龍と魔女
「誰も勝てないか……」
少女の言うことは本当だろう。
リキがこれまで出会ってきたどの敵よりも龍は強い。
戦うまでもなく桁違いの存在だ。
「だが……希望を捨てるのはまだ早ェ」
少女は耳を疑い、目を丸くした。
無理もない。
この状況で強がりでもそんなことが言える人間が果たしてどれだけいるだろうか。
本気で言っているのならただのバカとしか言いようがない。
それでもリキの瞳に宿る強さに嘘はなかった。
強がりで口にしたわけではなく、状況が見えていない愚か者でもない。
根拠はある。龍は見たところ万全の状態ではない。体中傷だらけだ。
頭部の角が1本欠け、眼も片方潰れている。所々鱗が剝がれ落ち、翼には穴が開いてしまっている。
この化け物をここまで追い詰めたのが誰かはわからないが、そのおかげで一つはっきりしたことがある。
「龍は最強かもしれねェが無敵ではねェってことだ」
傷がつき、血が流れるのなら絶対に殺せないということはない。
おまけに龍は満身創痍で死にかけの状態。勝ち目がないわけではないはずだ。
(とはいえ、この状態でもコイツが最強なのは間違いねェだろうな。万全の状態だったらと思うと恐ろしいな……)
「……戦う気?」
確認するように少女は問いかけた。
その言葉と瞳にはそんな選択はありえないという否定の意思が汲み取れた。
「ああ。あの龍を倒して最強生物は鬼だってことを証明してやるよ」
「オニ……?」
聞いたことのない単語に少女は首を傾げた。
「鬼を知らねェのか? 鬼ってのは角があって……まぁ見たほうが早いか」
リキは全身を再び鬼化させ、赤鬼へと変貌を遂げる。
目の前に突然現れた怪物に少女は目を見開く。
「スマン、驚かせたか? 取って食ったりしないから安心しろ。本物は食うかもしれねェがな」
丁寧に自分のことを説明している余裕はない。
龍は咆哮したあとはずっと様子見していた。リキが赤鬼となったことでそれも終わり。
リキが自分を脅かす敵であると認めたヴォルガンは戦闘態勢に入った。
リキは先手を取るため全力で駆ける。そしてヴォルガンの前で地を蹴り、高く跳ねる。
空中で龍の右眼とリキの目が合う。
龍と同じ目線になるまで飛び上がったリキは頭を狙って全力の一撃を放った。
「鬼薙ッ!!」
角猿の時に鬼化していたのは片腕だけだったが、今は全身を鬼化している。
同じ技でも威力は比べ物にならない。
全力の鬼薙は空を切り裂き龍の頭に直撃した。
「おいおい嘘だろ……」
手は抜いたわけではなく様子見でもなかった。力を温存したわけでも牽制のための一撃でもない。
この一撃で決めるつもりで放った全身全霊の一撃だったはずだ。
にもかかわらず龍には傷一つつかなかった。
防がれたというならまだわかる。だが無警戒の頭に直撃したのだ。
「どんな鱗してんだよ……黒騎士の鎧だって傷ぐらいはついたぞ」
リキが今まで戦った中でも最硬の防御力を誇る黒騎士の鎧。龍の鱗の硬さはそれ以上ということだ。
想定を遥かに超える防御力にリキは動揺した。
(こいつに傷をつけたヤツは何者だよ)
傷がついているから倒せるという判断は甘かったとしか言いようがない。
着地までの間に頭の中で勝つためのプランを再構築する。
「避けてっ!!」
どうしたものかと思案する頭に少女の声が響く。
その直後、重い衝撃が走ったかと思うと、リキの身体は地面へと叩きつけられていた。
死角からの一撃だった。
少女の叫びのおかげで左腕を使ってギリギリ防御したがダメージは軽くない。
痛みが全身に広がっていく。
起き上がろうとすると体を一瞬硬直させてしまうほど鋭い痛みが走った。
痛みで一度息が止まったあと、今度は息が荒くなっていく。骨を何本かやられたかもしれない。
リキを襲ったのはヴォルガンの尻尾による一撃だった。
長く鞭のようにしなる尻尾が、蚊を払い落とすかのように恐るべき速度で振り下ろされたのだ。
