眠れない夜
電気を消して寝ればよかったかも。でも、真っ暗なのは怖い。
「大丈夫、大丈夫。ななみちゃんのパパが側についているから。だから、ななみちゃんはぐっすり寝なさい」
おばあちゃんの優しい声に促されて、ななみは布団の中に入る。
(そうだ、私はもうすぐお姉ちゃんになるのだもの。夜、一人で寝られるようにならなきゃ)
がんばって寝ようとしても寝られない。
カチカチと隣の部屋から聞こえる時計の針の音。豆電球が照らす淡いオレンジの灯り。天井に敷き詰められた木目たち。
それは、いつも見ている天井とは違う天井。それもそのはず。ここはおばあちゃん家。
「あっ」
天井から吊り下がる四角い照明具から照らされるオレンジの灯りの中に、突如現れた影。
(何? 何? 何?)
その影は間違いなく動いている。
「きゃっ!」
「どうしたのだい?」
隣の居間でくつろいでいたおばあちゃんが、ななみのいる部屋に入る。
「あ、あれ」
ななみは、おばあちゃんの胸に顔を埋めたまま、照明器具を指差した。
「大丈夫、大丈夫。怖がることないよ。カトンボが入ってきただけだから」
トントントン。
優しい指先のリズム。
おばあちゃんはななみが抱きつきたまま立ち上がり、カトンボを捕まえ、そっと外へと逃がした。
「さあ、朝までぐっすり寝なさい」
トントントン。
ななみは誘われるがまま布団に入り直し、目を閉じた。
うつら、うつら、うつら……
ななみの身体がゆらゆらと揺らぐ。
(吊橋を渡っている時と同じ)
そうだ、連休初日だからとパパと一緒におでかけした。家からちょっぴり離れたところにある大きな公園に。パパより先に渡った丸太と鎖でできた吊橋。あの吊橋を夢の中でも歩いているみたい。
(その帰り道、ママが予定よりも早く病院へ行くと聞かされたのだっけ)
けれども、ななみが寝る時間になっても、パパからは連絡がない。
(……ママ、大丈夫かな)
何時になるかわからないからと、おばあちゃんがななみを迎えに来てくれた。
(朝になったらきっと……)
カクン。
(足を踏み外した?)
寝っ転がったまま脚を動かし、パンパンと枕を叩き、もう一度目を閉じる。
(大丈夫、大丈夫。穴なんてない)
隣の部屋から、おばあちゃんの寝息が聞こえてきた。
(大丈夫、大丈夫)
ミシッ、ミシッ。
(何? 何? 何?)
ななみは布団を引き上げ、淡いオレンジ色に照らされた天井を見る。上から小さな走り去る足音が。
(オバケ?)
「ママ、ママ……」
ひたひたと近づく足音に、ななみは自分がだんだん小さくなっていく。
「ななみちゃん、どうしたのだい?」
おばちゃんだ。ななみは身体にしがみつく。天井に再び走る足音が聞こえた。
「ああ、また、天井裏に猫かハクビシンか、住み着いてしまったようだね」
とんとんとん。
「ばあばと一緒に寝ようか」
「ううん、ママとの約束で、ひとりで寝られるようになりたいの」
「……そう。じゃあ、ななみちゃんが寝るまで側にいるね。電気消そうか?」
ななみは首を横にふる。
おばあちゃんが目を細め、子守唄を歌い出す。その唄を聞きながらぼんやり天井を見ていると、天井に広がる木目が、蛇が口を開けているように見えてきて……
「おばあちゃん、やっぱり電気消して。天井の木目が怖い」
おばあちゃんが四角い照明の真ん中から垂れ下がる紐をひっぱる。
「あ、ちょっとまってね」
部屋の隅の、小さなベッドに取り付けられた物に手を伸ばした。
カチリ。天井に色とりどりの動物の影が現れ、蛇の口の中に見えた木目を追い出し、
色とりどりの動物達が輪を描き躍る。
「ななみちゃん、少しずつお姉ちゃんになればいいんだから。ほら、パパからだよ」
差し出されたおばあちゃんのスマホに、ママと赤ちゃんの顔が映し出されていた。