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125 この世界にもカーテシーは存在する

 その後、ラズマンドさんはシスコと激論を戦わせ(もちろん語彙は上品かつ重たい。人生は、賭けられたりなげうたれたりしていた。もっと丁寧に扱ってほしい)、最終的には「布次第ですね」って話になり、別の布見本を持っての再訪が約束された……。

 どうぞ夕食もご一緒に、とファビウス先輩が丁重に誘ったが、それどころではございませんのでを丁寧に言い換えて、大股に去って行った……布って重たいのに! すごい力持ち? いや、鞄が魔道具なのかな。

 ドレスの準備はそのように進んで行ったのだが、わたしには、ほかにもやることがある。

 ダンスの練習と、最低限の礼儀作法の習得である……。

 知ってた? この世界、あるんだよ。アレ。上流の女性がやる、膝を曲げるお辞儀――そう、カーテシーってやつが!

 しかも、なまじ脚がある程度見えるドレスじゃん……ドーンでバーンのドレスなら、中で脚がどうなってても問題ないんだけど、如実にわかるわけよ。左右の位置のバランスはどうか、丸見えなわけよ……チェックされ放題なのよ!


「だからって、なぜ、わたくしがあなたに?」


 翌日、教師として研究所に派遣されたのは、エーディリア様である。


「友だちがいなくて」


 事実である。

 ほら……わたし、ずっと図書館と研修室、あるいは図書館と研究室っていうルーティーンで学生生活を送ってるからね。しかたないよね! 同級生のよしみもあるし、彼女に教えてもらえるなら嬉しいですと提案してみたら、通ったのである。


「渦属性の生徒がいるでしょう」

「シスコには、ダンスを教わっています。これ以上、彼女の勉強時間を奪うわけには」


 学生の本分は勉強だからな!

 すると、エーディリア様は皮肉な笑みを浮かべて尋ねた。


「わたくしの時間は奪ってもよい、と?」

「多くのかたにご協力いただくことで、皆様から少しずつお時間をお借りできれば、と……。それに、エーディリア様は座学も実技も優秀でいらっしゃると伺いました」


 そうなのである。エーディリア様、むっちゃデキる生徒なのだ。王子の暴走を自分の魔法に転化できるって時点で、実技ができるのは当然だけど、お勉強もできるんだよね。

 家系ロンダリングに成功するだけのことはあるのよ。素質と、努力できる根性。両方持ってる。だからこそ、生まれながらのお貴族様のご令嬢でございます、って態度をとっても不自然じゃないところまで仕上がってるんだろうな。


「あの、それで……助けていただけます?」

「もちろん、ご協力しますわ。そうするように、命じられております」


 誰に。王子に? それともチョロくない姉上の方かしら……。


「ありがとうございま……っす!?」


 語尾が変になったのは、エーディリア様の扇の先端が、お辞儀して上げたばかりの頭に突き刺さりそうになったからだ。こわ!


「それ、さっそく失格ですわよ」

「失格……どれです?」

「お辞儀ですわ。あなた、これから上流の催しにも出席するのでしょう? でしたら、無自覚に頭を下げる癖を、まずおやめなさい」


 無自覚! たしかに無自覚だったけど……。


「あの……自覚がないものを修正するのって、難しいのでは?」

「誰が簡単だといいました?」

「……誰も」


 エーディリア様は、上品に微笑んだ。扇で口を隠しつつ。


「あなたの懸念はもっともです。有効な対処法を、お教えしましょう」

「はい!」

「適切な行動をする癖をつけてしまうのですわ。反復して叩き込みますの」


 反復して叩き込む……なるほど? 確かに効果ありそうだが、キツそうな気がしてきたぞ! しかし、答えは一択!


「よろしくお願いします!」

「まず、そのなんでも叫ぶ癖も矯正しなければなりませんわね。返事は不必要に声を張らないこと」

「はい!」

「声量」

「はい」

「よろしい。それから、扇で口を隠す動作も練習が必要です」

「えっ? 扇?」

「無駄に訊き返さない」

「はい!」

「声量」

「はい……」


 エーディリア様曰く、声を張らないのも、扇で口を隠すのも、上流の社交に必要なことだそうだ。つまり「ごく身近の、声を聴かせたい数名以外には、なにを喋ったか悟られてはならない」ってこと。

 ほぇ〜。

 わたしはほら……接客の態度が身についてるから。間違いがないようすぐ復唱するし、口も大きく開けて喋る癖がついているのである……そんなの今まで考えたこともなかったけど、エーディリア様に指摘されて理解した。

 パン屋の看板娘のスキル、スマイルだけじゃなかったんだなー!

