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104 エルフにとっての悲劇とは

「……でもそれは、君が反論しましたね。僕がかかわった当時の魔王は、長く世界を席巻して力をつけていただろうが、今の魔王は封印がとけかかっている、あるいはとけたばかりで力も弱いのではないか、と」


 そこまで一気に答えてから、ああ、とエルフ校長は悲嘆に暮れた。

 えっ、なに? なんでそんな悲しげな顔?


「我が友ロスタルスの残した封印が、ついに消えてしまうときが来るとは……」


 ……エルフ校長、初代陛下のことが好き過ぎでは? 当時の仲間は、特別なんだろうな。ハルちゃん様のことも、かなり信頼してたっぽいしなー。

 いやしかし、そうじゃない。流されるな。わたしがしたい話は、そっちじゃない!


「とにかく、魔王が強かろうが弱かろうが、今いる聖属性魔法使いはわたしだけなんです。『無理』じゃ困ります。わたしは校長先生に『成功する可能性はある』くらいまで思っていただける程度には、魔法使いとして成長する必要があるんですよ。そのために、学園が必要なんです」


 正確にいえば、ファビウス師匠がいればそれで済む気がしないでもない……が、人脈づくりにも学園は有用だ。ここにいるリートやシスコだって、入学していなければ知り合ってはいない。

 もちろん、エルフ校長も。


「考えがおありだそうですけど……いったい、どうなさるおつもりなんですか」

「そうですね。……できれば、君を連れて姿をくらませたいところです」


 ほらぁ! やっぱり学園なんかポイしちゃうじゃん!


「先生、それは無責任です。生徒はわたしだけじゃないんですよ」

「ですが、君がいなくなれば、王家が学園を脅す必要もなくなるのではないですか? それに、僕がいなくなっても、校長は誰かが引き継ぎますよ。学園は、つづくでしょう。むしろ、今より円滑に運営される期待までありますね」


 それはそうかもだが……王家からの圧力でトップが消えるわけだから、次に上に立つのは親王家の人材でしょ。誰かは知らんけど、エルフ校長みたいに自由にはやらせてくれないと思う……ジェレンス先生も、ウィブル先生も、今までみたいにはできないんじゃない?

 あと、シンプルな問題も残るよね。


「校長先生は、わたしに聖属性魔法の使いかたを教えることがおできになります?」

「それは無理ですね」


 駄目じゃん。魔王の封印がとけたときに、どうやって立ち向かうのよ。

 魔力覆いは使えますし、呪符魔法で光も出せます! ……無理無理無理無理、無理ぃ! それこそが、無理ってやつだよ!


「やはり、学園は維持していただきたいです……学びの場として。わたしに限らず、多くの生徒のために、です」

「あの……わたしからもお願いします、先生」


 シスコが声をあげ、エルフ校長の顔を見て……素早く視線を逸らした。うん、賢明だと思う。見ない方がいいぞ……今、破壊力高いからな。


「じゃあ俺も」


 ……じゃあってなんだよ、じゃあって!

 シスコが信じがたいものを見るような目でリートを見た。だが、リートは特に気にしてはいないようだ。黙っていたあいだに考えをまとめたのか、そのまま喋りだした。


「王立魔法学園は、平民が魔法を学べる唯一の場であり、手段です。先生が校長を辞め、王室の息のかかった者が代わりにその地位を占めれば、平民の扱いは激変します。おそらくですが、ダルダンス所長あたりが乗り込んで来るんじゃないですか? 研究所長と兼任で。あるいは、学園長を標榜ひょうぼうするかもしれませんね」


 具体的だな、おい。ってーか、ダルダンスって誰? 話の流れからすると、魔法研究所の所長さん? 親王室なの? ファビウス先輩の立場って、どうなってんの?


「好きにすればいいんですよ」


 エルフ校長は口ではそう答えたが、いかにも不快げな表情だ。


「でも、学園長の称号は、校長先生に与えられたものですよね? ロスタルス陛下から」


 わたしは感心せざるを得なかった。リートめ……エルフ校長の扱いを心得てやがる! 心の友だったらしいロスタルス陛下の名前を出せば、エルフ校長の心に響くという計算だろう。


「君はほんとうに腹立たしい存在だ」

「エルフの心を動かせるなんて、俺もなかなかやりますね」


 リートの心臓が強過ぎる! 軌道を修正すべく、わたしは話に割り込んだ。


「とにかく。王立魔法学園は、校長先生がいらしてこそ! です。わたしたちの都合はもちろんですけど、ロスタルス陛下が校長先生のためにご用意されたなら、それをうち捨てて逃げ出すなんて、駄目に決まってるじゃないですか」


 エルフ校長は、わたしを見た――流し目、辛い。常軌を逸した美形の流し目、マジ殺傷力ある!


