119 スマイルはすべてを解決する
わたしの身柄を保護するの、学園が請け負うか、王宮が引き取るかで揉めに揉めたそうだ。事件当日以外も、ってことね。
あんまり想像したくないけど、ま、そやろな……。
で、結局ファビウス先輩の研究室に落ち着いてるのは、学園内の研究所トップの所長が親王室派であり、研究室を持ってるファビウス先輩は最近の傾向からどっちかというとエルフ校長派であり、まぁ、押したり引いたりの力加減の中間点と認めてもいいだろうしかたがない! ってことらしいよ。
もちろん、東国からの接触は遮断する条件だけど、ファビウス先輩的には、その方が都合がいいとのこと。
……ってわけで、研究室と図書館の往復に入って三日が経った。
「もう……もう限界だ……」
「そうなの?」
誰も見ていない隙に呻いたつもりだったが、ファビウス先輩に聞かれてしまった。
わぁぁ……たのむ、そっとしておいてくれ……どんなに魔性でもイケメンでも、今日はもう無理……余分な力を入れずに魔力で曲線を描いたり、中空の魔力玉を作ったり、事典に載ってる図形をどこまで暗記したか抜き打ちテストされたりするの、無理!
例によって、入浴後である。
入浴後のぽかぽか時間を中庭で消費して、疲れをリセットするのが日課になりつつあるのだが――そしてリートに声をかけられて中に入るまでがセットだし、あまりにも情緒のない「終了のお知らせ」をなんとかしたいとは思っていたが!
まさか、ファビウス先輩が出てくるとは思ってなかったわ。いつも夕食からずっとリートと話し込んでるし。
「あっ、いやその……ご迷惑をおかけしている立場で申しわけありません!」
「たよってくれるって、約束だよね?」
そういいながら、ファビウス先輩は立ち上がろうとしたわたしを視線で留め、手にしていた毛布を肩からかけてくれた……これ、毛布……だよな? 素材なんだろう……軽くてふわっふわであったかくて、なんかこう……未知の素材だ。
「まさかファビウス様、繊維の開発までなさってるのでは」
「そうだよ」
……そうだよ!?
否定してくれ、そこは……否定してくれ。なんとなく!
「これは去年作ったんだけど、歩留まりが悪くて市場には出せないんだ。でも、呪符魔法の組み合わせで……いや、そんな話はいいか」
苦笑して、ファビウス先輩は近くにあったスツール? オットマン? カウチとお揃いの小さな椅子に腰掛けた。脚が長いので、なんかこう……折り畳まれている感がある。なんか、可愛いな。
「ウィブル先生の装置、使わせてもらおうか? いろんなことがあったし、ただでさえ君は責任を感じやすい方なのに……僕も容赦なかったからな。疲れちゃったよね? ごめん、配慮がたりなかった」
「あっ、いやっ、そうじゃ……そういうんじゃなくてですね」
ひぃ〜。本格的に気を遣わせてしまい、あわせる顔がない。
わたしはうつむいて、奇跡的な手触りの毛布を掴んだ。あ〜すごい、これマジすごい……。この布を褒めたら、話題、変わらないだろうか? と思ったが。
「じゃなくて?」
口調はやわらかいが、絶対に吐かせるぞという圧を感じる。
しかたがない。わたしは白状することにした。
「……女の子に会いたいです」
「は?」
「男ばっかりで疲れました。べつに、ファビウス様やリートが悪いわけじゃなく、単にこう……同性と気兼ねなく会話したいと申しますか」
ほんと、かれらは悪くない。なんも悪くない。
だけど家族以外の男性と一緒にいると、気疲れしてしまうのだ。短時間ならともかく、リートは文字通り常時一緒だし、なんかもう息が詰まるっていうかなんていうか。
これが我慢できないといっても、許されるよね? ……駄目かな。
長い沈黙に耐えかねて、わたしはそっと視線だけ上げた。すると、こちらを見ているファビウス先輩と目が合った。
「あの……すみません」
「なんで謝るの。君はなにも悪いことしてないよね?」
「贅沢を申しました……わたしのために、皆さんにもご不自由を強いているのに」
「不自由? リートはどうか知らないけど、僕はとても楽しんでるよ」
「でも、なんか……」
わたしは、口ごもった。いやだってさ……。
「なに?」
「怒ってらっしゃいません?」
「怒ってるように見える?」
「だって、視線が……」
視線が痛いんだもん!
