変わってる
リキはレティを連れて日の出と共に湖を発った。目指すのは村や街、とにかく人のいる集落ならどこでもいい。
レティと出会えたことでこの世界に人がいることは確定している。モンスターだらけで人がいない世界でなくて本当に良かったとリキは安心していた。
森を抜けるためにレティに道案内を頼みたかったが、どうやら彼女もこの辺りはよく知らないようだった。
「なぁ、思ったんだけどよ。昨日みたいに風の力でビューンって飛んでいけねーのか?」
いいかげん森の景色にも見飽きてきたところでリキはそんなことを言った。
空を飛べば森を超えるのも簡単だ。おまけに空を飛んで移動したほうが、目的地を見つけやすくなる。
「まだレティの魔力は少ししか戻ってない。それに空を飛ぶのはとても疲れる。ここは特に。だから遠くまではいけない」
リキの提案をレティは首を振って否定した。
「そうなのか」
楽できると思っていたリキは少しだけ肩を落とした。
それを見たレティは、
「それでもリキがやれと言うならやってもいい。レティが辛くて苦しくてもリキが心を痛めないなら」
「わかった、わかった、俺だけ楽しようとして悪かったよ。魔法のことは知らねぇからできるかと思って聞いてみただけだ。無理して空は飛ばなくていい、歩いて行こう」
「でもレティ一人だけならなんとかなるかも……」
「無理言ってすみませんでした。置いて行かないでください」
リキは背を正して頭を下げた。知らない場所でまた一人になるのは絶対に避けたい。
それにこの少女は冗談ではなく本気で言っているような気もする。少女の機嫌を損ねて見捨てられないようにしなければ。
空の旅は諦め、自身の足で一歩ずつ着実に歩んでいく赤鬼と魔女。
リキは念のため波動を感知しながら、周囲の警戒を怠らないようにしていた。
またいつ危険な敵が現れるかわからない。
リキもレティも前日の消耗が激しすぎて、一晩休んだだけでは完全回復とまではいかなかった。
さすがにヴォルガンのような規格外の敵はもう出てこないだろうが、角猿レベルでも今は相手にするのは勘弁してもらいたい。
負けることはなくてもあのレベルと何度も戦うことになるのは、さすがに煩わしい。
避けられる戦闘は避けていくべきだろう。
「昨日の森と違ってなんかこの森は平和だな」
波動の感知で何度も生き物の気配を察知しているが、襲って来る気配はない。
角猿がいた森はあちこちから危険な波動が伝わってきたが、この森はなんというか大したことのないレベルばかりだ。
「魔界は特別。あそこは強い魔獣がいっぱい」
「へぇ~。じゃあこの辺のヤツらはみんな弱いのか」
ゲームではたいてい主人公の実力に合わせた弱いエリアから冒険が始まるものだが、異世界転生はそういうわけではないようだ。
リキのスタート地点は初めから難易度の高いエリアに設定されていた。
スタート地点が固定かランダムなのかは未だ不明だが、ゆっくり実力をつけている暇もない、問答無用で強者に襲われる環境にいきなりリキは放り込まれることになった。
仮面能力者としての力とこれまでの戦闘経験がなければ、リキの異世界転生はものの数分で終わっていたかもしれない。
あまり転生者に優しくないシステムだ。
しかし、よくよく考えてみたらそうならないために転生特典なんてものが用意されていたわけで、それをほとんど酒に変えてしまったリキには文句を言う資格はなかった。
「今日中に森を抜けられればいいんだが……」
「たぶん無理」
「マジか……今夜はちゃんとした場所で眠りたかったんだけどなぁ」
凸凹の地面での寝覚めは最悪で疲れもあまりとれなかった。
一日野宿しただけで、もう暖かくて柔らかいベッドが恋しくなってきてしまった。
一日でも早くまともな生活環境を整えなければ、という思いがリキの中で大きくなった。
「レティ、そろそろ休もうぜ。もう結構歩いただろ?」
「レティはまだ平気」
「俺が休みてーの。少しぐらいいいだろ?」
「……わかった」
時計がないため正確な時間はわからないが、感覚的におそらく正午は回っていると思われた。
二人は早朝から出発しているので、すでに半日も歩き続けていることになる。
平気とは言っているがレティの体調は気がかりだ。
ヴォルガンとのことがなかったとしても、大人のリキのペースについて行くのは10歳前後の少女には厳しいはずだ。
また限界を超えて倒れてしまっては困る。それに無理をしても歩みは遅くなるだけ。この辺で一回休んでおくべきだろう。
「はぁ~疲れた」
大げさにそう言いながら、太めの木を背もたれにして座ると、レティもリキにくっつくようにして隣にしゃがんだ。
狭い場所ならともかく、広い森で二人してこんなにくっついて休む必要もないとは思うが、わざわざそれを指摘することはやめておいた。
この少女が隣で休みたいと言うなら別にリキは構わない。
思えば今朝もレティはリキが目覚めた時にはすぐ隣で眠っていた。
寝る前は離れていたことは覚えている。
無愛想ではあるが、案外この少女は人懐っこいのかもしれない。
「リキは……変わってる」
横に座ったレティが不意にそんなことを言った。
「そうか? まぁ、この世界の人間からすれば変わって見えるとは思うが……向こうの世界じゃ別に変な格好ってわけじゃねぇぞ」
「見た目の話じゃない」
「――?」
「普通の人は魔女と関わろうとしない。だから変わってる」
「魔女が嫌われてるって話か……」
別にリキは特別なことはひとつもしていない。
ただ普通に目の前の少女と接しているだけ。それだけで変わっていると告げられるほど魔女は世界に嫌われているようだ。
「魔女は世界から消えたほうがいいってみんな思ってる。魔女を好きな人はどこにもいない」
レティはリキのことを『世界が嫌う魔女を好きな変人』と思ったのかもしれない。
もし彼女がそんな風に考えているなら誤解を解いておかなくてはならない。
「……別に俺は魔女が好きだからって理由でお前を誘ったわけじゃねぇぞ」
リキがレティと一緒にいる理由に彼女が魔女であるかどうかは一切関係のない話だ。
「魔女のことは好きでも嫌いでもねぇ。というかそれ以前によく知らねぇ」
魔女が好きとか嫌いとか判断できるだけの情報をリキは持っていないのだ。
「ならリキはどうしてレティと一緒にいてくれるの?」
「そりゃあ、お前を気に入ったからだよ。魔女のレティだからじゃねぇ。龍を相手に一緒に戦ったレティだから、火をつけてくれたし魚も取ってくれたレティだから俺は気に入ったんだ」
好きか嫌いかは一人一人の人間性を見てから決める。
たとえ魔女が嫌われている理由を知っていたとしてもそこは変わらないと断言できる。
だから魔女という大きな括りでまとめて判断することは絶対にしない。
「普通はそんな風に考えない。魔女が何をしても魔女ってだけでみんな嫌いになる。この世界では普通のこと」
「ならその普通は間違ってるし、おかしいのは世界の方だな」
「……やっぱり、リキは変わってる」
「安心しろ。世界には俺みたいに変わってるヤツが必ずいるから。俺も一緒に探してやるよ」
世界は広い。リキのようにみんなが思う普通に疑問を抱く者は必ずいるはずだ。
探せば必ず見つかるはずなのだ。
魔女ではなくレティというひとりの人間をみてくれる人たちが――。




