101 おなかは空いても胃が痛い
「あの……はい……」
伝説にすらなってない(情報消したからな!)大魔法使いハルちゃん様よりは、ウフィネージュ様の方が、ずっと身近な存在だ。たぶん。そうだよな? うん、そうだ。頑張れ! 頑張ればいけるだろう、愛称で呼ぶくらい!
……とは思ったが、とりあえず相手の出かたを待つことにした。
ハルちゃん様より身近なのが、逆にこう……身分の差を感じるし。それに、あっちは既存のシステムから逸脱した存在だけど、こっちはガッチガチじゃん。ウフィネージュ様は次代の女王、すなわち王制を担う存在だもん。
そもそも、用件がわからん。王子なら「僕と恋愛して効率的な下僕になってよ!」だと思うが、王太女殿下の場合はどうなの。「弟と恋愛して(以下同文)」とか、やめてほしいんだが。
「今日はね、あなたに尋ねたいことがあるの」
「はい」
よし、無理にフィーネ呼びしなくてもよかったようだ。助かった。
お上品に食事を進めながら、ウフィネージュ様はわたしを見もせずに問うた。
「エーディリアに、なにをいったの?」
……そこかー!
そういや、王宮で噂になってたらしいよな。どんな噂なのか知りたいが、知りたくない。
「はじめから、お話ししてもかまいませんか?」
「許します」
おおぅ、許されちゃったよ……。
これまでも、高貴なご身分のかたがたとお話しせざるを得ない状況には、たびたび陥っている。が、ウフィネージュ様はさすがというかなんというか、ちょっと格が違うな!
「ありがとうございます。……あの、礼儀のわからぬことを申し上げるかもしれませんが、どうぞお許しください」
ウフィネージュ様は、にっこりなさった。……許します、いただけませんでしたッ! つまり、許さない場合もあるってことだろうな、やべぇな、怖ぇな!
ともあれ、事情を説明するしかない。
「わたしは、魔法とは無縁な下層の生まれです。なんの知識もなく育ちました。学園に入学するまで、聖属性がなんのためにあるのかも……知りませんでした。今は、魔王封印に必須であると心得まして、そのために必死です。ですので、わたしの真情を申し上げるならば、学びの邪魔をしてほしくない。これが、いちばんです」
「……それで?」
「はい。わたしの事情に配慮してほしい……と、友人たちに話していましたところ――」
あとはもう、スタダンス様に話したときと同様でいいだろう。
わたしの話を聞きながら、ウフィネージュ様は、華麗な食器さばきで白身魚の切り身を食べておいでである。なんていうか……優雅。あと、美味しそう。
わたしも食事したいが、喋る方でいっぱいいっぱいだ。あ〜、すべての料理が冷めていくぅ!
「――エーディリア様のおっしゃることも、ごもっともであると思いました。今後は気をつけますし、エーディリア様にも仲良くしていただきたい、友人になっていただきたい……と、申し上げました」
以上である。もう食事していい? 駄目?
ウフィネージュ様は、手を止めた。
「……それだけ?」
「それだけです」
「それだけのことで、エーディリアは泣いたの?」
皆の憶測を話して大丈夫だろうか? いや、ここは話すべきだ! 心を強く持て!
あと、胃も強くした方がいいかも……お腹は空いてるはずなのに、ストレスで少し気もち悪くなってきた……。
「エーディリア様には、ご友人と呼べる存在が、いらっしゃらないのではないでしょうか」
「友人?」
なにそれ美味しいの? と、いわんばかりの反応である。
「あの……お役目がお忙しくて、同年輩の女子と交流するお時間がないのでは、と」
「交流なんて、ない方が楽だと思うけれど」
さらりと答えて。ウフィネージュ様は、少しだけ口角を上げた。
わたしの方をご覧になることはなく、まるでひとりごとであるかのように告げる。
「わたしは友人の必要性を感じない。だからルルベル――いわないでね? わたしには」
「それは、その――」
友人になってください、ってやつのこと? いや、えっと……。
「でもそうね、エーディリアが泣いた理由がそれなら、じきに解決するでしょう」
「えっ?」
「だって、ローデンスがあんなに熱心に訓練しているんですもの。エーディリアも、近いうちにお役御免になるんじゃないかしら? そうしたら、時間などいくらでもできるでしょう。友人も、つくれるのではなくて? そうなってもまだ、友人がほしいなら」
「そうなっても……ですか?」
「お役御免になるということは、あの子は今の居場所を失うということです。養父母も、たよりになってくれるかしら……あの家は、権力欲しさにエーディリアを受け入れたわけだもの。それが失われるなら、もう用はない、ということになりかねないわね」
さらさらと、流れる水のように。ウフィネージュ様は、美しい声でかろやかに語る。
……でもこれ、ちょっとした地獄では?
