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113 それ美味しいの、お手当出るの?

 ここで「冗談だよ」とでも笑ってくれれば、魔性の笑顔も最高だね! となるのだが、ファビウス先輩はそういうタイプではない。魔法に関しては、だいたいガチだ。


「せっかく研究室に来てくれたから、試してみたいことがあるんだ」

「はい? なんでしょう」


 いい感じの昼食だの、ジャグジーつきの風呂だの着替えだの、めいっぱいお世話になっていることだし、お返しができるなら協力するにやぶさかではないが……。


「君の魔力の残置性を、計測したいんだよね」


 やっぱガチだった。

 ガチだったが、多少は恐縮もされた。


「……利用するようで、申しわけないんだけど」

「いやいや、その程度のことならいくらでも! どの程度かわかりませんけども」


 依頼されたのは、魔力ボールの作成である。大した難易度ではないと思いつつ、そういえば、こんなことも少し前はできなかったんだなぁ、と思う。

 だいたい、入学当初は魔力の出しかたさえピンと来てなかったからな……。

 小さめのボールを十個、中くらいのボールを二個、大きいのを二個作ったところで、リートが来た。


「なにをやってるんだ」

「魔力ボールの制作中だよ」

「余力を残した方がいいだろうから、今日はここまでにしようね」


 今日は、ってあたりがアレだ。ガチだ。えっ、これ何日くらい協力することになるのかな。


「ちょうどいい、リート、君も出してくれないか?」

「……なにに使うんですか」

「魔力の残置性を計測したい。個々人で違うのか、属性によって違うのかの差も確認したいな……あとでウィブル先生の協力も仰ごう」


 頭の中で研究計画が唸ってそうな顔である。美貌は変わらないが、表情がなんか違う。……なるほど、これがファビウス先輩のマッド・サイエンティスト・モードか。


「俺の任務は、ルルベルの護衛なので」


 さりげなく回避しようとするリートに、ファビウス先輩は笑顔で告げた。


「うん、護衛の任をつつがなく果たすためにも、知識は必要だろう? もちろん、協力金を出すよ」

「喜んで協力させていただきます」


 即落ちかよ!

 というわけで、リートも魔力玉を作成することになった。途中で休憩を挟みつつ。魔力の使い切りを防ぐために、安全マージンを大きくとっているからだそうだ。もしものことがあったときに魔法が使えないと困るので、任務中は気を配っているとのこと。短時間しのげれば回復するから、その「短時間しのぐ」のに必要な魔力は、確実に残しておくらしい。

 なるほど、魔力量の上限が低くて回復力が高いって、そういう運用になるのか……。


「残置力は、低そうだなぁ」


 ファビウス先輩によって色づけされた魔力玉は、なんかこう……どんどん減っていく。拡散してる感じ? 輪郭がぼやけて、散らばってしまう。


「残置性の研究って、今までなかったんですか?」

「そうだね。素の魔力を置いておいたときにどうなるかに関しての研究は、あまり進んでいない。呪符魔法に浸透させた魔力がどれくらい維持されるか、って方向性でならあるけどね。逆にいえば、『あとで使いたい』とか『長く使いたい』魔法は呪符魔法にすればいいから、この分野の研究をしようと思う者がいなかったんだろう……」

「もっと出しますか?」


 協力金がもらえると知ったリートは、ノリノリである。おそらく、意欲的な協力者としてファビウス先輩の信頼をとりつけたい、というところだろう……態度が変わり過ぎであるが、本人はまったく気にしていなさそうだ。


「うん、大きさによる格差も計測したいな。君、制御うまいから、少しずつ差をつけて出してほしいんだけど、できるよね?」

「もちろんです」


 手配されていたらしい夕食が届くまで、ふたりの実験はつづいた。その間、わたしは暇だったので、事典を読んでいた……暗記はちょっと無理かな!

 少し遅れてウィブル先生がやって来て、わたしたちが食事をしている部屋に入って来るなり、こういった。


「ルルベルちゃん、ちょっと診察させてくれる?」

「え? 特に具合の悪いところもなにもないですけど……怪我もないです」

「魔力切れは? 起こしてない?」

「全然平気でした」


 よく考えてみれば、少し前のわたしなら、すべての魔力をぶつけてただろう。必然として、魔力切れも起こしていたはずだ。

 ……わたし、ほんとに進歩してるじゃん!

