11 常連さん情報が異様に充実していた件
「まず、いっておくが」
と、治療を終えて寮に向かう道すがら、名称不明あらためリート(弟じゃない方)は告げた。わたしを睨みながら。
「君の弟と同名なのは、偶然だ」
そういう反応しづらいこというの、やめていただけます? よくある名前ですものね……では角が立つかもしれないし、そうですか……もなんかアレだし、すごい偶然ですね! って前のめりになるのもね。どれをとっても、失敗選択肢って感じ!
結局、その点については流すことに決めた。だってねぇ。
「寮の場所は知ってますし、ひとりで行けますから、わたしのことはもう――」
「予定より早めだが、こうなったら明かしてしまった方がいいだろう」
「――お気になさらず……って、なにを?」
「俺は君の護衛だ」
今なんて?
「……あの。人違いでは? 家には、護衛を雇えるようなお金はありません」
「自覚がたりないようだから伝えておくが、君の身の安全を重要視する人間や団体は、いくらでもいる。それに大金を支払う者も。もちろん、君にとって友好的な相手ばかりではない、ということも覚えておいてくれ」
聖属性、そこまでかぁ……。コーディネイター、頑張り過ぎだよぉ。
「ただのパン屋の娘なんですけど」
「ただのパン屋の娘だから、なおさらだ」
「そうなんですか?」
「後ろ盾がいないなら、話は簡単。自分のものにしよう、ということだ」
……なるほど。そりゃ美味しい案件ですね。わたしにはなんの旨味もないけど!
「それで、あなた様は? 具体的には、どちらからお越しいただいているのでしょうか?」
「君に退学されるのは困る。守りづらくなるから」
わたしの質問を無視した上に、自分の都合だけいってのけたぞ! 心が強い!
「それは、あなたの都合ですよね?」
「そうだが、君も早死にしたいわけではなかろう」
そりゃね! 魔王と戦っても死にづらいという理由で、養護教諭もアリかな、でも羽毛ストールちょっと受け付けないな〜、なんて思ってる程度の人間ですからね!
「早死にはしたくないです。でも、べつに危険なことはないと思うんですけど。昨日までだって、ふつうに家で過ごしてたわけですし」
「昨日まで、俺は君の家の近くで張っていた」
なんやて?
今さらだけど、わたしは弟じゃない方のリートをじろじろと遠慮なく注視した。さっき特徴がないと評したと思うけど、ほんとになんかこう……どこにでもいそうな感じなのだ。唯一特徴的かなと思うのは、動かない表情くらいのもので。それだって、長時間観察してなきゃ気がつかないしな……。表情が動かなくても、目立ったりはしない。逆に、道端で百面相やってたら目立つだろうけどな!
それに、さっきは爽やか笑顔もくり出していた。必要なら、表情もぱっぱと変えられるのだろう。なんだこいつ怖い。
「見覚えないです」
「君からパンも買ったよ。……そうだな、パン屋はなかなかよかった。腹が減ったときは、堂々と買いに入れる」
疑わしい。
「朝イチで毎日パンを買いに来る常連さんの名前はわかりますか?」
「ディアル・テスケン。二十七歳、独身、両親ともに健在。ディアルは次男だ。わずかばかりの魔法の才能を鼻にかけ、就職に失敗。親の脛をかじって紳士面しているが、人づきあいも不得手で、交際範囲も狭い。テスケン家は爵位こそないが、商売でそれなりに成功し、懇意にしている貴族の家もある。階級としては中流の中〜上といったところだが、ディアル自身はそこに身の置き場を見出せない。それで、下町に通っているのだろう。平民なのに魔法の才能を見出された君に、目をつけた。……そんなところだ」
そんなん知らんがな、という情報がぼろぼろ出てきた。えっ、それってほんとに、わたしが知ってるあのお客のことなの?
「それ……あの……髪の毛がこう……独特の」
「うねってる男だろう。肩先につくまで伸ばしていて、たまにこう、かき上げる」
説明しながら、リートは完璧に特定の客の動作を再現して見せた。
それだ。粘着質の客!
「あの人、魔法が使えるんですか……」
「大したことはできないが」
あの粘着質、やたら強気だと思ったらそういうことだったのか。
平民は、魔法なんて使えないのが普通だ。よって、下町に魔法が使える人間などいない。そもそも、うちのあたりは上流寄りの中流の人間なんて滅多に来ない。俺様はえらいんだぞ、ってわけだ……屈折してるなぁ!
