだ学生よ? それも、入学するまで魔法を使ったこともなかったんでしょう?」


 それはたしかに、そうなんだけど。わかってるんだけど!

 わたしは、ため息をついた。自分でも、吸血鬼狩りに参加するなんて現実的じゃないとは思う。


「べつに、自分がいれば吸血鬼を退治できると思ってるわけじゃないの。ただ……なんのための聖属性かって思うと、いろいろ釈然としないだけなの」


 シスコはわたしの両手を握ってくれた。


「ルルベル、わたしね、ルルベルのそういうところ尊敬する。使命を感じてて、逃げないところ」

「そんな立派なものじゃ……」

「でも、考えて。吸血鬼を探しに行くことだけが、吸血鬼と戦う手段だと思う?」


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