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赤鬼の仮面  作者: 赤羽景
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異世界生活スタート

「ここが異世界か……」


 扉の先には鬱蒼と生い茂る木々が待っていった。

 日は昇っているが、背の高い木々に囲まれているため辺りは薄暗い。

 澄んだ空気と樹木のにおいが鼻を抜けてやすらぎを与えてくれるが、遠くから響いてきた何かの生物の唸り声が心の平穏を許さなかった。

 リキが振り返ると、異世界と生と死の狭間を繋ぐ扉はもう消えていた。


「後戻りはもうできないってわけか」


 扉の情報は何一つ聞かなかった。

 この世界にどんな生物がいてどんな歴史を紡いできたのか。情報はまったくのゼロ。

 答えは自分で探すしかない。

 先に進むことでしか答えは得られないが、どっちに進めばいいかすらまだわからない状況だ。


「とりあえず、まずは食糧と水の確保と……それから人探しだな。人がいればの話だが……」


 異世界に人がいる保証はどこにもない。

 もしそうなると仲良く野生動物と原始生活することになるが、できればそうならないことを願いたい。


 リキは行く手に立ちはだかる木々を避け、葉を掻き分け、落ちた枝を踏み、音を立てながら進んでいく。

 人の手の入った整備された道ではないため非常に歩きにくい。

 落ち葉で足が滑り、泥で足が沈み、一歩一歩体力を奪われていく。


 スタート地点から少し離れた場所でリキは足を止めた。


(……囲まれてるな)


 姿は見えないが何かに周囲を取り囲まれているのは間違いない。


(数は32か……多いな。おまけに1匹だけやけにデカイ波動のやつがいやがる)


 命あるものは皆、体から『生命の波動』を発している。波動とは体内を流れる生命エネルギーが体外に放出されたものだ。

 仮面能力者として覚醒したリキにはそれが感じ取れる。

 波動が感知できれば、目に見えなくても近くにいる敵の位置くらいなら把握できるのだ。


「隠れてないで出て来いよ」


 言葉が通じる相手かはわからないがリキは呼びかけた。

 深い闇、森の奥の木々の間から二つ並ぶ赤い光の玉が浮かんだ。

 光はどんどん増えていき、リキの周囲をぐるっと囲むと正体を現した。

 光の正体は眼だ。怪しく光る全ての眼がリキを視界に捉えている。

 赤眼のそいつらはリキの呼びかけに応じ、続々と姿を現した。

 

「異世界の猿か……」


 周りを取り囲んでいるのは白毛の猿によく似た生物だった。

 ただし普通の猿とは違い頭部にドリルのような角が生えている。

 角のある猿の集団はリキの出方を窺っているようだった。


「悪いがここを通りてェから気にせず進ませてもらうぜ?」


 リキが進もうとすると、角猿集団は威嚇するように鳴いた。

 引き返せという警告だろうか。

 リキは構わず一歩前に踏み出す。すると角猿の中の一匹が近くにあった石を拾って投げつけた。

 背後からの攻撃。それも銃弾のような速度で放たれた石にもリキは動じず、身をひねり回避する。


「温かい歓迎ありがとよ」


 引き返すという選択肢もあるが、この角猿は自分たちのナワバリに入ってきた者を生きて返すつもりもなさそうだ。

 対話は試みたが相手の敵意が消えないので仕方ない。戦う理由はできた。

 角猿はリキの行く手を阻んでいる。彼が一度決めた道を遮ることは許されない。

 命を奪う理由はそれで充分だ。


「……そっちがその気なら力ずくで通らせてもらう」


 リキは左の掌で自身の顔を覆った。またこの感覚を味わえるとは思わなかった。

 最後の戦いからどれだけの時間が流れたのだろう。懐かしいような気もするがそうでもないような気もする。

 いずれにしろ、どれだけ時が経っても決して忘れることのない感覚だ。

 手を下ろしたリキの顔には赤い仮面があった。

 自分の心を形にした心魂の仮面――それをつけている今の姿こそ本当の彼と言っていい。

 心魂の仮面を発現させたリキは身体能力が飛躍的に向上し、超人的な力を発揮する。


 リキの本当の顔を知った角猿たちは、直前までやかましく鳴いていたにもかかわらず、黙り込み思わず後ずさった。

 角猿たちは眼前の男の危険性を肌で感じ取ったようだ。

 両者の間に沈黙が流れる。誰もピクリとも動かない。

 その空気に耐えられなくなり、角猿の一匹が飛び出した。

 それにつられて、他の角猿たちもリキに向かって雪崩のように押し寄せる。

 雄叫びを上げながら迫ってくる角猿たちにリキは冷静に対処していく。

 攻撃を一つずつ最小限の動きで躱し、すれ違いざまに一撃入れて確実に数を減らしていく。

 生命の波動から得られる情報は相手の位置だけではない。波動の流れから相手の動きを予測することも可能。背中に目があるようなリキの回避能力はそれが理由だ。さらに波動の強さから相手の力量もある程度推し量れる。


(向こうの世界にいた普通の猿とは比べ物にならねェ波動だ……つーかこの猿より強い生物は向こうにはいねェな)


「さすがは異世界ってところか」


 地球上の生物でこの異世界の猿より強い生物はいない。だがそれはあくまで普通の生物の話である。

 仮面の力を持つ者はそこに含まれない。

 リキはこれまでこの角猿たちを遥かに凌ぐ実力者たちと戦い勝利を掴んできた。

 唯一リキを殺すことに成功したのは、復讐に全てを捧げた少女一人のみ。


(子分共は2級以上1級未満……後ろで控えているボス猿は1級ぐらいの強さはありそうだな)


 リキのいた世界には、仮面凶蝕者と呼ばれる仮面の力を暴走させた異形の化け物がいた。

 凶蝕者の強さは3級、2級、1級、特級の四段階でランク付けされる。1級ともなると並の仮面能力者では歯が立たないレベルだ。

 だが仮面能力者の中でも上位の強さを誇るリキの相手は、特級レベルでなければ務まらない。


「……まぁ、それでも腕一本分は必要か」


 小さくそう呟いたリキの右腕が膨れ上がった。さらに肌は赤く染まり、鋭い爪が伸びていく。頭からは二本の禍々しい角が生えた。

 片腕だけが異常に太くなったリキは、生物として異様と言わざるを得ない形貌だった。まるで別の生物の腕を無理やり取り付けたかのようにバランスが悪い。

 その変わりように角猿たちは恐れ、たじろいだ。

 リキの腕に起きた変化は、彼の仮面能力『鬼化』によるもの。

 心魂の仮面を発現させ、リキが手にしたのは常軌を逸する鬼の力だった。

 鬼の仮面能力者、鳴海力――かつて『赤鬼』と呼ばれ仮面能力者たちを震え上がらせた存在。

 異世界の化け物にすら恐怖を植え付ける赤鬼の蹂躙が始まろうとしていた。

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