転生ポイント
「わかりました。では次に貴方の転生先となる異世界と転生特典を決めていただきます」
そう言って案内人が指を打ち鳴らすと、二人を取り囲むように次々と扉が現れた。
あっという間に周囲は扉で埋め尽くされていく。
種類の異なる数百の扉――よく見ると扉の一つ一つに番号が割り当てられている。
「これは異世界への扉です。それぞれ別の異世界に繋がっているので、この中から一つ選んでいただきます」
「異世界ってこんなにあるのかよ……」
周囲をぐるっと見渡し、その光景に鳴海は圧倒された。
「これはほん一部ですよ。それからこちらもご覧ください」
今度は三種類の本が鳴海の目の前に現れた。宙に浮かぶ赤、青、緑の本。
表紙には見たこともない文字が印字されている。
「基本的には、その本に記されている物の中から転生特典を決めてもらうことになっています。ただし転生特典を得るには転生ポイントが必要です。ポイントが足りない場合は、特典を得ることはできないので注意してください」
「転生ポイントってなんだ?」
「転生ポイントとは貴方の魂の価値、生前の行いに対して付与されたポイントのことです」
「何か善い事したら1ポイントとか、そんな感じか?」
「善いか悪いかは関係ありません。例えば、誰かの命を救えばポイントが付与されますが、逆に誰かの命を奪ったとしてもポイントを得ることができます。転生ポイントは自分以外のモノに大きな影響を与えた時や他の魂にはない価値を示した時に付与されます」
大半の人間は平凡な人生を送っているだろう。
だが悪事に手を染めることなく平凡な人生を送るくらいなら、悪行三昧でも他人にはない価値を示した方が評価される仕組みのようだ。
案内人の説明によると転生ポイントは、世界に影響を与えた時に最も多く付与されるとのことだ。
「ふーん。偉人なんかは、めっちゃポイントもらってそうだな。それで俺は何ポイント持ってるんだ?」
「貴方のポイントは4400ポイントです。ですが魂の情報を消去しない場合、1000ポイント支払っていただくことになっていますので、残りは3400ポイントです」
「ん? じゃあ1000ポイント集められなかったら、強制的に一つ目の道を選ばなきゃいけなくなるのか?」
「はい。1000ポイント未満の場合は、死亡しても私に会うことはなく、強制的に魂はリセットされ、異世界で新たな命を与えられます。転生特典は与えられません」
二つ目の道も転生特典も、自分の魂の価値を世界に示せた者のみに与えられるということらしい。
「大半は1000ポイントどころか100ポイントも集められず、その生涯を終えます。4400ポイントも集めたというのは本当に凄い事なんですよ」
自分の人生の価値を他人に決められるというのは、鳴海としては少し引っかかるところがある。
それでも高く評価していると言われたら悪い気はしなかった。
「……それで俺は残りのポイントで特典を決めればいいんだよな?」
「はい。ですが一度決めた特典は変更できないのでご注意を。それから異世界の扉も一つ選んでくださいね」
案内人の話に軽く相槌を打ちながら、鳴海は赤い本に手を伸ばした。
「赤の書には『器』に関する特典が記されています。ポイントを支払えば性別、種族、容姿、年齢を自由に選べます」
獅子のたてがみのような荒々しい金髪に2メートル近くある背丈。鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。自信に満ち溢れ男らしく整った顔。それが現在の鳴海力の外見だ。
鳴海は特に自分の容姿に不満を持ったことがないので変えるつもりはない。
本を開くのは興味本位でだ。
表紙と同様に本の中身も見たこともない文字が並んでいた。
だが不思議と記されている内容を理解することができる。
鳴海はページをペラペラとめくり、読み流していく。
それぞれの項目に必要なポイントが記されているが、どれも最低で100ポイント以上は要求されるようだ。
「エルフ、ドワーフ……スライムに蜘蛛、おいおい、剣とかもあるじゃねェか! 生き物以外もありなのかよ!」
種族に関する項目で鳴海の手が止まり、彼は驚きの声を上げた。
