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#6 実地試験

「もうすぐだ」


 イリヤさんが言う。この森をもう少し歩いた先に馬車が停めてあるそうだ。そこで仲間の兵士達が待機しているという。仲間がいるなら連れてきたらよかったのでは? と言ってみたところ、「必要ない」という答えが返ってきた。


「大勢で動けば敵に察知されやすくなる。それに見通しの悪い森の中の戦闘になれば同士討ちの危険性も高い。私が単騎で乗り込むのがベストだ」


 これはつまり、イリヤさんの戦闘能力がそこいらの兵士が束になっても敵わないレベルであるということ。まぁ一緒にゴブリンと戦ってみてあの剣筋を見せられたら頷かざるを得ないか。


 もう、俺達を追ってくる者達の気配は無い。俺はイリヤさんの後をついていきながら森を進んでいた。


 体が妙に火照っている。激しい運動をした後だから、というだけの理由ではない。喧嘩すらロクにしたことのない小市民な俺がいきなり命の取り合いに巻き込まれて、難なくその状況を突破出来たことに対する動揺、困惑。


 アルコール・コーリング……“酔えば酔うほど地獄耳”か。恐ろしいものだ。圧倒的な耳の良さが戦闘においてこれほど有利だとはな。

 けれどまさか、異世界に来て早々殺し合いの場面に遭遇するなんて思いもしなかった。これもあの“道先案内人”の秘書さんのサービスかな。命の軽い世界……その通りだ。


「お前、異世界転移とか言っていたな?」


 暫し無言で草を掻き分け歩いていた女騎士が、唐突に俺に話しかけてきた。


「えっ、はい」


「そっちの世界でも、戦士として働いていたのか?」


 広葉樹を抜けて届いてくる頼りない月明かりの下、イリヤさんはまるで夜行性の動物のようにすいすいと軽快に移動している。俺の方を振り向きもせず、そんなことを訊いてきた。


「いえ、戦ったのは……今日が始めてですね」


「にしては、躊躇が無かったな」


「え?」


「命を奪うことについて、だ」


 あぁ、言われてみれば……そうだな。俺はゴブリンを一体、この手で殺めたんだった。あの時は必死だったし、体が自然に動いた。


「どんな兵士であれ、たいてい最初は躊躇うものだ。たとえ異人種であっても、そう平然と殺すことは難しい」


「……」


 ごもっとも、だ。だがイリヤさんの口調は淡々としていて、ゴブリンを殺した俺を責めている風ではない。


「似ているな、この私と」


「……え?」


 うっすら、イリヤさんは口許に笑みを浮かべていた。やや乾いた笑いを。


「稀にいるんだよ。本人も気付かない場合がほとんどだが、あんな風に命を奪うことに関しては無頓着な奴がな。かといってお前を非難はしない。私とて、これまで数限りなく殺してきた。お前の性質は私と似ている。戦士としての適正がありそうだ」


「そ、そうですかね……」


 喜んでいい場面なのか? うーん。


「あ、でも俺の場合は酒が無いと戦えないんですよ」


「は?」


 異世界転移のことを話してしまったのだし、スキルについても喋ってしまって問題ないだろう。そう判断し、俺はアルコール・コーリングについてイリヤさんに語った。神界にて授かった特別なスキル、それを用いた戦い方、酒がスキル発動のトリガーになること、普段の俺があまり役には立たないことまで。


「信じがたいが、嘘を言っているようには見えんな。何より先程のお前の体捌き……まるでゴブリンの動きを先読みしているようだった」


「それもスキルの力です」


「“酔えば酔うほど地獄耳”、か。あれだけ戦えるなら大したものだ。ところでお前、この世界でどこか行く宛はあるのか?」


「いえ、全く」


「ならば私が一旦身柄を預かろうと思うが、どうだ?」


「えっ!? いいんですか」


 この申し出は有難い。知り合いも寝床も金も、今は何もない。全裸で放り出されたからね。早くこの蛮族みたいな腰布ファッションをやめて普通に服を着たい。


「あぁ、構わん。まずは兵と合流し王都へ戻るとしよう」


 そう言うと森の向こうをイリヤさんは指差した。木々の隙間から松明の明かりが見えている。どうやら仲間のところへ辿り着いたようだ。


 ところで先程からアルコール・コーリングの効力は切れていた。神界の酒は抜けるのが早いようだ。あるいはあれは、あくまで俺にスキルの感触を確かめさせるだけに飲ませたものだったか。初回の戦闘のチュートリアル、みたいな。


