旅立ち
「残りのポイントはどうされますか?」
魂の情報を残すために1000ポイント、身代わり人形と亜空間宝庫で合わせて1500ポイント消費して4400あった転生ポイントも残りは1900ポイントになった。
まだ半分ぐらいしか使っていないが、本の中には鳴海の琴線に触れる品はもうなかった。
「……ポイントって、この本に書かれてないモノと交換することってできるのか?」
案内人は『基本的には本の中から選んでもらう』と、そう言っていた。ならば別の使い方もあるということだ。
「できますよ。どんなモノでもそれに釣り合うポイントを支払っていただければ、手に入ります」
「じゃあ、例えば案内人のお嬢ちゃんが欲しいって言ったらどうする? 何ポイント必要だ?」
「プライスレスです」
「安い女じゃねェってか。スマンただの冗談だ。今のは忘れてくれ。ポイントと交換したいのは異世界の情報だ」
「情報ですか……」
「異世界に転生するって言われても、そこがどんな世界かよく知らねェからな。世界によってはせっかく交換した転生特典が無駄になっちまうかもしれねェ」
仮に転生特典に魔法を選択したとしても、敵に耐性があり、魔法がまったく役に立たないないということもあるかもしれない。
戦いのない平和な世界なら武器を特典にするより、便利なアイテムや生産系の技能を身につけたほうがいいはずだ。
異世界によって何が必要かわからないのだから、まずは情報を得るべきだったのだ。
「異世界は選んだ扉によって様々です。『英雄の世界』、『竜の世界』、『海賊の世界』、『妖怪の世界』、『機械人形の世界』というように異世界といっても扉によって全く異なります。どの扉がどの異世界に繋がっているか知るにはポイントを支払っていただく必要があります」
「いくらだ?」
「扉の名前一つにつき100ポイント必要です。その扉の詳細が知りたければさらに500ポイント追加で支払っていただきます」
「当たりが出るまで一つずつ調べるしかねェってことか……この中に俺のいた世界の扉もあるのか?」
「『仮面の世界』に続く扉はありますが、貴方はそれを選ぶことを許されません。一部の例外を除き、一度死んだ魂は同じ世界へ転生することができないルールになっています」
「『仮面の世界』……か」
「心魂の仮面を発現させた『仮面能力者』、仮面の力を暴走させ、人であることを捨てた『仮面凶蝕者』、神秘の仮面の力を引き出す『仮面使役者』、いずれも貴方がいた世界にしかいない特別な存在です。『仮面の世界』と呼ぶのがふさわしいと思いませんか?」
「俺たちは数ある異世界の中でも特異な存在ってことか……」
「貴方たちの存在は……いえ、やめておきましょう」
「何だよ、途中でやめられると気になるから言ってくれよ」
「……仮面の力は貴方たちが思っているより、ずっと強大で危険なものです。それだけは忘れないでください」
まだ何か引っかかるが鳴海は案内人に追求することはしなかった。
「話を戻しましょう。扉の情報はどうしますか?」
「うーん、考えてみたんだが、やっぱり扉の情報なしのほうがワクワク感があると思うんだよな」
「ワクワク感ですか?」
「まぁ要は、どんな世界かは自分の目で見て確かめたいってことだ」
「ポイントと扉の情報を交換した転生者は一年後の生存率が非常に高いです。情報にはそれだけの価値があります。それでも必要ありませんか?」
「情報ってのはどの世界でも役に立つ力だからな。どんな転生特典よりも重要かもしれねェ。だがここで得られるのは情報ってより、答えそのものって感じがするんだよな。答えを知ってる人生なんてつまらねェから俺はやっぱりいらねェ」
自分の力で得た情報が全て正しいとは限らない。誤った情報を掴むことも当然あるだろう。
しかしここには答えが用意されてしまっている。
案内人が間違ったことを告げることは決してない。
扉の詳細情報を要求すれば、異世界攻略も容易のはずだ。
だがそれではつまらない。
他人から与えられた正解はいらない。自分で正解を見つけるから面白いのだ。
そもそも鳴海が扉の情報を欲したのも『仮面の世界』に戻れる可能性があるのか確認するためだ。
戻れないのなら異世界で始まる第二の人生を存分に楽しめるよう尽力するだけだ。
