獣人
「とりあえず、こんだけあれば十分か」
盗賊から金貨や銀貨の入った硬貨袋をいくつもゲットできたので、これでやっと一文無しから卒業である。
他に奪った武器なんかは、全部売り払って金に換えることにする。
その分も加えれば、当面の間はしのげるはずだ。
真っ当に働いて得たお金ではないため、後ろめたい気持ちもなくもないが、今は考えないようにする。
回収は終わったので、もうこの場に用はない。
だが最後に一つやっておくことがある。
「リキ、向こうの茂み」
レティも気付いているようだった。
「おい! いるのはわかってる。出て来いよ」
わずかな沈黙の後、茂みが揺れて音を立てる。
そこから現れたのは、さっきすれ違った人物。
革装備の上に外套を羽織った狐耳の少女だった。
歳はレティよりいくつか上といったところか。
まだ少し幼い印象が残るものの、この少女からは不思議と蠱惑的な魅力を感じる。
細身の肢体。陶器のような白肌。整った顔立ち。
今でも十分美しいが、あと数年もすれば絶世の美女になるのではないかと予感させる。
「こいつらから逃げてたんじゃなかったのか? 何で戻ってきた?」
盗賊たちとほぼ同じタイミングで出会ったが、さすがに仲間ということはないだろう。
状況からしてこの少女も盗賊の襲撃を受け、追われていた被害者だ。
これほどの美貌の持ち主がもし捕まっていたら、身ぐるみをはがされるだけでは済まなかったかもしれない。
「自分の身代わりで他の人が襲われるのが嫌だっただけです。でも……」
狐耳の少女は自分の背丈ほどある長弓を取り出した。
それを構えて矢を番える。
彼女の紫紺の双眸はしっかりとリキを捉え、狙いをつけていた。
「戻ってきたのは失敗でした。まさか魔族だったなんて……」
「待て待て。盗賊にも言われたが俺は魔族なんかじゃねェ」
リキは慌てて両手を上げ無抵抗の意思を示す。
「ウソです。さっき右腕が魔族のモノに変わるところを見ました」
「魔族じゃねェ。あれは鬼の腕だ」
「オニ……? 知らない言葉で誤魔化しても無駄です」
「レティ、お前もなんとか言ってくれ」
「何を言っても無駄。言葉なんて届かない」
レティは誤解を解いてくれるつもりはないようだ。
諦めが早いのはきっと今までの経験によるものだろう。
魔女というだけで、どんな主張もかき消されてきたからだ。
魔法を使おうとするレティをリキは右手で制して止める。
「リキ、そこに腕があると邪魔」
「邪魔してんだよ。ちょっと落ち着け。向こうが撃つ前にこっちが撃っちまったらもう戦うしか――」
その瞬間、狐耳少女が放った矢が二人の間を通りすぎて後ろの木に突き刺さった。
「リキ……」
「よし……まずは戦う力を奪うか。話はそれからだ」
武器を奪うだけだとレティに念押ししてから戦闘に入る。
そうしておかないとこの魔女は躊躇なく命を奪いかねない。
戦いはあっという間に決着がついた。
鬼と魔女を相手に獣人が一人ではどうすることもできなかった。
遠距離から矢を放ってもレティの風で弾き飛ばし、腰から剣鉈を抜いて近接を挑んでもリキが圧倒的な力で制圧した。
武器を奪われたことで戦意喪失したのか、狐耳少女はそれ以上抵抗することはしなかった。
「これでやっと話ができるな」
「なぜ殺さないんですか? 魔族なら誰であろうと容赦なく殺すはずです。一体何が目的で……」
「だから魔族じゃねェって。盗賊だって一人も殺してないだろ?」
「…………」
狐耳少女の表情からはまだ疑念と警戒の色が浮かんでいる。
「俺はリキ。こっちはレティシア。お前は?」
「……ミズク」
「ミクズ?」
「ミ、ズ、クです!」
「悪い、悪い。お前みたいな大きな耳は持ってねェから、小さくて聞き取れなかったんだよ。だからそんな怒んなって」
名前を教えてくれたということは対話する意思があるということ。
そう判断したリキは質問を続けた。
「……お前、よく見たら傷だらけだな。盗賊にやられたのか?」
リキは戦う力を奪っただけで、ミズクには傷一つつけていない。
体中にある複数の傷は最初からあったものだ。
「違います! 盗賊なんかにやられたりなんてしません」
「でも盗賊に追われてたんだろ? 盗賊じゃねェならその傷は誰にやられたんだ?」
「これは……魔獣に襲われた時の傷です。その魔獣を倒した直後に盗賊に見つかって……万全だったら絶対逃げたりしません!」
負けず嫌いなのか、それとも盗賊相手に逃げたことを恥とでも思っているのか。
理由は知らないがミズクは鼻息を荒くしている。
「わかった、わかった。怪我は盗賊のせいじゃなくて魔獣ってのにやられたんだな」
リキからすれば別にどっちでもいいことだ。だがそれを言うと怒られそうなのでやめておいた。
「じゃあレティ頼む」
「身ぐるみを剥ぐの?」
「鬼かお前はッ! いや、鬼は俺か……まぁとにかく傷を治してやってくれってことだよ」
完全に和解する流れで話を進めていたのに、なぜそんな発想に至ってしまったのだろうか。
魔女の辞書に仲直りという文字はないのだろうか。
「翠の治癒」
優しい風がミズクを包み込んだ。
「え、え? 何、これ……?」
ミズクはなぜか混乱しているようだった。
レティの回復魔法のおかげでミズクの傷を瞬く間に完治した。
「今、何をしたんですか!?」
「回復魔法だよ。お前知らねェのか?」
「回復魔法は光の上位魔法のはずです! 風属性に回復魔法なんてありません」
「そうなのか? スマン、その辺は俺も詳しくねェからレティに聞いてくれ」
ミズクは視線をレティへと向ける。
「回復魔法が使えるのは光、風、水の三属性。一番すっごい回復魔法は光属性。でもレティは風属性が得意だから風の回復魔法を使う」
レティは淡々と説明した。
「だそうだ」
「風の他に水の回復魔法……? いいえ、やっぱり聞いたこともありません」
レティの説明を聞いてもまだミズクは納得していないようだ。
「まぁ、なんでもいいじゃねェか。傷を治せるなら光でも風でもよ。レティと違ってお前は魔女ってわけでもねェんだから、知らない魔法があっても別におかしくないんじゃねェか?」
「リキの言う通り」
「……待ってください。今、魔女って言いましたか?」
今更と言った感じだ。レティが魔女なのは見た目ですぐわかる。
しかし、リキはふと思い出した。
思い返せば、盗賊もレティを魔女の格好をしているだけの偽物と判断していた。
魔女はそんなにも珍しい存在なのだろうか。
「冗談、ですよね? そのローブだって何かの悪ふざけじゃ……」
「レティのローブは別にふざけてない」
「まさか……本物の魔女だって言うんですか?」
「レティは翠の魔女」
「――ッ」
ミズクは驚き、絶句した。
そしてその事実を否定するように首を何度も振ってから二人に告げる。
「ありえないです……だって魔女の血は1000年前に絶えたはずです!」
今度は二人の方が驚き、言葉を失うことになった。