「魂はどんなものにも宿ることができるので可能です。希望があればそこに記載されていない器を選択することも可能です。ただ貴方の場合、種族は変更しないことをおすすめします」
「なんでだ?」
「貴方が『仮面能力者』だからです。器が変わると、魂もそれに合わせて変容することがあります。心穏やかな人が魔族に転生したことで、残忍な性格に変わるのはよくあることです」
「……魂の変容か。確かに仮面能力者にとっては致命的だな」
仮面能力者は己の精神を仮面として具現化し、異能の力を操る存在だ。
魂に影響が出ると仮面能力が変わるどころか最悪、仮面自体が使えなくなる可能性もある。
「どんな影響が出るかは私にもわかりません。少し容姿や年齢をいじる程度にとどめておいたほうが安全でしょう」
「まぁ別に最初から変えるつもりはなかったから問題ねェ。今の俺のままでもう一度人生を始めたいからこの道を選んだんだ」
鳴海は赤の本を閉じる。すると赤の書は自然に元の位置に戻っていく。
次に鳴海は隣にある青い本に手を伸ばした。
「青の書は『技能』に関する特典を選べます。武術系、魔法系、生産系、特殊系といった異世界で生き抜くために必要な技能を得ることができます」
鳴海は説明を聞きながら、ページをめくってざっくりと内容を確認していく。
「全ての技能にはレベルがあります。レベルが高くなれば、それだけ要求されるポイントも多くなります」
レベルは1~10まであり、どの技能もレベル1は最低でもポイント100、レベル10は最低でも5000ポイントが必要だった。
鳴海の残ポイントを全てつぎ込んだとしても、一つの技能を最大レベルにすることもできないようだ。
武術系の項目には格闘術、剣術、槍術、弓術など数十種類の技能が並んでいる。
「武術系では剣術が最も人気がありますよ」
「だろうな。まぁ俺は基本素手だし、金棒もあるから剣は使わねぇな」
鳴海は武術系の項目を飛ばし、魔法系の内容を確認した。
魔法系の項目は魔法に限らず、超能力や忍術、妖術から陰陽術といったものまで含まれているようだ。
魔法系の項目を読み終わったところで鳴海は本を閉じる。生産系、特殊系は読み流すことすらしなかった。
「なかなか面白かったが俺にはどれも必要ねェな」
「なぜですか? 多くの転生者はこの青の書でポイントを交換しますよ?」
案内人は目を丸くして鳴海に問いかけた。
魔法や超能力なんかは誰もが一度は使いたいと思うのが普通だ。
仮面の力を持っているとしても、それが簡単に手に入るのに興味すら示さない鳴海が不思議だったのだろう。
ここに訪れたかつての魂も鳴海のような選択をする者はほとんどいなかったはずだ。
「死んじまった俺が言っても説得力はないかもしれねェが、俺は自分の強さに自信を持ってる。それは俺の力が誰かに与えられたものなんかじゃなく自分自身の力だからだ。自分で鍛え上げ、研ぎ澄ましてきたからこそ俺は自分の力を信じられるんだ」
「そうですか……では青の書の転生特典は必要ないということですね? 本当によろしいんですか?」
「構わねェよ。ここに書いてあることは確かに魅力的だが、こいつに頼ったらいつか必ず痛い目を見る。それが俺にはわかる。もし欲しくなったら異世界に行ってから学べばいい」
一から自分で学んで得たもののほうが信頼できる。
そして何よりそのほうが人生は楽しいと鳴海にはわかっている。
「わかりました。では最後に緑の書です。この本には武器や防具、それから異世界で役立つ便利なアイテムについて記されています」
鳴海は最後の本を手に取って開いた。
「うおっ、マジか! 『勇者の剣』が10000ポイントもするじゃねェか。こんなにポイント貯められるヤツいるのかよ」
数ある転生特典の中でも『勇者の剣』は、必要ポイントが最も高い。
鳴海の貯めたポイントの倍以上を要求される最上級の特典のようだ。
「貴方が寿命まで生きていたら、もしかしたら貯まっていたかもしれませんよ」
「まぁ、だとしても俺は勇者ってガラじゃねェけどな。どっちかといえばこっちの『魔王の鎧』のほうが似合いそうだ。こっちも高すぎて無理だが」
武器、防具の項目を読み終わり、次の項目へと進んだ。