「君たちは、少し勘違いをしていますね。ロスタルスは、親切で学園を準備してくれたわけではないですよ。たしかに、欲したのはわたしでしたが、今となっては呪いのようなものです――が、まぁ、いいでしょう。では、学園を去るのは最後の手段ということで」


 呪い? 聖属性魔法使いを発見し次第保護・隠匿する呪いだろうか。

 いや、そこにツッコミ入れられる雰囲気じゃないな……そっとしておこう。


「ありがとうございます。でしたら、えーっと……王太女殿下が学園に圧力をかける件については、わたしは気にしなくても大丈夫だと考えていいですか?」

「ええ」

「だからといって、あの……王家と対立なさったりは……」

「それは先方次第です。僕は王家に興味はないので。悪意はありますが」


 あるのかよ、悪意!


「悪意……」


 思わず、といった感じでシスコがつぶやいているが、気もちはわかる。


「向こうも僕に興味はないでしょう。利用できない駒ですから、邪魔には思っているでしょうね。君が望むなら、盤面に居座って妨害をつづけてもいいですよ。それはそれで、愉快かもしれませんね? 消極的でありながら、効果のある嫌がらせですから」

「嫌がらせ……」


 今度は、わたしがつぶやいてしまった。

 エルフ校長、さっきからエルフの綺麗げなイメージを破壊しまくってるのに、見た目はむっちゃ美しいという矛盾をなんとかしてほしい!


「僕は、……腹を立てているんですよ」


 一年生三名のなんともいえない視線を受け、少しだけ反省したのか、エルフ校長は目を伏せた。これがまた美麗なんだけども、もういちいち書かなくていいね?

 すっかり冷えてしまったお茶を淹れ直しながら、エルフ校長は静かに語った。


「君たちにはわからないかもしれませんが、エルフは土地を愛するものなのです。土地を見捨てて去ることは、エルフにとって最大の悲劇です。そして学園は――ロスタルスが僕に与えてくれた、僕の土地なのです。生まれ育った場所ではないですが、それでもあれは、僕の土地です。その僕の土地で、僕の権利を人間がないがしろにするなど。それも、ロスタルスの子孫がですよ? 嘆かわしいし、許しがたい行為です。僕を絶望させるにたる愚行です」

「先生……」


 エルフの考えることはわからん、とジェレンス先生は話していた。わたしも正直、エルフ校長の思考回路が読めな過ぎて困ることは多い。

 でも今、エルフ校長の悲嘆というか、なんだろう……落胆? 期待を裏切られた感覚かな……なにか、そういう重たいものが伝わってきて。

 どうすれば、王家の裏切りなんか気にしなくていいよって伝えられるだろう。口でいうのは簡単だけど、それじゃきっと、エルフ校長の心には届かない。

 テーブル越しに、わたしはエルフ校長の手をとった。いつか、ハルちゃん様と別れたときにしたように顔を覗いて――そして、尋ねた。


「それでも、ロスタルス陛下のお気もちは、校長先生の中にあるでしょう? 思い出は、先生がずっと抱えているでしょう? 先生は――忘れないでしょう?」

「……ええ。そうですね」

「わたしたち、この学園に救われているんです。ここで出会えて、学べていることを幸せだと思っています。先生は呪いとおっしゃいましたけど、校長先生に学園を贈ってくださったロスタルス陛下には、心から感謝したいです。だって……先生がいらっしゃるからこそ、この学園はこんなに自由なんでしょう?」


 エルフ校長は、微笑んで答えた。


「そうできていればいいな、とは思っています」

「できてますよ。ねぇ?」


 リートは無駄だろうと思ったのでシスコの方を向いて話をふると、シスコはその大きな眼に涙をためて、うなずいてくれた。何回も、くり返し。しかも、期待していなかったリートまで。


「できていると、俺も思います」


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