 ウィブル先生が、ファビウス先輩に視線で尋ねる。この子の話、信じていいの? って感じだろう。


「魔力は、まだかなり余っていますよ。僕が保証します」

「……そうね。この施設にいるなら、わかるわね」


 はい? どういうことですか?

 視線で尋ねるのは、わたしの番である。


「さっきの部屋、室内の魔力を測定できるんだ。魔法が使える人間に関しては、その個人が保有する魔力も測定できる。もともとは、魔力が空気に拡散すると、魔力量が減っていく現象を――」

「はい、そこまでよ。今は関係ないから、あとでね」


 ウィブル先生が、ガチ研究者モードになりかけていたファビウス先輩を止めてくれた。

 その間、リートは通常営業だった。つまり、我関せずで飲むように食べていた。料理がみるみる減っていく。


「陛下との折衝の結果を、簡単にだけど知らせておくわ」


 椅子を持って来て勝手に座ったウィブル先生は、さすがリートの師匠っぽいと思う。陛下との折衝、なんて表現が飛び出すのも、なんかこう。強い。

 折衝の内容は、当然、わたしのこと。考えたくないが、ウィブル先生の説明をまとめると、こうだ。


 ・吸血鬼の魅了を受けるなど、けしからん(精神論)

 ・スタダンスは謹慎

 ・ノーランディア侯爵は国の役職を剥奪

 ・浄化の奇跡をあらわしたルルベルには聖女の位を授ける


 聖女ってなにそれ、美味しいの? お手当出るの?


「身柄を保護するためって名目で王宮への出仕も求められたけど、校長が断ったそうよ。ルルベルは世界の宝、当方で保護するし、魔法学園を上回る保護を王宮が与えられるわけがないんだから黙っとけ、って具合に」

「黙っとけ……」


 まさか、そのまま発言したわけではないだろう。きっと、上流っぽく華麗に遠回しに表現したに違いない。そうであってほしい。エルフ校長には「糞」発言の前歴があるから……ちょっと心配!


「王宮は、ルルベルを守るために保護したいわけじゃないだろうね」


 ファビウス先輩の口調は、冷たい。応じるウィブル先生も、まぁまぁ低温である。


「だわねぇ。自分たちを守らせるために、手元に置きたいのよね。保護の意味が違うのよ」

「あとは権威づけだね。……ここにいるって知られたら、面倒なことになるかも」

東国セレンダーラの関与を疑われるわよね」

「それはいつものことだけど」


 苦笑するファビウス先輩は、さほど思い悩んでる風には見えない。でも、ずーっと気にしてるんだろうな。夕刻の雰囲気から察するに。

 出自からは、逃れられないもんなぁ。


「鬱陶しいのは、東国からなにかいってくる方かな」


 ファビウス先輩の発言に、座が静まり返った。

 ……その線もあるのか。いや、そうだよな。当然だよな。疑われる理由は、まさにそれなんだから。


「なんにせよ、ルルベルちゃんを、ずっとここに置いておくわけにはいかないわ」

「ですね。先生、場を変えましょうか。詳細を詰めておきたいです」

「いいわよ」


 ファビウス先輩は立ち上がり、見上げたわたしに微笑みかけた。


「ゆっくり食事してね。休みたくなったら、君の魔力と同じ色の扉の部屋を使って。リートはその左隣」


 客室完備なのか、この研究室! ……いや、そうじゃなくて。


「わたしも、同席してはいけませんか?」

「一日に引き受けられる面倒ごとの上限値は、もう超えてるだろう? ここは先生と僕にまかせて。大丈夫、あとでちゃんと話すよ」

「そうよ、ルルベルちゃん。今は休んでちょうだい」


 ウィブル先生も立ち上がって、扉へ向かう。リートは我々のやりとりを完全に無視して食事中。二対一では勝ち目がない。


「もし暇なら、部屋に呪符魔法の本も用意してあるから、好きなだけ読んでいいよ。ただ、描いてみるのは僕がいるときにしてね」

「……わかりました」


 わたしも爆発はしたくないからな!

 今、ちょっと拗ねてるけど……自分の進退を自分で決められないの、むっちゃモヤるけど……だからって爆発はしたくない。

 出て行くふたりを見送ると、わたしは食事に戻った。ゆっくり食べてといわれたが、早く確保しないとリートに飲まれてしまう。デザートだけでも死守せねば!


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