異世界生活を楽しむためには、ここで得られる情報はいらないと鳴海は判断した。
「では残りのポイントはどうするのですか?」
「酒」
「え?」
「酒が飲みてぇから残りのポイント全部、酒と交換してくれ」
そんな訳で、鳴海の前には一度の人生では飲み切れないほど大量の酒が用意された。
世界中の酒が山のように積み重なっている。
「本当にこれで――」
「いいんだよ。異世界に俺のいた世界よりうまい酒があるかわからねェんだから」
「ですが――」
「今日は俺の新たな旅立ちの日だ。めでたい日には酒が必要なんだよ。ほら、お前もこっち来て一緒に祝ってくれよ」
あぐらをかいて座る鳴海は、案内人に隣に座るよう床を二回軽く叩いた。
案内人は言われるがまま鳴海の隣にちょこんと腰を下ろした。
「そういや、お前いくつだ? 見た目は10代にしか見えねェが」
「貴方たちの時間で言うとだいたい30000歳ぐらいです」
「なんだ、俺よりちょっとだけお姉さんだったのか。なら酒も問題なく飲めるな」
鳴海はお猪口に酒を注ぐと案内人に渡した。
「私、お酒飲んだことがありません」
「なら、今日は記念の日になるな」
案内人は断り切れず、意を決して一気に飲み干した。
「どうだ?」
「……よくわかりません」
「ハハハッ! まぁ最初はそんなもんだ。俺も最初はよくわからなかったが、大人ぶって飲んでるうちにいつの間にか、こいつなしには生きられない体になっちまったよ」
「…………」
案内人はお猪口を持った手を無言で鳴海の方へ伸ばす。
「なんだ、イケる口じゃねぇか」
案内人としてはお猪口を返すつもりだったのだが、鳴海にまた酒を注がれてしまったので仕方なくまた一口で飲み干した。
「名前もまだ聞いてなかったな」
「案内人には名前はありません」
「名前がないって不便じゃねェか?」
「他の案内人と話す時は、生まれた順の数字で呼び合っています。私は15番目なのでその数字で呼んでいただければ……」
この少女の他にも案内人がいるようだ。
「15か……イチゴってのはどうだ?」
「え……」
「イチゴは嫌か? まぁちょっと子供っぽいか。じゃあ案内人だからアンナってのはどうよ?」
「えっと……」
「アンナも気に入らねェか……スマン、ネーミングセンスはねェから、あんまりいい名前は思いつかねェぞ」
「い、いえ、不満があるわけではありません。ただ、名前を聞かれることはあっても名前を付けてくれる方は今までいなかったので、少し驚いてしまって……あの、とてもうれしいです」
案内人はアンナという名前を気に入ってくれたようだった。
本当に心の底から喜んでいるような笑顔を見せてくれたので名付け親の鳴海としても満足だ。
「よし! じゃあ決まりだな。次に来る魂にはちゃんと最初に自己紹介しろよ。名前ぐらい教えてやらねェと仲良くなるのは難しいからな」
「は、はい。わかりました」
「あ、酒もうなくなっちまった。悪いが次の酒持ってきてくれ、今の俺にピッタリのやつを頼む」
「お酒のことはあまりわからないので……」
「何でもいい。アンナに選んで欲しいんだ」
「え、えっと、では……」
アンナはしばらく困った顔で酒の山を見つめたあと、一本の瓶を選んで戻ってきた。
鳴海は彼女からそれを受け取りラベルを確認すると、思わず吹き出してしまった。
「プッ、ハハハハハ! こいつはいい! なかなか皮肉が効いてるじゃねぇか」
案内人の持ってきた酒瓶のラベルにはこう書かれていた。
「鬼殺し。確かに今の俺にはピッタリの酒だ」
鬼は一度死んだ。
この一杯でそれを受け入れる。
そしてこれを飲み干した時、鬼はまた復活する。
赤鬼と呼ばれた男――鳴海力の第二の人生はここから始まるのだ。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「え、でもまだ他のお酒……いっぱい残っていますよ?」
「全部飲もうと思ったら何年かかるかわからねェよ。残りは後に来る奴等に振る舞ってやってくれ」
ポイントを交換する前から、もともと一人で全部飲むつもりなどなかった。
「誰もが簡単に自分の死を受け入れられるわけじゃねェ。だからアンナが一緒に酒を飲んで愚痴に付き合ってやれ。そうすればみんなまた気持ちよく歩き出せる。いろんなヤツの話を聞くのはお前にとってもきっと楽しいと思うぞ」