「様子がおかしいな」


 突然、イリヤさんは歩行速度を上げた。


「えっ?」


 早足になったイリヤさんはすぐに拓けた場所に到達し、周囲を見回し始めた。

 慌てて追いかけて、その横に並ぶ。一台の馬車と、二ヶ所に松明。


「何事だ!?」


 イリヤさんの鋭い声。右手側、馬車を牽引する馬の向こう、3人の兵士が剣を構えて立っていた。


「イリヤ様!」


 焦燥感を含んだ兵士の返答。聞こえてくる、低い唸り声。彼らの対峙しているものは……野犬か? 発光する真っ赤な瞳が見える。普通の犬なら、あんな風な目はしていないだろう。


「ケルベロス……“魔界の猟犬”が何故ここに?」


 イリヤさんの呟き。


 森の木々が、ザッと鳴る。

 唸り声は、前方のみではなく俺の背後からも聞こえてきた。森のあちこちから鮮血のような赤い瞳がいくつも出現し、俺達を見据えていた。


「まさか、囲まれたんですか!?」


 いつの間に? いくらスキルの効果が切れたとはいえ、こんなに数がいたら普通に気がつくだろう。何より、イリヤさんがこいつらの存在を気取れなかったとは思えない。いきなりその場に出現したかのような。


「ゴブリンどもの反乱……ケルベロス……やはり“魔族”が関わっているのか」


「どういう意味です?」


「“魔族”とは我々の敵だ。詳しく説明している暇は無い。戦えるか!?」


「いえ、酒を」


 俺の返答を聞くや否やイリヤさんは馬車の荷台へ飛び乗り、中に積んであった麻袋を漁り始めた。やがてすぐに目当てのものを発見し、俺に投げて寄越した。


 それは年季の入った銀の小型水筒(スキットル)だった。


「兵士の飲みかけだ。それしかない」


「充分です!」


 蓋を開け、蜂蜜みたいな妙に甘ったるい味付けのされた酒を一息に飲み干す。喉の奥がカッと熱くなる。そこそこのアルコール度数がありそうだ。

 酒精を含んだ肉体は途端にスキルの影響下に置かれる。

 途端に全身の細胞の一つ一つが覚醒するかのような感覚が襲う。音の洪水が鼓膜に叩き付けられる。


「ロングソードは扱えまい」


 俺の隣に降り立ったイリヤさんは小ぶりなナイフを手にしていた。


「使わせてもらいます」


 得物を受け取る。そしてスキルのアンテナを周囲へ。


「数が多いな。いけそうか?」


「どうせやれなきゃ、死ぬんでね!」


 じりじりと包囲の輪を縮めてくるケルベロスの群れ。ルックスは、ドーベルマンに近いか。だが深紅の瞳と異様に発達した顎、鋭い牙が特徴的だ。噛み付かれたら肉を簡単に抉り取られそうだ。


「お前達は馬を守れ。帰りの足が無くなるのは面倒だ」


 兵士達に指示を飛ばし、彼らに代わり最前線に立つ女騎士。右手は剣の柄にかかっているが、まだ抜いていない。


「あの……俺は何をしたら?」


「自由に動け。だがさっきのゴブリンとは訳が違うぞ。油断はするな。お前がどれほどのものか……この私が見定めてやる」


 ほほぅ、実地テストというわけか。面白い。もちろん俺もこんなところで死ぬつもりは毛頭無い。

 ケルベロスは、包囲網を狭めつつ飛び掛かるタイミングを待っている。俺達のうち誰かが隙を晒すのを。

 

「そういうことならイリヤさん、しっかりと確認をお願いしますね。俺が戦士として、どれだけやれるか」


 野性の肉食獣は群れから外れた獲物を狙う。俺はおもむろに背後の森へと近付き、いくつもの赤い瞳へ向かい声をかけた。


「さぁ、こっちは準備万端だ。いつでもどうぞ」


 頭上。

 木の幹に鋭い爪を食い込ませて待機していた一体が跳躍、俺に向かい落下してくる。


 わかっている。見るまでもない。ギリギリまで引き付けてから、俺は顔を上げた。


「試験開始、かな」


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