122 夜の緊急招集会議、議題は舞踏会
「難しい問題ですね」
夜の緊急招集会議、突然のスタートである。
食堂には、研究室の主であるファビウス先輩やゲスト(シスコはともかく、リートとわたしは居候って呼ぶ方がしっくり来るけど……)のほか、なぜかウィブル先生、そしてエルフ校長も揃っている。ジェレンス先生は、吸血鬼を追っていて欠席……つまり追ってなければ呼ばれていたわけである。まぁ担任だからな、一応。
……つーか、ジェレンス先生ガチで討伐目指してるんだな! 知ってたけど!
なお、難しいと発言したのはエルフ校長。夜の呼び出しとあって、今回もくつろぎウェアであり、ラスボスの風格がある……ねぇ、逆魅了ちょっと弱まってない?
「これ、また王宮と調整しなきゃいけないんじゃない?」
ウィブル先生が問い、ファビウス先輩が答える。
「そう思います」
……いや、待って?
なんで生徒会主催の舞踏会ごときで、王宮との調整なんて話が出るの? 一応確認するけど……。
「わたしが舞踏会に出るかどうかについて、ですか?」
「出るかどうかでいえば、ほぼ出席一択だね。問題なのは、誰のエスコートかってこと」
おぅ……出席一択……。ここは正論くんに頑張ってもらおう!
「舞踏会などに時間を浪費している場合ではないのでは?」
「たしかにねぇ……たしかにそうだから、うっかりしてたのよ。でも、ルルベルちゃんは、社会的な地位がむちゃくちゃ高くなっちゃったの。舞踏会には出席して、顔をつないでおいた方がいいわ」
「顔」
わたしの平凡な……下町のパン屋の看板娘としては、まぁ愛想も愛嬌もあるし及第点ではあろうが、それ以上の価値はなさそうな顔を。話の流れだと、単に職員や学生たちに見せるってわけじゃないよね? きっとアレだろ……上流の皆様が見物に来るだろ、学生に許可されている外部招待一名枠を取り合うんだろ!
大した顔じゃねぇぞぉ!
……いやまぁ、そういう意味じゃないよね。わかってる。わかってるよ。
「ただでさえ、図書館と研修室の往復で、食堂でくらいしかほかの生徒とふれあう場がなかったし。人脈が全然、できてないのよね……」
いや、ここに集ってる強そうな面々とは人脈できちゃってますけど? それはノーカンですか?
そうじゃないか。もっと広げろって意味だな。
ああ! いちいち自分でわかっちゃうの、つっらー!
「今後のため、ってことですか」
「人間って、会ったことがある相手のことの方が、想像しやすいからね」
ファビウス先輩、主語デカッ。
「えっと、それはその、幻想を抱かれないため……みたいな?」
「大意ではそうなるかな。どこかの誰かって考えるより、会って話したことがある相手の方が、同情しやすいだろう?」
「同情」
「あのひとに苦労を押し付けるなんて、の『あのひと』としての具体像を相手に与えておくためには、自分も人間だと教えておくのが効果的だ。そのために重要なのが、姿を見せて、じかに交流することなんだよ。通り一遍の社交をこなすくらいでは、大した効果もないけどね。でも、なにもしないよりは、ずっと」
ファビウス先輩は、非常にこう……確信をもって喋ってる感じあるな。ふだんから、そういうこと考えてふるまってるんだな。すごいな……。
ていうか、感心するのはそっちじゃないな。発言内容の方だな!
