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102 無力感とはこういうものなのか

「あの女は強烈だからな」


 いいはなったのは、もちろんリートである。

 放心しているわたしを探しに来てくれたのは感謝するが、ただでさえ敵対したらヤバそうなウフィネージュ様を、あの女呼ばわりとか。やめてほしい。


「真っ青だよ……手もこんなに冷たくなって」


 やさしく手をとってくれたのは、シスコ。当然だ。シスコは天使だ。


「わたし、王太女殿下に嫌われてるみたい……」

「ルルベル……」


 シスコは、わたしの手をぎゅっと握ってくれた。

 ここがどこかというと、図書館である。なんで図書館かっていうと、いちばん護りが固いからだ。つまり、忌憚なく喋れるっていう意味で。

 そのへんの判断をしたのも、閉館までほとんど時間がありませんよと嫌そうな顔をしていた司書さんに時間厳守で退館しますからと請け合ったのも、シスコを連れて来たのも、すべてリートである。

 いいのか君。王家に雇われてるんじゃないのか。

 そう考えると、あの女呼ばわりにうっかり乗ると、報告されて、さらに減点って可能性もあるのか……。ははは。なにそれ。わたし、リートの前で王家の悪口いったことあるっけ? わからん。ウフィネージュ様に関しては、話題にのぼったことさえないと思うが。たぶん。おそらく。


「なにをいわれたんだ」


 いつもの調子で、リートが尋ねた。

 あまりの通常営業ぶりに、つい答えてしまう。


「エーディリア様が泣いた理由はなにか、って。それで……スタダンス様にご説明したときの調子でお話しして……」


 話しはじめてしまうと、とめられなかった。わたしはウフィネージュ様との会話の核心部分をだいたいしゃべってしまった。つまり、エーディリア様の自由とはなにか、ってこと。そして、魔法学園も研究所も王立だと念を押されたこと。


「……まぁ、おとなしく従っていれば問題はないと思う」


 おとなしくもなにも、そもそも、わたしは危険性に乏しい存在である。無力な聖属性魔法使いだ。平民だから、後ろ盾も……いや、待て。

 スタダンス様か!

 スタダンス様がわたしに肩入れしているのがあきらかになったせいで、ウフィネージュ様が動いた可能性あるじゃん……。勘違いをしては駄目、おまえはわたしのものなのよ……って。こっわ!


「平民が王族に従うのは、ふつうのことだからな」


 リートは、なにか問題でも? という顔をしている。


「うん……それはそうなんだけど、わたしが納得いかないのは、エーディリア様のことかな」

「君が考えることか? それはエーディリア嬢の問題だろう」

「でも、ローデンス様がジェレンス先生と特訓をはじめたのは……わたしが目当てだし」


 現状、目的にかすりもしていないとはいえ、本来は、一緒に特訓して恋しようよ(はあと)……っていう、頭の悪そうな作戦だったはずなのだ。


「それも、君が責任を負うことではないな」


 リートの言葉に、シスコもうなずいた。


「わたしもそう思う。殿下がご自分で魔力を制御なさるのは、必要なことよ」

「うん……」

「エーディリア様の今後については、力になれる範囲でなってあげればいいんじゃない? 大丈夫、勤め先の斡旋だって、できるから」


 シスコが力強くいってくれたというのに、わたしは力のない笑顔を浮かべることしかできなかった。

 へたに動くと、ウフィネージュ様につぶされる気がするのだ。ウフィネージュ様はここにはいないし、わたしたちの会話を聞くこともできないはずなのに、すべてを知られているように感じてしまう。ぜんぶ、支配されてるみたいに。

