117 リートみたいには、とてもなれない
ウィブル先生にも、それとなく「いろいろ厄介ごとが舞い込んできがちなの、どうにかならないか」と相談してみたところ、できるだけ対処はするけど、となぜか逆接で返された。
「……するけど?」
「ルルベルちゃんもねぇ。面倒見がいいから」
「えっ」
王子をスルーしてウィブル先生に押し付けたという前歴があるにもかかわらず、面倒見が……いい……だと?
「前のめりなんだ、相手がなんであっても」
横からリートが評したが、君の所感は求めてないよ!
「もっと流していいと思うわよ」
「流す……」
「リートがいい手本になるわ」
「無理です」
即答しちゃったよ。でも当然だよ! あんな東国製の稀少合金みたいな心臓、真似できるはずがない!
「無理かぁ。まぁそうよね。でもほんと、気をつけて。引き受け過ぎないのよ? 聖属性魔法使いだからって、世界の命運を背負わなくていいんだからね?」
「こいつ、自分を前線に連れてって使えばいい、って思ってるんだ」
あっ。リートに横から撃たれた!
「ほらぁ。そういうところよ……」
ウィブル先生に頭を抱えられてしまったよ。すみません先生、でもさ。でもさぁ!
「だって、眷属と戦うには、聖属性魔法が必要じゃないですか……」
「……吸血鬼に関しては、ジェレンスが燃えてるのよね。信じて、まかせてあげてよ」
「失礼ながら、たとえジェレンス先生といえども、浄化は無理ですよね?」
「うん、でも吸血鬼の魅了って、本体を叩けば消えるから」
パワープレイにもほどがあるだろ!
「魔属性は、根源から魔力が供給される印象がある」
「そう。だから、吸血鬼の下僕は、吸血鬼を倒せば正気に戻るのよね」
「えっと……吸血鬼に使役されるには、段階があるんですよね?」
王子の邪魔が入ったものの、一応、その程度は頭に入れたのだ。
一.吸血行為なし(魅了魔法)
・魅了段階一:一時的に自我を失い、吸血鬼のために単純な支援行動などをする
・魅了段階二:吸血鬼が憑依することが可能になり、行動を操作される
二.吸血行為あり
・犠牲:一時的な吸血対象で、失血死に至らない者。魅了段階一の症状をともなう
・下僕:生前の知識を残したまま、親吸血鬼の人格を反映させた異人格となる
→特性が適合し、親吸血鬼が合意すれば、下僕から吸血鬼にもなり得る
・半死:自意識は消失。吸血のための保存食扱い
・失血:完全に吸い尽くされた状態で、吸血鬼にも再利用不能
スタダンス様は魅了の段階一〜二で、吸血行為は確認されなかったとのこと。
下僕を増やすには、吸血鬼もある程度の犠牲を払う必要がある。魔力が下僕に吸い取られるからだ。魅了魔法で済ませる方が、コストが安くて済むわけ。
だけど、下僕を吸血鬼にアップグレードさせれば、下僕も吸血行為によって血、すなわち魔力を集めて親吸血鬼にも還元される。将来を見越しておくなら、下僕も増やした方が便利である。
「スタダンスが吸血鬼に気に入られてなければいいんだけど」
「対策はできてるんですか?」
「幸い、家に閉じこもるように命じられたから。あの家、両親も魔力高いし、やりたい放題やってると思うわよ」
両親も魔力高い……納得しかない。
「……お見舞いに行けるなら、と思うんですけど」
「ほら」
ウィブル先生とリートが、同時に声をあげた。
「ほら……って?」
「そういうとこ、っていってるの! 面倒ごとが近寄ってくるのも、当然あるだろうけど。自分から行ってる面もあるでしょ、って話よ」
「……でも、吸血鬼にあやつられたこと、きっと気になさってると思うんですよ」
「だとしても、今はスタダンスのことは忘れておけ」
ウィブル先生が、ぱん、と手を叩いた。すごくいい音がした。どうでもいいが。
「手紙を書けばいいわ。で、王子に託すのよ」
「……先生、それ事態を複雑化させるだけなのでは?」
リートが疑わしげに尋ねたが、ウィブル先生はいつもの綺麗な笑顔で断言した。
「王子も、明確に『やること』を与えられた方がいいじゃない? 家を訪ねるのは勇気がいるだろうけど、自分も王室の一員ではあるが、今回の処置には納得していないということを、直接伝える機会になるわ。もちろん、本人がその試練を受け入れるかどうか次第だけど」
「……誰に託すかはともかく、手紙は書きますね」
「そうね。自分で行くのは駄目よ? リート、しっかり見張ってるのよ」
「了解」
「今日から、リートが張り付くから」
えっ。
わたしはリートを見た。リートはわたしを見ずに、食後のデザートを食べていた……まだ食べるんかい! 胃腸が強過ぎる!
