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103 ラスボス転職は、ご遠慮願いたい

「ようやく使ってくれましたね、ルルベル」


 微笑んで姿をあらわしたエルフ校長は、いつもの一般人的な服装ではなかった。足元まであるローブに、床に引きずるマント? いや、ガウンかな……とにかく、これがまた似合うったらない。しかし、正義のヒーローというよりはラスボスの風格である……最近、ラスボスも美形がトレンドだし、配役としては最高じゃないだろうか。根に持つ長命種だし、ぴったりじゃん。


「校長先生……あの、わたしはちょっと連絡したかっただけで」

「わかっています。ウフィネージュですね」


 呼び捨てー!


「すみません、ちょっとまず! ひとまず!」

「なんでしょう?」

「リートとシスコが心配してると思うので、なんらかの説明をしたいです!」


 エルフ校長は、わずかに眉根を寄せた。


「……いいでしょう。安心なさい」


 なにを安心しろというのか! わからん!


「とりあえず、そこに座ってください。今、お茶を用意しますからね」


 いやでもあのその、ひょっとして、わたしはエルフ校長のくつろぎタイムをぶっ壊しているのではないだろうか? つまりほら、ワイングラスとか傾けて、ふっ……みたいな? 一日の疲れを癒す極上の時……ってやつ!

 だってほら、お衣装が……あと髪! 結んでないし! うおお、動くとさらさらさら〜ってして、きらきら〜ってなる! 語彙……語彙ぃ!

 くらくらしそうになるが、そういえばこの部屋はヤバいのだ。もちろん、わたしのようなガサツな生き物が存在するだけでヤバいし、床や壁に指紋を残すなど万死に値するのだが、それ以上に、うっかり扉が開いた場合の行き先がヤバい。

 なんだっけ。滅びの山と海底神殿だっけ? まぁヤバいよシンプルにヤバさしかないよ!

 退避!


 とりあえず座ってくださいといわれた「そこ」は、以前食事をとった、つづき部屋である。表現しがたい芸術品レベルの家具があるのは前回と同じだが、料理が並んでいたりはしない。

 そりゃ、わたしの訪問はイレギュラーだからな!

 そうっと椅子に腰を下ろしつつ、それにしても、と思う。変な状況のせいで、完全にいつもの調子になっちゃったわ。

 ウフィネージュ・ショックを上回るエルフの里転送ショック! ありがとうエルフ校長、ありがとう非常識なエルフ魔法! なにが起きるかちゃんと説明しといて、いやほんとマジで!


 エルフ校長は数分でお茶の支度を終えた。そして、背後で――つまり、十二角形部屋で、小さな悲鳴が聞こえた。

 勢いよくふり向いて、わたしは立ち上がった。もちろん、椅子に最大限の配慮をせざるを得ないので、立ち上がる方はゆっくりだけど。


「シスコ! あと、リートも」


 エルフ校長の解決策が、残るふたりも呼んじゃえばいいという雑なものだったのは、まぁ……。エルフ校長だし納得しかないが、リートはともかく、シスコは大丈夫だろうか。眼が……こぼれ落ちそうよ。


「ル……ルルベル? 無事なのね、よかった」


 そんな状況でも、まずわたしの心配をしてくれるシスコ! ほんと天使。


「うん、無事。ごめんね、わたしが……ふたりが心配してるだろうから連絡したいって、校長先生にお願いしたせいで。びっくりしたよね?」

「……ここ、どこ?」


 窓の外はもう真っ暗である。エルフの森も、ぼんやりとしか見えない。昼間のように空気がきらきらしてもいないけど、あちこちにぼうっとかがやく灯火が美しく、控えめに森に融和していて、なんかこう……やっぱり異境感はあるよね。

 人間の世界じゃない感じ。まぁそにかく王立魔法学園の敷地内ではない、ってことは伝わるだろう。


「僕の故郷ですよ」


 エルフ校長がそう告げて、くつろぎのラスボス・コーディネイトを披露した。いや〜……かっこよ!

 シスコが完全に言葉を失っているが、発言内容のせいか、エルフ校長のオフっぽい装いのせいか、判別つけがたい。どっちもか? どっちもだな、きっと!


「先生、転移を使うときは前もって教えてくださいと、以前もお願いしたはずです」


 リートは言葉を失っていなかった! よし、いいぞリート! いってやれ!


