最後の賭け
魔法陣の完成を阻止することはできなかった。
これから何が起こるのかリキには予測すらできない。
何が起ころうと、どんな理不尽が降りかかろうとも、全てを受け入れて生き残る手段を全力で探るしかない。
「足場が欲しい」
「足場?」
「俺は空中じゃ自由に動けねェ。お前の力で足場を用意できねェか?」
空を飛べない生物にとって地に足をつけられないというのは、自由を奪われ拘束されるに等しい。
だからまずはそれをなんとかしければならない。
格上の相手に選択肢まで狭められていては勝ち目なんて見えてこない。
選択肢が増えれば新たな可能性が生まれる。可能性とは希望だ。
全てを失ったとしても希望が少しでも残っているのなら人は生きられる。
ゆえにまずするべきなのは足場の確保なのだ。
「……やってみる」
もし少女にできないと言われたら、下手をすればその時点でこの戦いは詰んでいたかもしれない。
しかし少女はできないとは言わなかった。
リキたちにもまだ可能性が残されているということだ。
「よし! それから――」
リキの指示はそこで途切れた。
空の様子がおかしい。
天空に描かれた魔法陣――その紋様をかき消すほどの無数の光が突如出現した。
星ではない。
黒煙の影響で暗くはなっているが夜になったわけではないはずだ。
光は少しずつ近づいてくる。
空から近づいてくるということは、何かが落ちてきているということだ。
「まさか隕石か!?」
【終焉を告げる流星】―― 天の光は全てヴォルガンが生み出した火球だ。それが雨のように降り注いでくる。
本物の隕石ではないとはいえ安心することはできない。
一つ一つの火球が当たれば致命傷になり得る威力を秘めているからだ。
降り注ぐ火の雨に対し、リキたちは火球の合間を縫うように飛んで紙一重で回避していく。
リキは空中では身動きが取れないので回避は少女の風の力がたよりだ。
火球の位置を瞬時に判断し、わずかな生存ルートを選び続けていく。
自分一人でも難しいところを少女は二人分もやっている。
竜巻を生み自在に操る強力な風の力。冷静な判断力と正解を見極める目。おまけに何があっても揺らがない強靭な精神まで少女は持ち合わせている。
天才――リキは簡単にはその言葉を使わないようにしているが、少女の才能を認めざるを得なかった。
(風を操る力か……天才ってのは風に愛されるもんなのかねェ)
仮面能力者にも風を操る少女がいた。
リキは目の前の少女にかつての仲間の面影を重ねずにはいられなかった。
火の雨は勢いを増し、周辺一帯の大地は破壊し尽くされた。
もはや地上は生物が生き残れる環境ではない。
空中にいるリキたちも回避だけでは対処しきれなくなり、二人はそれぞれの技で火球を破壊し、安全圏を確保していく。
(これじゃあそう長くはもたねェな……)
このままではジリ貧。いずれ耐えきれなくなる。
一つミスすればそこから一気に崩れるだろう。
そうなる前にリキは決断しなければならなかった。
待っていても火の雨が止むなんて奇跡はやってこない。
奇跡とは自分で起こすものだ。
(危険だがやるしかねェか)
選択肢が残されているうちに動くしかない。
選択すらできなくなったら本当の終わりなのだから。
「このままじゃやられるのは時間の問題だ! 一か八か龍に突っ込むしかねェ。龍の近くなら隕石は落ちてこないはずだ」
ヴォルガンの近くにいれば火球を気にする必要はない。
もし火球を降らせればヴォルガン自身もダメージを受けるからだ。
ヴォルガンの近くが唯一火球から逃れられる安全地帯になっている。
しかしヴォルガンの間合いに入るということは同時に別の危険を伴う。
考え方よってはそこは安全地帯などではなく、この世で最も危険な場所とも言える。
魔法陣完成後、ヴォルガン自身は何も仕掛けずリキたちの方をただずっと眺めている。
火の雨を降らせている間は他の攻撃ができなくなるのか。それともリキたちが迂闊に懐に飛び込んでくるのを待っているのか。あるいはその両方か。
「龍に近づいたら足場を用意して俺をそこに下ろしてくれ」
リキは逆転のための策を少女に伝える。
それは最後の賭けだ。失敗すればもう打つ手がない。
「俺の最強の一撃を叩きこむ。だがそのためには力を溜める必要がある。力を溜めている間、俺は回避どころか防御もできなくなっちまう。1分……いや30秒だ。30秒だけ龍の攻撃から俺を守って耐えてくれ」
「…………」
少女からの返答はない。
それも当然だ。簡単に同意できる案ではないだろう。
リキの言っていることは自分のために命を捨てろと言っているのと変わらない。
「無茶を言ってるってことはわかってる……。龍の間近で30秒耐えるってことが、どれだけ長い時間かってのも理解してるつもりだ」
背を向ける少女にリキの言葉が届いているかはわからない。
それでもリキは必死に呼びかけるしかなかった。
「だがな……もうそれしか方法はねェんだ!」
「…………」
もしも30秒持ち堪えられたら、それだけでもう奇跡と言っていいだろう。
仮に持ち堪えたとしてもリキの一撃で龍を殺せる保証などない。
一撃で仕留められるかどうか。それ以前の問題としてそもそも攻撃を当てられるかどうかも怪しいところだ。
ヴォルガンの攻撃を耐える時点で1回。ヴォルガンを仕留める上でも1回。計2回の奇跡を少女とリキがそれぞれ起こさなければならない。
普通に考えたらどう考えても不可能と言わざるを得ない。
「俺はお前の力を信じてる! だから……」
それでもリキはこの少女なら不可能を可能にしてくれると、必ず奇跡を起こしてくれると信じて疑わない。
「だからお前も俺を信じてくれ!」
仮面能力者としてこれまで何度も苦難を乗り越えてきたリキは、自分の力に絶対の自信を持っている。
自分が殺された時だって守りたいものは守り通した。
このままでは終わらせない。
この状況をひっくり返す力が自分にはあると自信を持って言える。
あとは少女がリキを信じられるかどうかだ。
それができなければ始まらない。
「……信じてる」
その短い一言に、どれだけの想いが込められていたかは想像するのも難しい。
けれど十分だった。余計な言葉はいらない。
リキが少女を信じ、少女もリキを信じている。
それさえわかっていれば十分だ。
それさえできれば奇跡はきっと起きる。起こしてみせる。
「おう! 任せろッ!」
反撃の狼煙を上げる一声が辺りに響き渡った。