「しつこくて困ってたんですよね」
「そうだろうな」
「知ってるなら助けてくださっても……」
「あれは、君に危険を及ぼすような存在ではないだろう。無論、なにかあれば助けに入るが」
手を握られて、はなしてもらえないのって、けっこう脅威なんだけど……思いだすだけで、ぞわっとするし。
でもまぁ、正体不明のこのひとに恩を売られるのも考えものだと思うし、寮に入るから当分あのお客に会うこともないし。よし! 気にしない!
「……店を見張ってらしたのはわかりました。でも、やっぱり、そこまで危険とは思えないです」
リートは少し考えてから答えた。
「君の魔法は、稀有なものだ」
「はい」
それは承知しております。おもに転生コーディネイターに、わからされました……。
「だが、使い途は非常に限定される」
「そうなんですか」
「知らないのか」
「そういうことを学ぶために、入学したので……」
「退学しようとしていたが?」
わたしは言葉に詰まった。だからさ、それはもう、そっとしといてよ。今日あったばかりのできごとだけど、すでに掘り返されたくない歴史と化しつつあるんだからさ!
「思いとどまりました。ここでしか、学べないんでしょうし」
「賢明だな。簡単にいうと、聖属性の魔法が効果をもつのは、魔王ならびにその眷属に対してだ。それは知っているだろう」
「まぁ、なんとなく、という程度です」
神殿関係者からはすごいすごいと褒め称えられたけど、珍しいからすごいという以外の具体的な情報は、一切なかった。
魔王と戦わねばならないとか、頑張らないと世界が滅びるといった具体的なことを教えてくれたのは、転生コーディネイターである。まさか転生コーディネイター情報を口にするわけにもいかないから、なんとなく聖属性ってそういうことかな〜……くらいの、昨日までのルルベルの意識で答えるしかない。
「それは稀有な力だが、明確な弱点がある」
「なんでしょう」
「今後、学園内で検証していくことになると思うが、聖属性の魔法は、直接的にも間接的にも、なにかを傷つけることには使えない」
「なるほど、平和的なんですね」
「つまり、君が誰かに襲われたとして、君の魔法はなんの助けにもならない」
「おおぅ……それはひどい」
素で声が漏れてしまった。
「さっきもいったが、君を手に入れたがる者は少なくない。魔王やその眷属と戦うにあたって、君の力は非常に有効だ。その一点に限っていえば、当代きっての魔法使いといわれるジェレンスをもしのぐだろう」
えっ、それほど? それほどなのに、魔王以外には役に立たないの、ひどくない?
「でも、だからって……」
「本人は無力だが、魔王に限っては相性最強。つまり、魔王の勢力との戦いにおいて、君は勝利の鍵を握る存在だ。その君の後ろ盾になろうとするだけならともかく、身柄を握って世間を脅迫しようと思いつく者がいたらどうする?」
どうするもこうするも、そんなの絶対、いやですし。
「いるんですか?」
「今いなくても、明日はいるかもしれない。明後日はどうだ? 君になにかあってからでは遅い。俺はそういう考えで動いているし、君自身にも、ある程度は注意してもらいたいところだ」
一拍置いてから、尋ねてみた。
「あの、それであなた様は……結局、どちらからいらしたので」
「俺はただの同級生で、親切にも君を保健室に連れて行き、そのあと寮へ案内しただけの存在だ。弟と名前が同じだから、少し会話がはずんだかもしれない。俺の存在と役割を、校長とウィブルは知っている。ゆえに、校内ではそれなりに無理も通せる。俺は君に危害をくわえない、むしろ守る側の人間だ。それだけ覚えていてくれ」
「そんな自己申告――」
「俺が誰に雇われたかを明かしたとして、それだって自己申告に過ぎないだろう。違うか?」
「――違いませんけども! あと、ウィブルって誰ですか!」
それと、しばしば食い気味に発言してわたしの話をさえぎるの、やめてくれませんか!
「ウィブルは保健室にいた紫髪だ。さあ、着いたぞ。俺は教室に戻る。ではな」
徹頭徹尾、自分の話したいことだけ話して、リートは踵を返した。ふり返りもしない。ほんとに護衛なのか?
……いやもうほんと、無理、マジ無理。
そう唱えながら、わたしは寮に入ったのだった。
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