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#7 俺だけの戦い方

 ケルベロス。ギリシャ神話における冥界の番犬。確か神話の中では三つ首だったはずだが……こっちの世界のやつは普通の犬みたいだ。しかし体のシャープなラインからは不釣り合いなほどに巨大な両顎、やや湾曲し“返し”のようになった鋭利な歯、そして真紅の瞳、口からどす黒い瘴気を吐き出している点がいかにも邪悪で、魔界の生物って感じだ。


 俺に向かい大口を開けて落ちてくる一体を観察しながら、感想を胸に抱く。

 常人ならそんな悠長なことはしていられないだろう生死の境目にあってなお、俺は冷静であった。


「了解」


 小さく呟く。スキルによるチェックが完了した。ケルベロスの体の構造は普通の犬とほとんど変わらない。ならば対処法は……。


 巨大な顎が俺の頭部を挟み込まんと迫る刹那、俺は動いた。半身になって回避する動作と共に右手に握ったナイフが宙に翻った。その動線は(あやま)たずケルベロスの喉元を通過、頸動脈を深く傷つける。


 目で確認する必要など一切無かった。そして、一体一体倒したことを確認している暇もまた、無い。

 森の中から続々とケルベロスが駆けてきたからだ。いよいよ、俺たちを皆殺しにするべく“狩り”を開始したようだ。だが残念ながらこいつらの知能では理解できないだろう。本当に狩られるのはどちらか。


 “酔えば酔うほど地獄耳”。音の反響をソナーのように用い、この夜に沈む森の中でも昼間よりはっきりと地形や生物の居場所、動きを捉えることが可能となる。俺は聴覚によって、一帯のあらゆる情報を獲得、それを基に最適なアクションを取る。


 背後、どうやらイリヤさんも戦いを開始したようだ。鋭い剣の一撃がケルベロスを両断してゆく。その様も、はっきりと“聴こえる”。

 あっちは何の問題もないだろう。俺は俺で、こっちの犬っころの対処に徹すればいい。


 俊敏かつ力強い動きで木の幹を蹴り渡り、上空から二体。そして地上から三体。スキルのソナーは完璧に同期したと見えるケルベロス達の動きのほんのわずかな時間差を見逃さない。


 最初に来るのは、上空の二体。頭を下げ、俺は一歩、左足を前に踏み込む。視界に地上の三体を収めながら左手を真上に伸ばす。タイミング的にはここだ。ちょうど、俺の頭上で噛み付き攻撃を空振りしたケルベロスの前肢がある。掴み、引き、宙にあるケルベロスの体をまるで打撃用の武器のようにして前方の一体の頭部目掛けて叩きつける。

 続いて前方へ体を投げ出し、突進してくる敵とすれ違う。体勢を立て直しながら、今し方激突してもつれあっている二体のケルベロスの頭部にナイフを突き刺して始末。


「ふぅ……」


 ここで軽く呼吸を整え、状況確認。まだ……あと六体残っている。対峙している三体の他に、低木に身を潜め飛び掛かる機を窺っている連中がいるわけだ。

 イリヤさんの方にもたくさん群がっているが、あっちの連中はかわいそうだな。微塵に切り刻まれバラ肉に成り果てている。表情一つ変えず、淡々と作業をこなす女騎士。さすが、だ。


 だが気になる動きをする奴がいる。樹上を軽やかに跳んで移動しながら、地上の戦闘を遠巻きに眺めているだけの個体。しかも、そいつはケルベロスのように四足歩行ではない。二足歩行だ。人間、か?


 飛び掛かってきたケルベロスと肉体を交差。すれ違い様に逆手で持ったナイフを耳の下に叩き込んで、刃先を回転させて肉を抉りながら引き抜く。突進してくる一体の顎を真下から蹴り上げて牽制、もう一体が地面から飛び上がる前に、一歩踏み込んで鼻先へ右ストレートをクリーンヒット。流れる動作で握り締めた拳を縦拳へと切り替える。すると逆手に持ったナイフの刃が下へ向くことになる。左手を拳に被せて杭打ちよろしくケルベロスの眉間に深く突き刺す。更にバーコードリーダーにカードをスキャンさせるかのようにナイフを肉の中でスライドさせて脳を穿(ほじく)って抜き、蹴りで怯んでいた一体に投擲、左眼窩の下あたりにヒット。

