黒棺峠・頂上
「ありがとうございました」
一花が刹那に深々と頭を下げた。
「いいえ、今回あたしは何の役にも立っていません。すべて妹のお手柄です」
刹那は離れた所に立っている永遠に顔を向けた。お手柄のはずの妹はシュンとしている。理由はさっきまで刹那にムチャをしすぎたことを叱られていたからだ。
「でも、しばらくあの子には言わないでください」
「わかりました」
一花は苦笑した。
「河野喜彦は成仏したんですね?」
一花は複雑な表情を見せた。例え父の思い出の場所を守るためとは言え、父を殺した相手を成仏させるのは納得がいかない部分もあるのだろう。
「成仏かどうかはあたしには判りません、あたしも永遠もあの世に行ったことがありませんから。河野喜彦がどこか別の世界に行ったのか、単に消滅したのか、それは明言できないんです」
気休めを言ったのではない、これは紛れもない事実だ。
「ただ、河野喜彦がこの黒棺峠から消えたのは間違いないと思います。もう、彼がここに現われることはありません」
「そうですか」
一花はホッとしたような顔をした。
「今度は仕事ぬきでここに連れてきてください。あたしは自転車は苦手ですが、永遠はきっと喜びます」
「そうですね、また来ましょう」
刹那は一日も早く黒棺峠に自転車愛好家が帰ってくれば良いと思った。それともう一つ、一花に大切なことを話しておかなければ。
「あと、表のお仕事の依頼も大歓迎ですので……あたしなら、いつでもスケジュールを調整しますし……もちろん、あたし以外の声優もよろしくお願いいたします!」
再び一花が苦笑する。
「わかりました。次は『御堂永遠の里山トレイルライド特集』を企画しますよ」
そう言って永遠に視線を向けた。妹はキョトンとした顔で見返す。
「あ~、やっぱり永遠ですか……」
今度はしっかりと一花が笑い、刹那も釣られて笑ってしまう。暖かい夕陽が黒棺峠を包み始めた。
-fin-