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赤鬼の仮面  作者: 赤羽景
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希望

 戦闘はより苛烈を極めた。

 森を焼く炎は激しさを増し、範囲を着実に広げていった。

 既に地上での生存は困難。

 空は黒煙が立ち込め、昼だというのにほの暗い。

 その煙を風で吹き飛ばして空中を飛び回る魔女と赤鬼。

 二人が龍の攻撃を避ければ避けるほど地形が塗り替えられていく。

 応戦する少女の生み出した複数の竜巻が破壊を加速させた。

 数分前の景色がもう思い出せない。

 たくさんの命で満たされていた大地はもう見る影もなく、わずかな時間で地獄に変わってしまった。

 この地獄の光景を目の当たりにしても少女は眉一つ動かさない。

 ヴォルガンの攻撃は全てが即死級の一撃。当たればそこで全てが終わる。

 常に心臓を掴まれているような状態でも、少女は焦ることなくヴォルガンの攻撃を冷静に対処していく。

 普通なら山を破壊する一撃を見た時点で心が折れていてもおかしくないだろう。

 あの紅い閃光は戦意を喪失させるには充分すぎる一撃だった。

 少女は最初に言っていた。『龍には誰も勝てない』と。

 だから勝てると思って戦っているわけではないのだ。それでも絶望することなく少女は戦っている。

 自分と一回りほど年の離れた小さな少女が勇敢に戦っているのだ。ならば先にリキが諦めるわけにはいかないだろう。


「おい! 一瞬でいい。アイツの上を取ってくれ」


「……?」


「信じろ! なんとかしてみせる」


 根拠も自信もない。不可能だと言われても構わない。

 それでもやるのだ。いつだって折れない強い想いが道を切り開いてきた。

 少女は少し考えた後、顎を引いて同意した。


「必要なのは死なない覚悟……」


 死ぬ覚悟は必要ない。それはただの諦めだからだ。

 自分の命に執着のない者はすぐに死んでしまう。

 どんな絶望的な状況でも折れない心を持つということは、死ぬ覚悟を決めることより遥かに難しい。

 生き残るのはみっともなくても最期まであがける人間なのだ。

 だから仮面能力者はそのために絶対に死なないという覚悟を決める。

 仮面能力者の仮面は心を形にしたもの。ゆえに強い想い、強い覚悟で発現させた仮面は強力な力を得る。

 覚悟は決まった。

 鬼の異常な回復力に魔女の回復魔法の効果も加えられ、傷も完治している。

 反撃する準備は整った。


「――翠の竜巻(レイ・トルナード)


 少女は一度巨大な竜巻を作ってヴォルガンにぶつけると、その隙に乗じて上に飛んだ。

 ヴォルガンが竜巻をかき消した時には、リキの狙い通り上を取っていた。


「このまま落としてくれ!」


 少しだけ少女は躊躇したが指示に従う。

 風の力を失ったリキは真っすぐに落ちていく。ヴォルガンにはまだ気付かれていない。

 リキは金棒を両手で強く握りしめ、すれ違いざまにヴォルガンの頭を狙った。

 飛ぶ斬撃の鬼薙では効果はなかった。

 しかし金棒による打撃ならダメージを与えられる可能性はある。

 どんなに硬い鎧を纏おうとも衝撃を全て逃すことなどできないはずだ。


「ぶっ潰れろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 落下の加速により威力を引き上げた金棒による一撃。

 大気を震わせるほど衝撃がヴォルガンの頭から全身へと駆け抜けた。


「手応えアリだ!」


 頭に重たい一撃を浴びたヴォルガンはよろめき、リキと共に地面に落ちていく。

 


