いや、キライどころかむしろ好き
※本作品は瑞月風花様が主催する「誤字から始まるストーリー企画」提出作品です。
私には好きな人がいる。
しかもこの恋心はなぜか本人にバレている。
ほんとになぜだ。
彼はいつも表情に乏しい生意気な後輩で、私の好意に関しては一切触れる事なく淡々と接してくれている。
これが果たして脈ありなのか無しなのか……
恋愛経験値の少ない地味な女子高生には判断つかないからタチが悪い。
ある日、私は友達が見せてきたファッション雑誌の恋愛コーナーで大きな衝撃を受けた。
『気になる彼に″もっと話していたい″と思われる女の法則』
『素っ気ない彼の10の本音』
『トークで掴む男心~メッセージアプリ活用術~』
彼と交わした一番最近のやり取りは何だったっけ……? と、思わずスマホのトーク履歴を遡って確認する。
最後のやり取りは二日前、彼から送られてきたものだった。
──まだ学校いる?
──ごめんなさい! もう帰っちゃった(汗の絵文字)
──じゃあいい
──え、何か用あった? 私、まだ学校の近くだから戻れるけど……
──別にいい。じゃあね
──うん。じゃあまたね(バイバイの絵文字とスタンプ)
改めて見ると実に素っ気ないものである。
彼のメッセージはいつも必要最低限の用件だけで、スタンプや絵文字はおろか句読点や「!」すら少ないのだ。
更に遡って確認しても似たような短いやり取りしか残っていない。
それどころか勇気を出して「一緒に帰ろう」と誘った時の文面が出てきてしまい、忘れかけていた恥ずかしさが蘇ってしまった。
──(お疲れ様の絵文字)まだ学校いる? もし良かったら一緒に帰りませんか?(キラキラの絵文字)
──分かった。校門ね
「私のドキドキなど関係ない」という彼の一貫して変わらぬ態度がよく分かる一文である。
もしこれが私ではなく別の可愛い女の子だったら、彼ももう少し話を続けたり広げたりしたいと思うのかもしれない。
どうにもウジウジした気持ちを払拭出来ないまま、友人と別れて帰路につく。
スマホをポケットの中で握りしめながら歩いていると、ふいにそれが小さく振動した。
「……え、嘘っ」
メッセージの送り主は今の今まで考えていた彼であった。
はやる鼓動を抑える暇もなくトークアプリを開く。
──今外?
質問の意図が分からず、私は即座に返信する。
──外だよ。下校中。どうしたの?
──虹出てたから
ポコンと空の画像が送られ、それが薄っすらとした虹の写真だと理解するのに数秒かかった。
わざわざそれを教える為だけにメッセージを送ってくれたというのだろうか。
慌てて周囲を見渡すと、ビルの向こうに消えかけの虹が確認できた。
そういえば今日、雨降ったっけ……
虹なんて見るのは何年ぶりだろう。
ビルと雲の切れ間から覗く七色の橋は、それはもう強く私の心を震わせた。
──見えた?
これは本物の虹の事を言っているのか、画像の虹の事なのか、どっちだろう……
私は近くの自販機の横で足を止め、震える指で返事を送った。
──見えた! 虹キライだね!(キラキラの絵文字)
──爽やかなキライ宣言
わぁぁ、間違えたー!
いやいやいや、違う違う! 誤解です!
私は打ち間違いだと伝えるべく、大慌てで文字を打ち込んだ。
──間違えた! キライじゃなくて、綺麗ってウトウトしました!
──寝ぼけてたんじゃ仕方ないね
わぁぁ、また誤字したー!
ウトウトって何なの私!
と、とにかくもう一度修正しないと、寝ぼけながら下校する変な人って思われる!
──また間違えました!(汗の絵文字)ウトウトじゃなくて打とうと、です!
──分かってるから少しは落ち着きなよ
これは酷い流れである。
彼が初めて雑談めいたメッセージを送ってくれたというのに、なんてザマだろうか。
どうせこの後はいつものように「用はそれだけ、それじゃ」と話を切り上げられてしまうに違いない。
すっかり落ち込んでいると、またポコンとメッセージが届いた。
──そんなに好きなの
!?
──虹
あぁ、なんだ、そっちか……ビックリした。
心臓が止まるかと思った。
私は動揺しきりで画面をタップする。
──そうだね。虹はキライだし好きだよ。
──笑
わぁぁーまた間違えたー! 予測変換と私の馬鹿ー!
これではただただ情緒がヤバい女じゃないか。
穴があったら入りたい思いで打ち直していると、文字入力の速い彼から「愛憎が凄い」と突っ込まれてしまった。
恥ずかしすぎる。
──ごめん、ちょっと今日は変換がダメダメで……
──今日一笑った
え、嘘、笑ったの?
年中無休で無表情気味の君が?
全然想像つかないけど、それはもの凄く見たかった。
──恥ずかしいから忘れて下さい(土下座の絵文字)
──無理。じゃあね
あ、ここで終わるのか。
いつもより長いやり取りが出来たのは良かったけれど、何だかドッと疲れてしまった。
やっぱり私には短いやり取りで十分なのだ。
これ以上話が続くと心臓が爆発するか、更なる誤字の嵐で恥を上塗りするかの未来しか見えない。
さて帰ろうとした瞬間、連続でスマホが震えた。
「?」
──っていうか二時でテンション上がって五時るの面白すぎ
──またキライな虹見かけたら送る
──じゃ、またね
「……う、ゎぁ……」
彼がこんな冗談を返してくるだなんて夢にも思わなかった。
明日は雨どころか槍が降るかもしれない。
その後もし虹が出たら、彼は今日のように律儀に教えてくれるのだろう。
私は火照った頬を擦りながら返事を送ると、もう殆んど虹が見えなくなってしまった空を見上げて歩きだしたのだった。
<以下、知らなくても全く問題ない補足>
この誤字っ娘主人公、実は同作者の青春ホラー連載の主人公だったりします。
ここにリンクは載せませんが、ご興味ある方はそちらも宜しくお願い致します。