「勉強になって、いいでしょう」

「なりません。エルフの魔法は別系統ですから、人間には学べません」

「それは見識の浅い意見としかいえませんね。我が友は、僕の魔法も見分けていましたよ。いや、感じ分けたというべきかな……発動の予兆を悟って回避したり、楽しく遊んでくれました」


 ……楽しく? 遊んで? ほんとかぁ? 信じがたい。

 リートも信じられなかったらしい。


「発動の予兆? 冗談でしょう」

「冗談ではありません。実際、避けられたことがあります」


 それって初代国王陛下か。筋肉馬鹿なだけでなく、そんな天才的な一面もあったのか……。

 いや、そうじゃない。今すべきは、そういう話じゃないだろう!


「あの……先生、こちらにお招きいただいた件について、お話を……」

「そうですね。君たちもいらっしゃい、お茶を用意してあります」


 確かに、カップは――もちろん、語彙がなくて表現できない芸術的なアレだが――四脚、並んでいた。

 わたしを中央に、左手にリートがまず座り、右隣にシスコがおずおずと腰を下ろした。このシートに体重を預けていいのか悩んでる顔だ……わかる。わかるよ!


「王家の横暴の件ですが、おおむね把握しています。ウフィネージュは、魔法学園は王立であるから最高権力者は自分――と、誤解させるような発言をしました」

「誤解……?」


 思わず尋ねると、エルフ校長は微笑んでうなずいた。


「誤解ですよ。王立魔法学園を創建したのは小さなシュルベアルということになっていますが、そもそもの発令は我が心の友ロスタルスによるものです。彼が手ずから書いて渡してくれた書面がありますよ。この魔法学園は、王家が僕のために作ったものなのです。維持・管理費の負担はかれらですが、それも当初からの約束です。運営は僕に一任されています。ですから、魔法学園の権利を持っているのは僕ですし、それをないがしろにするというなら、僕にも考えがあります」


 おおぅ……この台詞、この笑顔! エルフ校長、ラスボスに転職してない!?


「あの、校長先生のために、ということは……校長先生は、魔法学園がほしかったんですか?」

「そうですよ。この国で、魔力をもつ若者を保護し、みちびくためにね」


 ……あっ。今、副音声で聞こえた気がするぞ。ついでに、聖属性がみいだされた生徒は、いい感じに逃がすために……なんじゃないの? そのための一元管理。そのための魔法学園。そのための、校長職……なのでは?

 しかし、どうしてそこまで聖属性を特別扱いするんだろうな。


「君たち平民出身の生徒を守るのも、僕の役目です。王族だ、貴族だとこだわる者たちはいますが、僕にはそんなもの関係ありませんからね。王国なんて、どうでもいい。無論、王族も。誰が王位を継ぐのかも。どうだっていいんですよ」


 ……いやいやいやいやラスボス・ムーヴはやめていただいてー! このまま、だから滅びてもいいんですよ的な流れになりそうなの怖い!

 誰か止めて! リート、今こそ鉄の心臓を発揮してくれ!


「なるほど」


 なるほど、じゃねぇだろぉぉぉ! しかたがない、ルルベル出陣!


「先生が世俗の権力にこだわりをお持ちでないことは、よくわかりました!」

「わかりましたか。では、君もそろそろわかってくれませんか?」

「……はい?」

「もう理解したでしょう? この国の王族は、糞です」


 イヤァアア! その顔で糞とかいわないでほしいぃぃいい!

 我ながら、問題はそこかよとつっこまざるを得ないが、正直にいうと、真っ先に思ったのはそれだった。いやほんと、やめて。


「いや……そこまででも」

「まだわかりませんか? 君が聖属性魔法使いとしての力を確立させ、魔王と対決したとしましょう。命懸けで勝利を勝ち取っても、儚く散っても、かれらは君を利用するだけです。搾取し、虐げ、誇らかに隷属させるでしょう。僕は、そんなことは許せません」


 わたしはポカンとしていたが、シスコももちろんそうだし、リートでさえ言葉を失っていたと思う。

 それだけ、エルフ校長の語気がはげしかったのである。

 あと……たぶん逆魅了魔法がとけてる。先生、ヤバいです! ラスボス系の美形オーラがだだ漏れで、人類が全員昏倒しかねません!


「先生……おっしゃったじゃないですか……」

「ええ、君には何回もいいましたね。逃げなさい、と」


 緑の瞳がこちらを見る。吸い込まれそうだよ無理無理無理。気をしっかり持て、ルルベル! 無理!


「……そうじゃなくて。魔王の封印、わたしには無理だ、って」


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