#5 はじめての戦い
今回は主人公の初戦闘回です。
本作の戦闘シーンの雰囲気を味わってもらうにはうってつけ!
ここを気に入って頂けたら多分今後もっと楽しんで頂けるはずなので……アレとか、アレとか、くださいね?ねっ?
アルコール・コーリング。
“酔えば酔うほど地獄耳”になるという、異世界転移の際にダーツで俺が引き当てたチート(?)スキルである。
野蛮なゴブリンがいかにも野蛮な得物を持って駆け寄ってくる。左右から1体ずつ。後ろの1体はまだ静観を決め込んでいる様子。
耳が良くなるスキルというのは、単に周りの音がよく聞こえるという効果に留まらない。その程度の良さではない。使ってみて、はっきりとわかる。
アルコール・コーリングの特徴をより正確に言うなら、自分の聴覚を対象のすぐ傍へ飛ばす、ということになるか。だから距離は関係ない。空間を伝わる音波の、届く速さを考慮する必要はない。
更に、音の反響を利用してソナーのように周囲のものを把握することも可能。これにより俺は今、夜闇の中にありながら昼間と同じように“見えて”いる。
スキルによって圧倒的に鋭敏化した聴覚。それに他の感覚器官がしっかりついてきている。これもスキルによる影響だ。
ある日突然1つの感覚器官が研ぎ澄まされても、人間は訓練なしにはそれを扱えない。一般的な乗用車に慣れている人間が突如F1マシンに搭乗しても乗りこなせないのと同様だ。
いきなり人間の限界を越えた聴覚を獲得しても、もたらされる膨大な音の情報を処理することは出来ない。これが道理だ。しかし、アルコール・コーリングは限界突破した聴覚から怒濤のように雪崩れ込んでくる音の洪水を、何の問題もなく俺に理解させている。
つまり聴覚のレベルに合うように、他の感覚器官すらアップグレードされているのだ。そして脳も、ありとあらゆる音を並列処理し、俺に必要な情報だけをもたらしてくれる。
ゴブリンが振り下ろす棍棒があとコンマ何秒で俺の頭部に触れるのかを音の反響で把握する。そして最小限の動きで俺は回避する。半身になり、棍棒を空振りさせた。
ゴブリンはバランスを崩した。その顔面へ俺の右手が伸びる。軽く指先で、目をこすってやった。その鋭い痛みにゴブリンがうめいている隙にもう一体へ向き直る。攻撃は来ない。この位置取りでは棍棒が仲間に当たる可能性があるからだろう。躊躇が表情から窺える。そして俺の動きに対する、驚き。
「仲間思いだな、お前」
一歩踏み出す。これは牽制。
今の俺にはゴブリンの呼吸はもとより、心臓の鼓動も、筋肉繊維の引き絞られる音すら聴こうと思えば聴ける。これはつまり、ゴブリン本人ですらまだ意識に上っていない体の動きを、俺が先読みしているに等しい。
何を仕掛けてこようと、俺はそれに対応できる。
強気にもう一歩。これで眼前のゴブリンも攻撃してくる気になっただろう。
指を立て、クイッと自分の方へ曲げて、「おいでおいで」と挑発する。このジェスチャーが異世界でも通じるかどうかは知らないが少なくとも、目の前のいかにも脳筋なゴブリンはあからさまに憤怒の表情で棍棒を高く持ち上げた。
「おう、いい感じだね。そのまま、やってくれ」
俺は言った。位置取りは絶妙だった。ゴブリンの怒りに任せた棍棒の振り下ろしは俺の頭頂部へ。が、もちろんそのまま喰らうわけはない。俺は左方向へ身を投げ出していた。
アルコール・コーリングにより、俺は理解していた。体勢を立て直したもう一体が横薙ぎに棍棒をフルスイングしているのを。
俺が直前までいた空間で、2つの棍棒が激しくぶつかりあった。
ビギィ!!
呆気なく、割れて破片が飛び散る。
二体のゴブリンが驚愕して顔を見合わせた。
宙を舞う破片の落下地点へ滑り込み、キャッチ。そのままアンダースローで投擲。折れてささくれだった破片はゴブリンの喉へ突き刺さった。
「ギエェ!!」
奇怪な悲鳴を上げ、身を丸めて横倒しになるゴブリン。
「まずは、一体」
そう告げた俺に向かって丸腰になったもう一体が突っ込んでくる。巨体の力士の突進のようだ。そのまま受けたら間違いなく、背後の木の幹に叩き付けられて全身の骨を粉々に砕かれてしまうだろう。
「そして……」
が、そうはならない。俺に気を取られ過ぎていたゴブリンには背後から迫り来る女剣士の姿は見えていない。高速で駆け、追い抜き様、冷酷無比な剣閃が下から跳ねて醜悪なゴブリンの頭部を切り飛ばした。勢い余って地面をスライディングし、女剣士は髪を振り乱して立ち上がった。
高く舞い上がった頭部が緑色の血液をこぼしながら回転して、主を失った胴体に当たってバウンドする。
「これで、全員だな」
女騎士が乱れた髪を掻き上げながら言った。
ゴブリンのリーダー格であった1体は、俺が戦っている間にとっくに始末されていた。静観していた1体も、戦闘に加わるかどうか逡巡している間にイリヤさんに斬り伏せられていた。
剣を振るい付着したゴブリンの血液を払い飛ばして、イリヤさんは納刀した。
「少し見ていたが……お前、一体何の武術を学んでいる?」
怪訝な表情のイリヤさん。俺の小市民的風貌には似合わない動きに見えただろう。だが武術ではない。
「単なる我流です」
そう、これがアルコール・コーリング。実際使ってみれば……なかなかどうして強力なスキルじゃないか。