黒棺峠・坂道
永遠はマウンテンバイクで黒棺峠の坂を下りる。愛車はLivのTEMPT で、祖父から一二月七日の誕生日とクリスマスを合せたプレゼントとしてもらった。マウンテンバイクはロードバイクほどのスピードは出せないが、それでも最高ギアで加速して走っているので、六〇キロ程度のスピードに達しているはずだ。
「ギャ」
背中に張り付いているザッキーが声を上げる。永遠はコクンとうなずく、彼女も背後にこの世ならざるものの気配を感じた。その気配はグングン近づいてくる。
オマエらとは腕が違うんだ……
頭の中に声が響き、視線を右に向ける。ロードバイクに乗った男が猛烈な勢いで追い越していく。下り坂で自転車に乗っていて、いきなりこんな目に遭ったら転倒してもおかしくない。永遠は何とか河野喜彦に追いつこうとケイデンスを上げるが、河野との距離がどんどん開いていく。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ」
韋駄天真言を唱えた。この真言を使うことで身体能力と思考能力を加速させることができる。さらにケイデンスを上げマウンテンバイクを加速させ、何とか河野に追いつく。
『どうして、あなたは走り続けているの?』
ザッキーから刹那の声がした。彼女は座敷童子と結びついていて、彼が見たものや聞いた音、そして感じたことを離れた場所でも共有できる。また、刹那の声をザッキーが伝えることも可能だ。
『あなたが現われると驚いて怪我をしている人がいるの、走るのをやめて』
オマエらとは腕が違うんだ……
河野喜彦はさらに速度を上げ、永遠を再び引き離していく。
「なにあのスピードッ? ロードバイクの限界を超えてる」
『まいったわね……人を追い越すことに執着しすぎているわ』
「どういうこと?」
『スポーツサイクルで、この坂を下りてくる人間を追い越すことだけを目的として現われているの。しかもそのことに執着しすぎているから、あたしの声が届かない』
刹那は霊と対話をして浄霊する、それは永遠には出来ないことだ。
『ロードバイクで誰かを追い抜くことが望みなら、それが叶えば未練が晴れるはずなんだけど……』
「執着が強すぎて欲望が満たされない?」
『たぶん。だから反対に誰かに追い越されれば、それで浄霊できるかも』
「わかった、なんとかしてこのレースに勝つ!」
『ちょ、ちょっと待って……』
永遠は減速しマウンテンバイクを止めた。そして木々が生い茂る崖に車体を向ける。この崖は確かに急だが、獣道のような細い道が確認できた。
マウンテンバイクの実力を見せてあげる!
「ザッキー、しっかり捕まってて!」
「ギィ!」
『永遠!』
迷わず獣道にマウンテンバイクを進める。今まで経験したどのトレイルのコースより細く走りにくい。しかし、まだ韋駄天真言の効果は持続しており充分走れる。ショートカットをして、瞬く間につづら折りになっている一段したの道に差しかかった。
「えッ?」
眼の前を猛スピードで河野が通り過ぎる。
負けない!
永遠は次の崖も獣道を探し出し、マウンテンバイクで走り出す。さっきの崖より道が険しい。
「あッ」
バランスを崩して身体が大きく傾く。
「ギィ!」
ザッキーがピョンと飛び降りて、身体を地面にぶつけてボールのようにバウンドして永遠にぶつかる。その衝撃で体勢を立て直すことができた。
「ありがとうッ、ザッキー!」
「ギィ」
下の道にたどり着くが、また河野が先行した。
今度こそ!
三度崖を下る。幸運にも今までで一番走りやすい、永遠は一気に下った。
つづら折りの下の道にたどり着く。間近に河野喜彦が迫っていた。
「わたしのほうが速い!」
永遠が叫ぶと河野は驚愕し、次の瞬間消滅した。