「あの……よろしくお願いします?」
「なぜ疑問系だ。俺は仕事だから、君によろしくされる義理はない」
ウィブル先生が、ため息をついた。
「これよ、これ。これを見習えるようになれば、ルルベルちゃんも心労が減ると思うのよ……でも、そうなってほしくないと思う自分もいるわ……」
「無理です。絶対に、無理です」
だいじなことなので、二回いってみたよ! ちょっと前のも含めると、三回か……。
「わかった。じゃ、ルルベルちゃんは、このままで」
「先生、甘やかさないでください」
不満げに声を漏らしたのはリートだが、ウィブル先生はこれを無視した。
「いいのいいの、ルルベルちゃんは、このままで! なにか困ったことがあったら、なんでもいってね。先生、できる範囲で頑張っちゃうから」
「はい、ありがとうございます」
「いいお返事ね。さて……午後はまた、ファビウスの研究所に行ってもらえる? ここだけの話なんだけど――」
ウィブル先生はそう前置きすると、声を低くした。
「――実は、聖属性を組み込んだ呪符魔法の開発を目論んでるそうよ」
聖属性は、呪符にできる図形が発見されていない。つまり、風ならぐるぐる渦巻き〜、みたいな法則性が不明なのだ。少なくとも、わたしの知識ではそういうことになっている。
もし発見できたら、それこそ歴史に名を残すのではないだろうか。
「そんなこと、できるんですか?」
「やってみせる、っていってたわよ。あの子、天才だから……ひょっとするかもしれないわね」
天才マジ天才〜! って思ったばっかりだったな、そういえば!
「じゃあ、訓練をするというより、ファビウス様のお手伝いをするって感じでしょうか?」
「そんなことはないと思うわ。訓練も手を抜けない、一刻も早く魔法使いの資格をとれるくらいの実力に育て上げねばならない、って話してたから」
……ファビウス先輩、やる気がすごいな!
「頑張らなきゃですね!」
「魔法使いの資格をとる? そう簡単なことではないだろうな」
と、リートが真っ当な感想を口にした。うんまぁそうだろうけどさぁ! 他人様のやる気にケチつけるなよなぁ!
ウィブル先生とわたしの無言の圧力を受け、リートは発言内容を少し前向きに補填した。
「もちろん、ルルベルが立派な聖属性魔法使いになってくれれば、俺は助かる。頑張れ」
綺麗にととのえられた眉尻を下げ、ウィブル先生がつぶやいた。
「……心がこもってないわぁ」
全力で同意したい。
絶対に背負い込み過ぎないようにと念を押して、ウィブル先生は保健室に戻って行った。そして、リートとわたしはファビウス先輩の研究室に向かった。
その途上、珍しくリートがわたしより先に口を開いた。
「君は危機意識が薄いから、あらかじめ話しておくが」
「……最近、わりとそれ、意識してるんだけど?」
「さっきのウィブル先生の話な。ここだけの、ってやつ」
「ちょっと。わたしのいうこと聞いてる?」
「あれ、先生は遮音措置までしてたんだ。絶対に喋るなよ。研究室に行くまでのあいだに、そういえばさっきの話さぁ〜、みたいに口走らないようにたのむ」
……あっぶな! たしかに、いわれなければ口走ってたわ!
正しいけど、ムカつく!
「わかった。黙ってればいいんでしょ」
「賢明な態度だな」
そういうわけで、ファビウス先輩の研究室に着いたときには、わたしは拗ねた顔をしていたと思う。リートはいつも通りだ。やっぱりムカつく!
出迎えてくれたファビウス先輩は、優雅に微笑んだ。
「よく来たね、ルルベル、そしてリートも。今日は、魔力球を使って制御を学ぶよ」
挨拶から全開だな……天才が本気出してきちゃったぞ!