 で、声の出しかたと扇の扱い、そして――カーテシーの特訓に至ったわけである。


「ふらついてましてよ」

「はい!」

「声量」

「はい」

「重心を落とすときはもちろん、元の姿勢に戻すときも流れるように」

「はい」


 いや〜、連続して練習してると、キツいなんてもんじゃないんだけど! これ明日は筋肉痛になるやつじゃない? 膝ががくがくしてきたぞ。つらい!

 貴族のご令嬢って、こんな鍛錬してんの? 変形スクワットじゃん!

 エーディリア様は夕食もご一緒してくださり、わたしのマナーをチェック……もちろん大量の駄目出しを食らい、カトラリーの持ちかたから、いかに大口を開けずに食べるかまで、懇切丁寧にご指導いただいた。

 食べてる気がしないとは、このことだ。

 なお、隣でリートは相変わらず、飲むように食べていた。こいつにも指導してやってほしいところだが、リートの場合、必要ならマナーを守った食事もできるのではないだろうか。今は必要だと思っていないだけだろう。まぁ、マナーを守ったとしても、雑は雑に違いないけどな。そこは確信がある。

 帰り際、エーディリア様を出口まで見送るのもわたしの役目だった。お見送りのマナー・チェックである。もちろんカーテシーもするし、声量には気をつけねばならない。扇は、さすがに出番がない。ふたりきりだったので――リートが廊下から見守ってはいるが、あれはもう空気だと思うことにしなければ、やっていけない――言葉を選ぶ必要もないからだ。


「ひとつ、聞きたいのだけれど」

「はい、エーディリア様。なんでしょう?」

「わたくしを選んだ理由よ」

「それはその……友人がいないから……」


 何回もいわせないでくれないかな! つらい!


「表向きの理由は、もう結構。それだけじゃないでしょう? あなた自身に人脈はなくとも、あなたの周りの人々は、そうではないわ。わたくしよりもっと温厚で、篤実とくじつで、皆が納得する人物を推薦することができたはずよ」

「それは、わたしがその……知らないひとより、知ってるひとの方がよくて……」

「あなたが人見知りだとは存じませんでしたわ?」


 これは、あきらかに嫌味っぽいな! ま、人見知りでもなんでもないのは事実だ。


「一応、王宮と学園の力関係を考えまして……王宮側とせる立ち位置のひとを、と」

「それも嘘じゃないでしょうけれど」


 勘繰ってる! え、なんでそんなに疑われてんの、わたし?

 すると、エーディリア様は手入れされた形のよい眉を上げ、いかにも見下したという視線をわたしに向けた。


「表情に出過ぎでしてよ、あなた」

「えっ」

「そういう反応は、おやめなさい。簡単に感情をおもてに出すものではないわ。あなた、得意でしょう」

「え……っじゃなかった、いや、そんなことはないと思います」

「教えておいてあげるけれど、笑顔のときだけは、あなたの考えは読みづらいわ」


 マジか。やっぱりスマイルはすべてを解決するな!

 エーディリア様は謎めいた微笑を浮かべると、ぶれのない、お手本のようなカーテシーを披露してくださった。


「どなたかわからないけれど、わたくしを推薦したかたがいらっしゃるようね。機会があったら、お伝えしてくださる? とても迷惑ですけれど――ご信頼にお応えすべく力を尽くします、と」


 えっ、と声をあげることすらできなかった。……なんでバレたし!

 ポカンとしているわたしに、エーディリア様はそれは美しい笑顔を向けて。


「その表情で、確信したわ。でもいいこと、そういうのが駄目なのよ?」


 ではごきげんよう、と去って行く後ろ姿を見送りつつ……いや〜、真似しろっていわれても無理では? と思ったわたしであった。

 完。

 いや完結してねーけどな、なんにも!


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