えっ、待って待って。エーディリア様の自由って、宮廷から放逐されることとイコールなの? 今までのはたらきに対する補償は――いや、ないな。そんなのないな、この階級社会で!
前世日本人のわたしの常識は、現世を生きてきたルルベルの常識に打ち消された。階級社会における王侯貴族と平民の関係って、そういうものだよ……って。家系ロンダリングをしたとはいえ、エーディリア様は平民だ。周りは皆、そういう意識で彼女を見ているだろう。お役目がなくなれば、なおさら。
でもさ。でもさぁ!
「エーディリア様には、素晴らしい魔法の素質がおありです」
「魔法? そうねぇ。なにか、使い途があればいいわね。でも、あなたがお友だちになってあげるのなら、エーディリアも安心なのではなくて?」
「……はい?」
「だって、世界にたったひとりの聖属性魔法使いよ。あの子の後ろ盾になってあげればいいでしょう、あなたが。友人に立候補したなら、ちょうどいいじゃないの。それこそ、泣くほど喜んでくれるのではないかしら」
おお、なんということだ……ウフィネージュ様の思考回路が、地獄だ!
わたしはまず、ぽかんとした。……と、思う。自分の顔は、自分では見えないからな!
それからたぶん、頭に血がのぼった。だってなんか、顔が熱くなってきたし……いや落ち着けルルベル。無礼は許されない。無礼は許されない。無礼は許されない!
わたしは希少な聖属性の持ち主だが、だからって絶対に安泰ではないのだ。大暗黒期の存在が、その事実を物語っているではないか。
わたしの身の安全は世界の安全! 確認よし、ご安全に!
でも、これだけは……いわせてくれ!
「友だちって、そんな一方的なものじゃありません」
なんとか冷静に絞り出した反論を、ウフィネージュ様は微笑んで受け流した。
「あら、そうなの? わたし、友だちというものに興味がなくて、よく知らないの。なにか勘違いをしているかしらね――ああ、教えてくれようとしなくていいのよ? いったでしょう、興味がないの」
「……はい、殿下」
「駄目よ、ルルベル。フィーネと呼んで?」
だからハードルが! たっけぇんだよ!
しかも、はい以外の返事が求められてないじゃん、たぶん!
「はい、殿下」
わたしが答えると、ウフィネージュ様はおかしそうに笑った。笑い声まで美しい。
「強情ね。いっておくけれど、この学園は王立だから。権力者は校長ではないわ」
わたしよ、と。ウフィネージュ様の眼が語る。
だからなんだよ。受けて立とうじゃねぇか! ……とでもいえればカッコイイのだが、ちょっと無理である。いや、ちょっとどころではない。かなり無理。絶対無理。
ウフィネージュ様は、静かに言葉をつづける。
「研究所もそうね。王立よ」
これは、あれだ……。わたしが親しくなりつつある人々を、人質にとってるんだ。
エルフ校長をはじめとする先生がたも、ファビウス先輩も……もちろん、エーディリア様もだ。ウフィネージュ様の思惑ひとつで、どうとでもなると告げてるんだ。
「あなたが従うべきは、わたし。それだけ、覚えておきなさい」
「はい、殿下」
「この国のすべては、わたしに従うものなの。わきまえておくのね、ルルベル。たとえあなたが魔王をしりぞけることができたとしても、あなたはこの国の民であり、わたしの民なのよ」
わたしは、ウフィネージュ様との会話を諦めた。たぶん、わたしの話は伝わらない。なんだか、わかってしまった。
「はい、殿下」
結局わたしは、その部屋ではなにも食べられなかった。
ウフィネージュ様が一方的に喋り、ひとりでものを食べ、そして出て行ってしまうまで――わたしは「はい、殿下」と返事をする以外のことができなかった。