「あ、やべ……着地のこと考えてなかった」


 かなり上空から落下した上に下は火の海だ。

 鬼といえどもこのまま落ちればひとたまりもない。

 我が物顔で空を占領する龍を撃ち落とすことしか考えていなかった。

 リキが火に飲まれる直前、再び風が彼の身体を包み込んだ。

 リキのミスも少女がカバーしてくれた。ついでに落ちていくヴォルガンを風の刃で追撃するおまけつきだ。


「お、やるな」


 抜け目のない少女にリキは感心する。


「……まだ終わってない」


「だろうな」


 龍は地に落ち、自らの炎に飲まれた。しかしこの程度で倒せるわけがない。

 生命の波動がまだ消えていないのがその証拠だ。

 下を警戒するリキだったが、なぜか上を見上げている少女に気付いて彼も空を見た。


「何だよ……これ……」


 黒い天空に謎の文字と紋様が描かれていく。


「魔法陣」


「魔法陣? お前がやってるのか?」


「あんなに大きいのは作れない」


 少女は首を振って否定した。

 少女でないとすれば、魔法陣を作っているのはヴォルガンで間違いない。

 魔法陣は未完成だが、完成すればこの周辺全体の空を覆うほど巨大なものが出来上がるだろう。スケールの大きさに圧倒される。


「あれが完成するとどうなる?」


「生きるのが辛くなる」


「まぁ人生ってのは往々にしてそんなもんだが、とにかくヤバイってことだな?」


 魔法陣完成を食い止めなければならないが、ヴォルガンは炎の中。

 鬼心弾なら遠距離からでも攻撃できるが倒すには火力が足りない。

 直接金棒で殴るのが一番効果的だと判明したが、炎の中にいるヴォルガンには簡単には近づけない。


「つーかあの龍は炎の中でも無事なのか?」


「炎神龍だから炎には強い」


「さすがに自分の炎でやられるほどバカじゃねェか……」


 どうやら炎に飲まれる覚悟で戦うしかないようだ。

 特攻する意思を少女に伝えようとするがリキは開けた口をそのまま閉じた。

 ヴォルガンが炎を纏って飛翔してきたからだ。

 上昇する龍から何か小さなものがヒラヒラと落ちていく。

 その正体は龍の鱗。金棒で殴った部分の鱗が剥がれて燃える花弁のように宙を舞っているのだ。

 それは金棒による攻撃が有効だったことの証明でもあった。

 つまり希望はあるということだ。攻撃が通るなら勝てる可能性はある。

 炎の中から出てきたのも好都合だ。これで心置きなく殴りに行ける。


「魔法陣が完成した」


 高揚するリキの心も少女の言葉で簡単に消沈した。

 ヴォルガンが炎から出てきたのは隠れる必要がなくなったからだった。


「おいおい、いくらなんでも速すぎねェか!? よく知らねェけどこういうのって普通は結構時間がかかったりするもんじゃねェのかよ!」


「普通はそう。でも龍に人の常識は通用しない」


 人間より遥か高みにいる生物に、人間の常識を当てはめて考えるのがそもそもの間違いだった。

 常識、普通、そういった言葉で語れないからこそ龍は最強なのだろう。

 勝負は決してしまったのだろうか。もう勝ち目がなくなったということなのだろうか。

 少女は次にどんな絶望の言葉を口にするのかリキには少し怖かった。

 自分より状況が見えている者に敗北したという事実は告げられたくない。


「あなたもそう」


「え……?」


 少女の言葉の意味をリキはすぐには理解できなかった。

 回らない頭でやっと理解できたのは、少女が告げた言葉はどうやら敗北宣言ではなさそうということだ。


「龍を叩き落とすなんて普通はできない」


 少女は淡々と告げていく。


「『時の牢獄』を破壊したのもあなたでしょ? それは誰にもできなかったこと」


 時の牢獄とはおそらく少女と龍を閉じ込めていたあの結界のことを言っているのだろう。

 少女の言葉はいつも淡々としていて感情の起伏がわかりづらかった。けれど、


「あなたにも常識は通用しない」


 そう告げる少女は少し笑っているように見えた。

 こんな状況でも少女が絶望しない理由がようやくわかった。

 少女には希望が見えているのだ。


「ありがとよ……おかげで思い出したぜ。鬼にだって人の常識では測れない力があるってことをなっ!」


 少女の希望は力強く叫んだ。

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