「……おどろいたな、君にはそう感じられるの?」
「え、違うんですか?」
ファビウス先輩は薄く笑うと、立ち上がった。
「持て余してるんだろうな、きっと」
「……わたしを、ですか?」
心配になって訊いてみたら、困ったような顔をされた。
「僕にも、いろいろ事情があるんだ」
「すみません、立ち入ったことを……」
「いや、気にしないで。勝手なことをいってるだけだ、自分の都合でね。僕が身勝手なんだから、君も同じようにしていいんだ」
そういうと、ファビウス先輩はわたしの前に跪いた。そのまま手をとって……。
次にどうなるかは、もうわかるな? いつもの国宝級上目遣いだ!
「怒ってなんかいないよ。もっと、わがままをいってほしいな」
破壊力すげぇぇぇ! と、内なるわたしはビビっていたが、外面をとりつくろうのは得意である。つまり、看板娘スマイルだ。スマイルはすべてを解決する。
「ありがとうございます。お気もちだけ……」
「つれないな。僕より、この中庭の方が気に入ったみたいだね?」
それ、比較して優劣をつけるものじゃないんじゃないかなぁ!
「とても、心が休まりますので……」
「湯冷めするといけないから、そこで休むのは、ほどほどにね。でも、気に入ってくれたようでよかった」
にっこりされて、やっぱりこのカウチ、わたしのために準備されてたんだなと思った。自意識過剰かもしれないけど、まぁそう思うよね? だって、ここで休むの、必要だと思うっていわれてたし……色が、色だし。
「前におっしゃっていたように、気分転換になります」
「でも、たりないんだな。……よし、わかった。シスコ嬢だね? 明日、招待してみるよ」
「ほんとにすみません」
「君が謝ることは、なにもないよ。それから……これも渡さないとね。君に手紙だよ」
ファビウス先輩は、どこからともなく封筒を取り出した。シックなベージュ色に、金の縁取り……差出人、王族だったりしないよな? と疑いたくなる豪華さである。
「どちら様からでしょう?」
「スタダンスだ」
おお……返事が来たってことは……つまり、王子経由のお見舞いの手紙が、スタダンス様に届いたってことだ。王子、やり遂げたんだな!
わたしが封筒を受け取ると、ファビウス先輩は立ち上がった。まだ距離が近いから、完全に見上げる体勢になるんだけど……いやぁ! どの角度から拝見しても、お美しいですね!
「ローデンス様、なにかおっしゃってました?」
「持って来たのはナヴァトだけど、一応、事情は聞いてある。初日は門前払いを受けたけど、昨日は会えたそうだよ。スタダンス本人が望んだという話でね。彼は……ひどく落ち込んでいるそうだ」
「やっぱり」
「……君には教えたくなかったんだけど、黙っているわけにもいかないよね」
「教えてくださらないと困ります」
「でも、また背追い込むだろう? それは駄目だからね?」
「はい」
とは答えたものの、スタダンス様が吸血鬼に狙われたのって、わたしのせいだもんな。あの台詞は、まだ耳に残っている――君のために、こんなことになったのに。
たとえそれが、吸血鬼にいわされたものだとしても……真実ではあるはずだ。
わたしはそれを、忘れてはいけない気がする。自分の行動次第で、周囲が大きな影響を受ける、ということを。
「僕がスタダンスの立場だったとしても、必ず後悔はするだろう。だけど、それは君を責めるためじゃない。絶対に、そこだけは間違えないで。いいね」
一歩、後ずさって、わたしをじっと見て。
ファビウス先輩は静かにつづけた。
「念のため、ウィブル先生にも時間をとってもらおうね。君も、今日はもう休んだ方がいい。余分なことを考えないように」
ひらりと手をふると、ファビウス先輩は踵を返し、建物の中に戻って行った。開いたドアは、昼間、実験に使っていたのとは別の部屋だ。書庫というか、書斎のようなものだっていってたかな……まだ仕事するんだろうなぁ。
健康に気をつけないといけないのは、わたしより、ファビウス先輩の方じゃないだろうか?