「つまり、無茶なことを依頼されないために?」
「そうして当然って空気を醸成しづらくするために、だね。友好的な知り合いは、多い方がいい」
「そんな小細工を弄さなくても、僕がルルベルを安全な場所に匿うよ」
誰の発言かは、わかるな? エルフ校長である。
ファビウス先輩が、にっこり笑顔で応じた。
「ルルベル本人が、逃げたくはないという考えですから。彼女の意志を尊重する約束ですよね、校長先生?」
いやまぁ聖属性魔法使いの使命からは逃げたくないけど、社交からは……逃げてもいいかな……。
「……ルルベル、無理に社交に勤しまなくていいんだよ?」
「校長、生徒のやる気は?」
素早く割り込んだのは、ウィブル先生だ。
「僕と一緒に俗世間から逃れる方向に、やる気を伸ばしていきたい」
「校長」
ウィブル先生の声が低くなって、エルフ校長が口を閉じた。あっ……ウィブル先生ってほんとに怖いんだな、と実感した瞬間である。
先生がたの寸劇を無視して、ファビウス先輩はわたしに尋ねる。
「もちろん、ルルベルが望まないなら、欠席も可能だよ。無理はしないでほしいけど」
「でも、出席しておく方が賢明ってことですね」
「そういうことだね」
で、出席するならエスコートを誰がつとめるかって問題が生じる、と。
「……その場合、あの、エスコートなしっていうのは?」
「規則ではパートナーを決めずに出席してもかまわないことにはなっているけど、王宮側は、絶対に王子をあてがってくるだろうね」
「保護の件では譲歩したんだから、舞踏会では王家の面子を立ててくれって話になるって予測がつくわ」
うーん、王子。王子かぁ……。
正直、たよりにならない印象がすごい。とはいえ。
「パートナーが誰でも、会場でほかのかたがフォローしてくださるなら、耐えられると思います」
これが結論だよな。
パートナーは、一緒にダンスを踊るとか、常時そばにいる権利が確保されてるってだけじゃない? べつにさぁ。ほかの誰も近寄ったらいけないって話じゃないわけよ。
なら、ファビウス先輩でも先生の誰かでも、ガードやフォローが必要な場面で、さっと来てさっと助けてくれれば、わたしはそれで文句はない。
「もちろん、できる限りのことはするよ。ただ、王子と一緒に登場するってことは、社交界の面々は、『聖女は王家の一員』って認識するってことだから」
おぅ。そこまで?
「勝手に誤解してもらう、っていうのは駄目ですかね?」
「まぁ、それでもいいんだけど」
ファビウス先輩は苦笑して、エルフ校長を見遣った。視線を辿ってそちらを見れば、あらあら……ものすごく……ご不満そう!
「校長先生は、反対ですか」
「僕は、今の王家は全然信用ならないと思ってる。だから、一瞬たりとも、ルルベルを王家の者に預けたくないし、ルルベルが王家に属するなんて誤解、広める手助けはしたくない。そんなことになるくらいなら、舞踏会を中止させる」
職権濫用!
「待ってください、校長先生。舞踏会を楽しみにしている生徒は、たくさんいるんじゃないですか? それを、わたしの都合でどうにかするなんて、駄目ですよ」
エルフ校長の都合、って表現する方が的確かも? と、口にしてから思ったが、まぁいい。そこはどうでもいい。
それより、こんな乙女ゲームみたいな催し! 絶対に絶対に、何ヶ月も前からドレスだのアクセサリーだの準備してドキワクそわそわしてる乙女たちがいるに決まってるよね? いなかったら許さん。いてほしい。絶対いてくれ。
わたしはそれを見物したい!
……いや、本来自分もそっち側になるべきなんだろうけど、そんな状況じゃないから勘弁してほしい。今までのやりとり、どこかにドキワクする要素あった? ないだろ?
だから、自分のことはいいんだ……ほかの若者たちの青春を守りたい。
さっきの口ぶりだと、シスコだって準備はあるはずだ。パートナーは決まってないっぽいけど、ドレスをキメたシスコ、むっちゃ見たい。見た過ぎる!
……と、いう。私欲にまみれた発言だったのだが。
なぜかバーンとテーブルを叩く音がした。
全員がそちらを見た。
両手をテーブルに突いて、立ち上がっていたのは……なんと、シスコだった。
「皆さんのお考えはわかりました。とても重要なことだと思います」
顔を上げたシスコの表情は、キリッとしている。えっ凛々しい。惚れちゃいそう。
薄紫の眼が、わたしを見て……少しだけ、目元がやわらぐ。えっ待って、ガチで惚れる。
「ですが、ルルベルのことをお考えください。はじめての舞踏会なんですよ? そんな……好きでもなんでもない、面倒くさいだけの相手にまかせるなんて、絶対に駄目です!」
王子の立場ーっ!