「ん? ちょっと待て」
ここまでほとんど興味を示さなかった鳴海が思わずページをめくる手を止めた。
初めて欲しいと思える物を発見したからだ。
「……この透視眼鏡って何でも自由に透視できるのか?」
「はい。どんなに厚い壁でも透かすことができます。その眼鏡をかければ、建物やダンジョンの外からでも敵の位置を確認できるので便利ですよ」
「だ、だよな。俺もそういう風に使おうと思ってたんだよ。これは神アイテムだな」
「ただし透視をするためには、平常心を保つ必要があります。少しでも興奮すると眼鏡が割れるので注意してください」
「ゴミアイテムじゃねェか」
いやらしいことに使えないよう、しっかり対策されていたことで鳴海は肩を落とした。
「なんか他におすすめのアイテムとかあるか?」
もはやページをめくる気力すら失い、特典を選ぶのも面倒になったので案内人に聞くことにした。
「ありますよ! これです!」
急に声のトーンを高くした案内人が指を鳴らすと、手品のようにパッと人形が現れた。
宙を泳いで近づいてくる手のひらサイズの人形を、鳴海は手で捕まえる。
その人形と目を合わせると鳴海は思わず顔をしかめてしまった。
「なんだ、こりゃ呪いの人形か? 気味が悪いな」
人形はまるで『早く殺してくれ』とでも叫んでいるかのような苦悶の表情を浮かべていた。
「え、かわいくないですか? 私の手作りなんですが……?」
「手作り!? ……あー確かによく見ればかわいい……かもな。うん、かわいい、かわ、いい……かわいいって何だっけ?」
「自信作だったのですが残念です。貴方とそっくりに作れたと思ったのに……」
「これ俺だったのかよっ!」
もう一度見てもムンクの叫びをさらに苦しそうした表情にしか見えない。
「それは『身代わり人形』といって一度だけ死を肩代わりしてくれます。使用者とそっくりに作らないと効果がないので、貴方以外の人は使えないので気を付けてくださいね」
「俺が使っても効果発揮してくれなさそうなんだけど大丈夫か?」
この人形が自分と似ているとはお世辞にも言えない。
人形の効果を信じて無茶をしたら、そのままあの世行きなんてことは絶対に避けたい。
「たぶん、大丈夫です」
「たぶんか、そっか~、たぶんか~」
「ポイントと交換しますか?」
「まぁ、あんまり保険をかけるのは好きじゃねェし、本当に効果があるか不安も残るが、せっかくのおすすめだしな。ありがたくもらっとくよ。いくらだ?」
見た目はともかく効果自体は悪くない。
どんなに強くても、たった一度のミスで簡単に命を落としてしまうということを、鳴海は身をもって知っている。
未知の異世界では何が起きるかわからない。
本当に身代わり効果があるのなら持っておいて損はないだろう。
「1000ポイントです」
「高くね?」
「頑張って作りましたから!」
「そっか~。頑張って作ったならそれぐらいするか~」
ここでやっぱりいらないと言って、少女の顔を曇らせることはさすがにできない。少女の笑顔に負けた鳴海はポイントを支払い『身代わり人形』を手に入れた。
「次のおすすめは――」
「待て! やっぱり特典は自分で選ぶからおすすめはもういい」
いらないアイテムをおすすめされても、断れる気がしない。案内人の少女を傷つけないためにも自分で決めるほうが良さそうだ。
鳴海はその後、生物以外なら何でも亜空間にしまっておけるという『亜空間宝庫』を入手した。
いつでもどこでも自由に出し入れできるため、普段からバッグなどの手荷物を嫌う鳴海にとって、これが500ポイントで手に入るというのは破格だった。
仮に残りのポイント全てと引き換えだったとしても、絶対に交換していただろう。
鳴海はさっそく『亜空間宝庫』に先ほどもらった『身代わり人形』を収納することに。
使い方を教わったわけではないが、ポイントを支払った時点で頭に『亜空間宝庫』の使い方が自然と浮かんできた。
手を伸ばすと、宙に沼でもあるかのように腕が沈んで消えていく。
そこに人形をしまい、亜空間を閉じる。
人形をしまう際に案内人が悲しそうな顔をしたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。