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116 真理への道は、枠組みを疑うことから

 リートは、呆気にとられたような表情を見せた。ほんの一瞬だけどね。


「なにをいっているんだ。君は、おとなしく守られていろ」

「そういうわけには、いかないでしょ」

「いくに決まっているだろう。なぜ、いかないと思うんだ」

「わたしを守る理由はなに? 聖属性魔法が使えるからでしょ。聖属性魔法がありがたい理由って、なに? 魔王やその眷属と戦う力になるからでしょ! 使わないと意味ないじゃない」


 わたしは雑な魔力覆いだけで吸血鬼の魔法を吹っ飛ばせる人材なんだぞ。討伐するなら、作戦に組み込まない手はないだろう。

 奇跡的な存在だからって温存してたら、ラスト・エリクサー症候群になるぞ! つまり、ゲームでいうと、全回復の稀少な薬を握りしめたまま全滅、みたいな……実は、前世でよくやったよね。使い時を見極められなくてさぁ……もったいないから、って。あるよね?


「それはその通りだが、練度がたりない。前線に出るのは、まともに魔法を扱えるようになってからだ」

「でも、昨日は実際――」

「あんなもの、相手が油断してたから助かっただけだ。次はない」


 ビシッといわれてしまうと、わたしも返す言葉がない。

 油断……そう、たしかに油断はあったと思う。見くびられてたし。


「だけど、聖属性魔法がいちばん効果あるでしょう?」

「でなければ、撃退が成功したりはせんだろうな。だが、君は吸血鬼そのものと対峙したわけじゃないんだ。その吸血鬼本体は、もう油断していない。君に容赦もしない」


 そこまでいって、リートはため息をついた。

 珍しく、困ったやつだな〜、という個人的な感想を隠しもしない表情だ。これはレアだな! べつに欲しくないレアだけど!


「……君が無謀なことは理解しているつもりだったが、今の君は、俺の想定の範疇を突き抜けかねないな。おとなしくしてくれ」

「自分にできること、やるべきことをやりたいだけだよ」

「じゃあ、訓練するんだな」


 にべもない。そして、反論できない。


「……間に合うの?」


 ようやく絞り出した問いに、リートはあっさり答えた。


「間に合わせるんだろ」

「そうだけど」

「どう考えても、今の実力で前線に出すわけにはいかない。だから、訓練を頑張ってくれ。俺だって、楽をしたい。君が強力な聖属性魔法使いになってくれたら、こんなに助かることはない。応援する」


 正し過ぎて、つらい。リートって、だいたいそうだよなー!


「その応援って、なんなの」

「なんなの、とは?」

「具体的には」

「君が訓練に励めるよう、万全のサポートを約束しよう。業務の範囲内で」

「範囲外は」


 少し考えてから、リートは答えた。


「多少なら、融通を利かせてもいいだろう。君が無茶をしないと約束するならば」

「無茶はしないよ」

「ものすごく信用ならない言質をとった気分だな」

「……わたしだって、べつに無茶をしたくてしてるわけじゃないよ。ほんとに。向こうから飛び込んでくるんだよ、無茶でもしないと対処できないような、こう……あれこれが!」

「吸血鬼に魅了された同級生とか?」

「そう! ほかにもいろいろ――」


 マウントとりたい王太女殿下とか、友だちがいない家系ロンダリング貴族令嬢とか、愚痴ったり相談したりする相手を見失った王子様とか、根に持つ長命種の校長とか、歴史に名を残していない歴史的大魔法使いとかさぁ! 来なくていいのに来るんだよ! 粘着質の客まで来るんだよ!


「――わたし、気がついたんだけど。まったく、全然、駄目だわ」

「駄目?」

「わたしの環境。守られてない、なんにも」

「そんなことはなかろう」

「あるんだよ。図書館を出た瞬間にヤバいし、今日なんか図書館から出なくても王子が来たんだよ。魔法使いとしての勉強に励むことができる環境、守られてないよ!」


 なるほど、とリートはうなずいた。


「では校長に相談してもいいが、覚悟はあるんだろうな?」

「覚悟?」

「あのエルフ、君を監禁すると思うぞ」

「……相談はやめていただいて」


 容易に想像がついてしまう。君を守るためには、こうするのが最善なのです……とか、あの顔でいうだろ! なんなら、逆魅了とか解除して、倒しに来るだろ!