続けてヴォルガンは蟻を踏み潰すかのように前足でリキを狙う。態勢を立て直す前に容赦なく攻撃が畳み掛けられていく。
回避を試みるが間に合わない。
絶体絶命のリキだったが、突然吹き荒れた風によりヴォルガンの前足がそらされて九死に一生を得た。
風は意思を持つ竜巻のようにヴォルガンに襲い掛かっている。
「――――?」
状況が飲み込めない中、リキの身体がふわっと浮遊した。
原因は風だ。風はリキを包み込むと彼の身体を運んでヴォルガンから距離を取らせた。
風に運ばれて後退した先で待っていたのは、結界から出てきたあの少女だった。
「この風……お前が操ってるのか?」
少女は無言で頷いた。
少女はリキには目を向けず、ヴォルガンから目を離さずに翠に輝く石が付いた杖を振るい続けている。
ヴォルガンを襲う竜巻も彼女によるものだった。
「翠の治癒」
「なんだ……体の痛みが消えていく……?」
「回復魔法」
少女はリキの疑問に短く答えた。
「魔法……」
魔女のような見た目はコスプレというわけではなかったようだ。
魔法を見るのは、はじめてだがそれほど驚きはなかった。
魔法ではないが治癒能力を使える少女と風を操る少女を知っていたからかもしれない。
「動けるなら逃げて」
「お前はどうするんだよ?」
少女は答えない。この位置からでは少女の表情は読み取れない。
それでも彼女が何を考えているかはわかる。だがそんなことは絶対に認められない。
「子供を見捨てて逃げるなんて情けない真似はできねェッ!」
思わず声を荒げてしまった。わかっている。
少女にそうさせたのは自分の不甲斐なさによるものだ。
この怒りはリキ自身に向けられたもの。
誰かに助けられるなんてことはもうずいぶん経験していなかった。
いつからかリキは助けられる立場から常に誰かを助ける立場になっていた。
だから自分の力を過信していた。驕りがあった。
龍に傷をつけたのがもしこの少女の力によるものなら、リキは少女より弱いのかもしれない。
ここに残ってもただの足手まといになるだけかもしれない。
それでも退けない。
一度龍を倒すと決めた以上、リキがその意思を曲げることは絶対にない。
纏わりつく風による攻撃をヴォルガンは咆哮でかき消した。さらに大きく息を吸い込むと一気に吐き出す。
【命を焼き尽くす火】――全てを飲み込む火炎が二人を襲った。
「翠の浮遊」
少女は自身とリキの身体を風魔法で浮かせて空に退避した。
地上は木から木へ炎が燃え移り、火の海に変わっていく。
空に逃げたリキたちを追い、ヴォルガンもボロボロの翼で飛翔した。
少女が風で応戦してヴォルガンの接近は妨げる。
距離を詰められないよう空を飛び回っているとヴォルガンが再び口を開いた。
「それを待ってたぜ! 鬼心弾!」
硬い鱗の上から攻撃を通すのは困難。となれば内部からダメージを与えればいい。
鬼の生命エネルギーを圧縮した力の塊を開いた口に向かって撃ち込んだ。
上手くいけば鬼心弾は体内で爆発しヴォルガンの肉体は内部から破裂する。
だがそんなリキの思惑もヴォルガンの力の前には通用しなかった。
ヴォルガンの口腔から発せられたのは、炎ではなかった。
【愚者を滅するための紅】――紅の閃光がレーザーのように放たれた。
眩い光が鬼心弾を飲み込み、その先にいるリキたちを襲う。
少女が突風を起こし強引に体を吹き飛ばす。寸前のところで紅の閃光を回避した。
リキは肝を冷やし、さらに閃光が伸びた先を見て絶句した。
「……マジかよ。山が消えてやがる」
森の先にあったはずの山が今の一撃で吹き飛んでしまっている。
リキはここにきてようやく理解した。
この戦いにもし敗北したら自分と少女二人の死では済まないかもしれない。
ヴォルガンの怒りが収まらなければ世界は滅ぶ――これはそういう戦いなのだ。