 こういうのを、無力感っていうんだな。

 今までも、わたしは無力だと感じていた。そのつもりだった。でも、これだわ……これが、ほんものだ。

 なんにもできない。しない方がいい、って思ってしまう。


「ありがとう、でも……わたしにかかわると、シスコにも迷惑がかかりそうで」

「考え過ぎじゃないか」


 リートの口調は、実にあっさりしている。

 シスコはリートを見上げて――わたしとシスコは座っているけど、リートは壁にもたれて立っているのだ――抗議してくれた。


「そんないいかた、ないでしょう。ルルベルは真剣に悩んでるのに」

「真剣に悩んでいるから、指摘した。王太女殿下は、そこまで暇じゃない。ルルベルには釘を刺したんだ。当面、それで満足なさる。今頃は、ほかのことで頭がいっぱいだろう」

「でも……」

「たしかに、王太女殿下に睨まれたら、俺たち平民にできることなどない。もともと、俺たちの立場はそういうものだ」

「そうだけど、個人として疎まれてるんだから、事情は違うでしょ……」


 そんな大雑把な身分制の話じゃない。そう思って反論したのに。


「疎まれている? 違うだろう、利用価値がありそうだから声をかけて印象づけたんだ」

「だって、友だちには――」


 リートは、大きくため息をついた。


「王族と平民が友だちになれるわけないだろう」

「友だちなんて必要ないっておっしゃってたし、身分だけの問題じゃなくない?」

「その通りだ。だから、特別に君を嫌っているわけじゃない。誰に対してもそうなんだろう。違うか?」


 ため息をつくのは、わたしの番だ。


「違うと思う。だって、脅されたんだよ……この学園は王立だ、って。校長先生がいちばんの権力者じゃない、って。そんなの、全員に宣言してまわる? 違うでしょ」

「学園の権力か……。そのへんは、校長に要相談だな」


 わたしは慌てた。エルフ校長と王室の対立を煽りたくない。


「駄目だよ、校長先生に迷惑をかけるわけには――」

「校長は世俗の権力なんか興味ないだろ。逆にいうと、だからこそ反応がわからなくて怖い面はあるが、それでも今は校長なんだ。王族であっても一生徒に過ぎないんだから、そんな言動許すのかってとこは確認した方がよくないか」

「それは……そうだけど」


 いや、エルフ校長が権力に興味ないのはわかるけど。でも、今回の話をしたら、ほれ見たことか、危険なんだからさっさと逃げなさい……って、なると思うんだよなぁ!

 ……あれ?


「そっか」

「なんだ。納得したのか」

「うん」

「そろそろ時間だな。君たちを寮に送ったら、俺は校長に報告して来る。いいな?」

「よくない。わたしも行く」


 そう宣言して、わたしは立ち上がった。シスコが、大きな眼をさらに大きくみひらいた。


「ルルベル、部屋に戻った方がいいよ」

「ううん、わたしが校長先生と話す。だって、わたしの問題だもの」

「だって……」

「もう大丈夫。シスコが慰めてくれたから平気になった!」


 握ったままの手を引いて、シスコを立ち上がらせる。


「わたし、なんにもしてないわ」

「してくれたよ。ねぇ、寝る前にまたお茶をご馳走してよ。シスコが淹れてくれるお茶、ほんとに美味しいんだもん」

「それはもう、喜んで! だけど……わたしも一緒に行っていい?」

「同行するならその方が楽だな。ひとりを寮に送り届けて、ひとりを校長のもとに送るなんて、分身でもできなきゃ無理だ」

「うーん……とにかく連絡してみる。校長先生が来てくれるかも」

「えっ?」


 シスコはびっくりしていたが、リートはわかったような顔をした。


「呼び出しか」

「うん」


 ずっとノートに挟みっぱなしのあの紙、使っちゃおう。


「同席したら駄目?」

「してもいいけど、校長先生って、すぐ飛ぶから……」

「さすがに図書館内でいきなり飛んだりはしないだろうが、たしかに」


 リートは経験者なのか? 校長先生がリートを抱えて飛んでいるところを想像してみたけど、なんか変な絵面だ……。いや、そんなのはどうでもいいな!

 わたしはノートから、蔦の葉の形をした紙を取り出した。入学初日、寮の部屋に届いていたアレ――品のいい紙だなぁと思っていたら、実は葉っぱが変化したものだと教わったやつだ。


「図書館の中でも使えると思う?」

「エルフの魔法は系統が独特だから、ここの防備もすり抜けるんじゃないか。やってみて駄目だったら、歩いて行けばいい」

「それもそっか」


 勢いよく畳み、しっかり折り目をつけると、ふわっ……と、柑橘系の香りがただよった。

 そして――わたしは、エルフ校長の部屋にいた。それも、窓からエルフの里が見える、あの部屋だ。語彙がたりなくて表現できないやつ!

 ……ちょっ……こんなヤバいもん、新入生に渡さんでくれませんかね、しかも説明なしで!

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