「そう、ですね、わかりました。では旅立つ前にこれをどうぞ」
「なんだこれ?」
アンナから渡されたのは名刺くらいのサイズのカードだった。
「それは『使命のカード』です。貴方がここにいるのは『仮面の世界』に魂の価値を認められ、魂をリセットするには惜しいと判断されたからです。ですが異世界ではまだ認められていません。鳴海力という存在は本当に転生するにふさわしい魂だったのか……それは異世界で証明しなければなりません」
「異世界でやるべき使命……そいつを果たせば認められるってわけか。でもこれ何も書かれてねェぞ?」
アンナからもらったカードには何も書かれていない白紙の状態だった。
「使命は異世界の地に立った時、初めてそのカードに刻まれます。期限内に使命を果たせなければ、貴方の命はそこで尽きて魂は強制的にリセットされます」
「使命って例えばどんなだ?」
「どの異世界を選ぶか、それから転生者によっても異なりますが、そうですね……魔王の討伐、女王になる、伝説の秘宝を見つける、世界征服など、簡単なものではないことは確かです」
どんな使命かはまだわからないが一筋縄ではいかなそうだ。
「女王になれとか言われたらどうしよう?」
「性転換するしかありませんね」
「マジ……? まぁそうならないことを祈るぜ。説明はもうこれで終わりか?」
「……あの、実はまだポイントが少し残っていまして……」
「なんだ? 全部酒と交換してくれたんじゃなかったのか?」
「すみません。後で後悔するんじゃないかと思って100ポイントだけ残しておきました」
「うーん。じゃあ独りだと寂しいだろうからペットが欲しい」
「ペット、ですか?」
「犬……いや、猫のほうがいいな。とびきり可愛くて人懐こくて、できるだけ長生きのやつがいい。あとエサとか飼い方のマニュアルとかも必要だな。100ポイントで出せるか?」
「はい、できますよ」
アンナがそう言うと、すぐに鳴海の足元に子猫が現れた。
手の平に乗ってしまいそうなほど小さい白猫を鳴海は大事に抱きかかえる。
「こりゃあ可愛いな。よしじゃあちゃんと育てろよ」
「え、鳴海さんのペットじゃ……」
「俺が独りで寂しいなんて言うと思うか? そいつはお前のために出したんだ」
「でも……そんなの、困ります。私、猫なんて育てられません」
鳴海は強引に子猫をアンナに渡す。
「酒だって初めてだったけど悪くなかったろ? 大丈夫だ、きっと気に入る」
「でも……」
「名前はちゃんとつけてやれよ。何でもいい。お前がちゃんとそいつのことを想ってつけてやれば、きっとそいつも気に入ってくれる」
「……あなたは、勝手すぎます」
「フッ、よく言われるよ」
「名前にお酒、それに子猫まで……転生者に何かをもらうなんて初めてでしたよ」
「いつか来る俺の仲間たちも、お前にいろんな初めてをくれると思うから期待しとけよ」
「はい。楽しみにしています……今度はちゃんと納得して死んでくださいね」
「おう、ありがとな。また会えるかはしらねェが、もし会えたら今度は潰れるまで俺の酒に付き合ってもらうから覚悟しろよ」
「はい」
「じゃあな、アンナ」
「ありがとう、鳴海力さん」
誰かにお礼を言ったのもアンナにとって初めてのことだった。
「そいつはもう死んだ。これからはリキって名前でやっていくことにするよ」
鳴海力改めリキは扉を開け、異世界へと旅立っていった。
「さようなら、リキ……」
扉が消えていく。別れがこんなに辛くて寂しく感じるものだとアンナは知らなかった。
そんな彼女を励ますように胸の中の子猫が鳴いた。
アンナは子猫と目を合わせて、
「あなたの名前、『ナルミ』というのはどうですか?」
本人は捨ててしまった名だが、アンナにとってそれはもう永久に忘れることはない大切な名だった。
この子猫も同じくらい大切な友人になってくれることを祈った。
子猫に『ナルミ』と呼びかけると、元気に鳴いてくれる。
「あなたの名前を知った時、あの人がどんな反応をするのか今から楽しみですね」
旅立っていった魂との再会を待ち望む――それもアンナにとって初めてのことだった。