 残りの奴らは……まだ動かない。どうやら力量差を理解したか。


「妙だな……」


 樹上を移動している謎の人物がどんどん俺から離れていく。イリヤさんの方へ。それに追従する残りの三体のケルベロス。


 地面にのたうっているケルベロスに取り付き、ナイフを(こじ)って抜き、俺は駆けだした。嫌な予感がする。走りながら、俺はスキルを謎の人物へと向ける。体重をまるで感じさせないふわりとした移動方法。人間一人の体重を到底支えられそうにない頼りない細さの枝を難なく足場にしている。


 敵かどうかこの時点で判断は出来ないが……。


「まっ、敵でしょ」


 状況から見て味方とは思えない。俺は右手をスイングさせ、ナイフを対象人物へ投げつける。移動速度、距離から推定し、次に枝へ飛び乗るタイミングで大腿部に刺さるように調整する。


 が、しかし。


「……っ!?」


 有り得ない事が起こった。そいつはナイフが自分に向かって飛んできていると察した瞬間、何もない空中を“蹴って”軌道を修正したのである。


「魔法使いか!」


 宙で身を捻りながら猫以上の身軽さで謎の人物が地上に降り立った。イリヤさんと約5メートルほどの距離を置いて。


「イリヤさん!」


 女騎士の横に並ぶ。背後で馬を守る兵士達も謎の人物の登場にざわついている。


「無事だったか」


「ええ、それよりもコイツ……何者でしょうね?」


 ボロボロの黒いローブを纏った人物がゆっくりとした動作で膝立ちの状態から起き上り、フードを外して俺たちに顔を晒した。


「よくぞ……この私の存在に気付いたな」


 まるで生気を感じさせない青白い顔をした禿頭(とくとう)の男が言った。その瞳はケルベロスと同じく真紅に輝いている。


「そうか、お前が今回の一件の黒幕ということか」


 得心したようにイリヤさんが言った。


「黒幕って?」


「突如反乱を起こしたゴブリン、本来魔界にしか棲息しないはずのケルベロスの出現……全てお前の仕業だな、“魔族”の術師よ」


「……いかにも」


 男の両手が開かれ、その動きに合わせて大地に赤黒く輝く魔法陣が二つ展開する。低く唸りこちらを威嚇するケルベロスが二体、そこから出現した。


「なるほど召喚術師か。どうりでこの私がケルベロスの気配を察知出来なかったわけだ」


 召喚術師、か。合点がいった。ケルベロスは森に身を隠していたのではなくこいつが魔法陣を使って召喚したものだったのか。そしてこいつが……“魔族”か。


「しばしお前たちの戦いぶりを見させてもらった。魔界の猟犬相手を歯牙にもかけぬ強さ……驚嘆に値する。さすが帝国最強の女騎士と称されるだけのことはある。が、その男は何者だ?」


 そう問われてイリヤさんはちらっと俺の方を見、若干困惑した表情を浮かべた。え、なに今の微妙な顔。


「見ての通りだ」


 良い説明が思いつかなかったのだろう。凄く雑な回答をイリヤさんは返した。


「はい、見ての通りのイケメンです」


 仕方がないので俺は、ゴブリンから奪った腰布だけを纏った勇壮な姿で堂々と胸を張った。


「わからんな。お前からは何も感じない」


 ……さらっとディスられた!?


「まぁいい。単なる雑魚でないことはわかった。我ら“魔族”の人間界侵攻の障害とならぬよう……ここでまとめて死んでもらうこととしよう」


 一際強く、男の瞳が輝きを放つ。全身から瘴気が漂い始め、男の両手に向かい凝集してゆく。戦闘モード、ということか。


「我が名はラザロ……冥界への(はなむけ)に、この名を刻むがいい!」


 漆黒の魔弾が、突き出された男の両腕より射出される。二つが一つに合わさり巨大なエネルギーの奔流となって迫る。


「ふん、悪くない魔力量だ」


 対するイリヤさんは全く動じることなく不敵に笑い、次の瞬間、その剣が上段から袈裟斬りに振るわれた。


 キン!


 硬質な音が鳴った直後、魔弾はパックリと割れて軌道を逸れ、背後の木々に激突して爆発した。


「うおっ!?」


 衝撃波が俺の体を震わせる。あんなもの、直撃したらひとたまりもない。太い木の幹が爆発によってへし折れてしまっている。あれがもし人体だったら……考えたくもない。


「が、相手が悪すぎたな」


 女剣士は切っ先をラザロに向け、絶対の自信を孕んで言ってのけた。

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