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#9 魔界と魔族

 ある晴れた昼下がり。荷馬車がゴトゴトと車輪を鳴らす。ラザロとの戦いを終え、俺達は帰路へついていた。

 見渡す限り長閑な田園風景が広がっている。畑の真ん中を走る未舗装の道路を、馬車は軽快に走行していた。

 思えば馬車に乗るのは初めてだ。人力車ならあるが。自家用車すら持っていない俺の主たる移動手段は、遠方なら電車。近場なら自転車である。


 馬車には既に体感で5時間くらいは乗っていると思う。その間俺は、イリヤさんからこの世界についての話を色々と聞かせてもらったり、逆にイリヤさんや何故かキラキラした眼差しでこちらを見つめてくる兵士達に俺が体験した異世界転移の詳細について語って聞かせたりしていた。


「それ、ホントか?」


 イリヤさんは話を聞きながら疑り深い眼差しを投げ掛けてくる。まぁ無理もないか。俺だって多分、他人から同じ話を聞かされたらすんなりとは信じはしないだろう。だが、


「残念ながら、真実なんです」


 と答えざるを得ない。


「そしてアルコール・コーリングのスキルを授かってこっちの世界にやってきたんです」


「ふーん、そうか。まぁそういうことにしておくか。実際、大した働きぶりだったわけだしな。で、どうしてお前がそんな大役に抜擢されたんだ?」


「それが俺にもよくわからないんですよね。特別すごい人間ってわけじゃないですし。あ、いや、てか底辺寄りですね」


 俺は分不相応な自尊心とは無縁である。だからこうやって自分を正しく客観視出来るのだ。涙出てきた。


「もうすぐ王都ですぜ、イリヤ様」


「あぁ」


 後ろを振り向いてそう教えてくれた馬を操る兵士へ返事するイリヤさん。王都ロメリア、それが俺達の向かっている場所。


 ロメール帝国。世界最大の領土を誇る多民族国家。その王都がロメリアである。


「このところ帝国領内において異人種の反乱が相次いでいる。ゴブリンやコボルト、オーク、ゴリアテ……主に蛮族と称される連中が各地で小規模な武装蜂起を引き起こしている。連中を焚き付け、ロメール帝国を内部から崩壊させようと企む者達が暗躍している可能性が高い」


「それが魔族、ですか」


 ラザロと対峙した時、イリヤさんが言っていた。“敵”であると。


「そうだ。この世界には我々が住む“人界”と魔物達が住む“魔界”が存在している。魔族とは魔界を統べる高度な知性を持った種族の総称だ」


 つまり、人界における人間のようなものか。その世界における生態系の頂点。


「魔導師の間では、魔界は人界の裏側に位置すると認識されている」


「裏側?」


「普通に往来することは出来ない場所だ。しかし特殊な条件下では二つの世界が接続され、生物の行き来が為されることもある。お前もさっき見ただろう」


「ケルベロス……」


 魔法陣、か。ラザロは魔法を使って魔界からケルベロスを召喚していたのか。


「そうだ。あれは術師によって作り出された魔法陣だが、自然に魔界とのゲートが開くこともある。様々な条件が重なり一か所に魔力が大量に滞留した場合などは、巨大なゲートが形成され魔物が大挙して人界に入ってきたりする。

 反対に魔導師であれば開いたゲートを通じ魔界へ行くことも可能になるわけだ。とはいえ、魔界へ行って戻ってきた人間はほとんどいないが」


 ということは、魔界とは異次元のような場所か。


 秘書さんは「異世界の危機を救って欲しいの」などと言っていた。ここまでのイリヤさんとの会話の中で、俺がやるべきタスクが見えてきた気がする。

 魔族に狙われている世界を、俺の力で救うこと。これが当面の目標かな。


「あ、そういえば魔力って一体何なんです? 俺のいた世界には無いんですよ」


 そう、こういう基礎知識は大切だ。ネット環境が無いので気になっても検索できない。知ってる人に尋ねるしかないのだ。俺のような雑学マニアにとっては致命的だ。


「そうだな、そこは説明しておく必要があるな。魔力はこの世界では至るところに存在するありふれたものだ。大気中にも含まれているし、木々にも、我々のような生物の体内にももちろん、ある。万物は少なからず魔力の影響を受けているし、魔力を利用もしている。

 私は魔法を使わないからそう詳しくは解説できないが……魔導師であれば大気中に存在する魔力を使って様々な現象を引き起こすことが可能だ。これを一般的には魔法と呼んでいる」


 ふむふむ、魔力はどこにでも存在する、か。だったらこの世界にやってきた時点で俺もその影響下に置かれているわけだ。さっきラザロの放った攻撃魔法が俺に一切ダメージを与えなかったのは、もしかしたら無意識のうちに俺が防御魔法を使っていたせいかもしれない。魔法の才能、あるんじゃないか!? これは期待できそう。


「ちなみに魔族が直接的に人界へ侵攻してこないのは、彼らがこちらでは充分な力を発揮できないからだ。逆に人間も魔界においてはそう長くは活動できない。そこに流れている大気の組成がまるで異なるからだ。魔界は人界とは比べ物にならないほど濃密な魔力に満ちている。よって魔族や魔物は人界では充分に力を発揮することが出来ない。だから彼らはこちらの世界の異人種を煽り、間接的に攻撃している」


「陰湿なやり方ですね」


「もっとも、過去には正面から戦争になったこともあるがな。お前も魔族の者と戦ってみて分かっただろう。力を充分に発揮していないにも関わらず、あれ程の脅威になるのだ。単騎ならまだしも物量作戦で来られたら、我々が勝てる保証は無い」


 会話の最中、轍を踏み走行していた車輪の音が変化した。地面が土から石造りの道路へ。そして長閑な田園風景の向こうに巨大な城塞が見えてきた。城塞下部には壮麗なアーチを描く石造りの門がある。ぐるりと都市全体を覆っている城壁の高さは目測で10メートル以上あるだろうか。


 城郭都市だ。しかも相当規模が大きそうだ。


「あれが……」


「ロメール帝国王都、ロメリアだ」


 イリヤさんが言った。

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