「まぁ、君の苦情ももっともだとは思う。だが俺も、できる範囲では仕事をしているんだ。これ以上どうこうするには、抜本的な体制の見直しが必要になる。監禁は一例に過ぎない」

「やめていただいて」

「監禁が決まった場合、見張りに俺を指名しないでくれると助かる」

「逃げる気か」

「どうせエルフの里かその近辺に決まっているからな。俺が行っても浮くだけだ。あやしまれるだろう」


 意外とまともな理由を明かして、リートは扉にもたれたまま腕組みをした。


「……で?」

「で、とは?」

「昼飯は食わんのか?」

「食べる。今日は、リートが一緒に食事するの?」

「職員席に、ウィブル先生が予約をとった」


 タダ飯だから嬉々としてご相伴いたします、ってやつだな。わかるぞ!

 まぁそういうわけで、我々は食堂に向かった。途中、あやしい影はなく、襲撃もなかった。

 食堂に着くと、席だけリザーブしてあって、ウィブル先生は遅刻してきた。


「遅れてごめんなさい。でも、ルルベルちゃんのせいよ?」

「先生、先にいただいてます」


 律儀に報告したリートは、遠慮なく飲み食いしていた。見るだけで、お腹がいっぱいになるくらいの勢いがある。


「うん、そうなると思ってたから、あんまり心配してなかったんだけど。ルルベルちゃんも、食べてる?」

「……それより、わたしのせいって」

「ああほら、殿下が」


 ……ああ!

 ウィブル先生かジェレンス先生ってサジェストしたら、そりゃ王子はウィブル先生の方に行くだろうな! 特訓を経て、ジェレンス先生への忌避感が薄まっていれば別だけど。薄まってなかったようだな。


「わたしではどうしようもなくて……すみません」

「ああ、そんな真面目に謝らないで! いいのいいの、養護教諭の仕事だもの。こっちに寄越してくれて助かったわ。ずいぶん悩んでいるようだったわねぇ。スタダンスは、あの子にとって唯一の、友人と呼べる相手じゃないかと思うし」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。ふたりとも魔力が強くて、制御が……まぁ、スタダンスは寝起き以外は完璧だけど、寝起きがひどいでしょ。そういう共通点もあったし、それから立場的にも? どっちも、家が強いからね。対等に近い感じでつきあえる相手がいないのよ」


 なるほど……。上流階級も大変だな。


「それで、なんとかなりそうなんですか? スタダンス様とか、その……お家の方」

「やだ、魔法学園の教師に、そんな力ないわよ。なんとかできるっていえば、殿下の心の面倒をみてあげることくらい。殿下はこれまで、あまり教師にかかわろうとしなかったんだけど。ジェレンスと特訓をはじめたことといい、今回の件といい、少しずつでも心をひらいてもらえそうで、嬉しいわ」

「心を、ですか?」

「そうよ。殿下だって、せっかく学園にいるんだもの。魔法使いとして、世界の真理を究める精神を学んでほしいわね」

「世界の真理……」


 くちごもるわたしに、ウィブル先生は綺麗な笑顔をキメてきた。


「今、自分はそんなの学んでないとか、思わなかった?」

「……はい」


 なぜわかった!


「大丈夫、ルルベルちゃんも学んでるわよ。学園にはね、世の中の枠組みとは別種の枠組みがあるの。身分が関係なくて、その代わりに魔力がものをいう。それって、どういうことかわかる?」

「いえ……どういうことなんでしょう?」

「自分が常識だと思っていたことが、通用しない世界があることを知るの。常識は絶対じゃないってわかれば、疑うこともできるでしょ? 疑いもしなかった自分を、滑稽に思うことさえできるわ」


 それが、とパンにバターを塗りながら、ウィブル先生は話をつづけた。


「第一歩なのよ。残念ながら、既存の――世間的な枠組みから完全に自由になることはできないわよ、ここだってね。だけど、少しだけ違うし、少しだけ自由でしょ。その少しが重要なのよ、いつか真理に手を届かせるためにはね。真理への道は、枠組みを疑うことからはじまるんだから」


 たぶんわたしは、ピンと来ないって顔をしていたのだろう。ウィブル先生はやさしく微笑んで、話を締めた。


「大丈夫、王子も一歩は踏み出したわ。きっと、自分の道をみつけてくれる。それが、いつかまた、スタダンスと笑顔をかわせる未来に通じているといいわね」


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