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#22 イリヤさんのご褒美

 窓から陽光が燦々と降り注いでいる。窓際のベッドに寝かされている俺はあまりの眩しさに目を細めた。

 廊下をバタバタと人が行き交う足音を聞くともなく聞いている。やることがなくて暇だから。


 ここはサンロメリア城2階にある傷病人用の療養室。兵士に怪我は付き物、だからこういった部屋がたくさん城内には存在しているらしい。俺は贅沢にも個室だ。だからといって室内に何か楽しめるものが置いてあったりはしない。当然テレビもラジオも、スマホもない世界である。


 日がな一日、窓から外を眺めるくらいしか出来ない。カーテンを閉めてても面白くないので全開にしているが、さすがにこの日差しはキツい。誰か呼んでみるか。それとも自分で無理に体を動かしてみようか。


 いやぁ、やはり止めておこう。怪我が悪化したら困る。


 さて、なぜ俺がこんな所で寝ているのかというと、コークスとの試合で負った怪我のせいである。手首と足首の捻挫だ。包帯で両手首と両足首を分厚く巻かれ、両足は天井のフックとつながった包帯で吊り上げられている状態。


 格闘技経験無しの俺が、全身筋肉野郎のコークスをあれだけ派手に殴ったり蹴ったりしたのである。肉体へのフィードバックは激しかった。特に打撃の際に反発を強く受けた手首と足首は試合直後から見事に腫れ上がってしまった。試合中に痛みを感じなかったのは、脳内麻薬がドバドバ出ていたせいだろう。本当に、人体はよく出来ている。肝心な場面では痛みを誤魔化したり、普段以上のパワーも発揮できるのだ。


 で、せっかく“剣と魔法の世界”へ転移したのだから、この程度の怪我なら魔法でサクッと治せたら良かったのだが……。事実、城へ運び込まれた俺は魔導師達に取り囲まれ何らかの術を受けたのである。しかし、残念ながら俺に治療魔法は全く効果が無かった。魔法が一切効かない俺の異世界転移者ならではの体質がここでもバッチリ作用したわけだ。


「ぐわーっ、どんどん痛くなってきました!! は、早く何とかしてくれませんっ!?」


 というような悲痛な願いも虚しく、


「ううむ……素朴な治療法を施すしかないか。諦めろ、魔法適性が全く無い奴には回復魔法も意味がない」


 非常に冷たくイリヤさんは宣言した。


 悲しいかな、俺は異世界転移者。攻撃魔法のみならず治療魔法さえも一切効かず、こうして物理的な治療を施されて現在ベッドで静養しているというわけである。


 試合の後すぐに俺は担架でここへ運び込まれたので、試合場の熱狂っぷりについては口伝(くちづ)てに聞いた。イリヤさん曰く、あの後一時間以上“サックコール”が鳴り止まなかったのだそうだ。俺の名前はサックではないが、通名がそんなに呼びやすいならもうそれに甘んじておく。


 コークスは、気絶してはいたが命に別状は無かったそうだ。これは殴りながら俺もスキルで確認していた。最後の打撃のラッシュも、筋肉の分厚いところばかりを打ったから致命傷にはならなかっただろう。それでもしばらくは身動きすら取れないだろうが。


「これから奴を待ち受けるのは、想像を絶する地獄だ」


 イリヤさんはそう言っていた。

 奴は恨みを買いすぎている。俺との戦いに負け名声は地に落ちた。そして肉体にも深刻なダメージを負っている。そこを狙ってコークスへ復讐せんとする者達が次々とやってくるだろう。それに加えコークスを倒して名を上げようとする輩も、コークスの財産狙いも小悪党も、休む暇なくコークスを襲撃してくることになる、と。


「ま、自業自得だ。力に溺れ、我欲を喰らい過ぎた者の末路だ」


 この意見には俺も賛成だ。もう少し自重しておけば良かったものを。


 色々と思い起こしたり考えたりしていると、病室のドアが開いた。イリヤさんがひょっこりと顔を覗かせ、


「起きていたか?」


 と言った。


「はい、日差しが眩しくて」


「そうか。少し、入っても?」


「ええ、どうぞ。話し相手がいないと退屈で」


「だろうな」


 微笑しながらイリヤさんはドアを後ろ手に閉め、俺の傍に立った。天井から吊るされた包帯を指でつまんで、物珍しそうにしている。


「こんな昔ながらの治療は久しぶりに見るよ。民間療法では未だによく行われているのだろうが、軍にいると専属の魔導師達がすぐに傷を癒してくれるからな」


「俺も、それが良かったです」


「効かなかったんだから仕方ないな。ま、存分に休め。今お前が外を歩き回ったら大変なことになるぞ」


「えっ?」


「人気者だからな。コークスを一方的に完封し、新たなチャンピオンになった英雄だとな」


「俺がですか!?」


「あぁ、そうだ」


 俄かには信じられない。俺が英雄と持ち上げられるとは。って、コークスはやっぱりヒール扱いだったんだな。


「あと、民衆はお前が今回の功績をもって帝国軍に採用されたと思っているみたいだな」


「ええっ!? 何故です?」


「だって、私もジュークも観戦に来ていただろう? 私達がコロッセオに行くことなど滅多にないからきっと、お前をスカウトするためにあの場にいたのだと勘違いされたんだろう。こういう噂話が伝わるのは早いぞ」


 あー、そうか。だったら余計にサクセスストーリーっぽいな。無名の一個人がいきなり最強の剣闘士を倒し、そのまま帝国軍に採用されるというのは。


「だから尚更、ここでおとなしくしておけ。街路へ出たらファンに取り囲まれて身動き取れなくなるぞ」


「はい。どのみちこの状態ではまだ歩けそうにありませんし」


「今後のお前のことは、これからゆっくり決めるとしよう。まずは傷を癒すことと、市民の熱を冷ます必要があるのかな」


 コンコン


 ノックの音がした。


「来たか。入っていいぞ」


 イリヤさんの声を聞き、ドアを開けて兵士がトレーに食事を載せて持ってきた。そういやもう朝食の時間だったか。


「私が受け取ろう。お前は下がってくれて構わん」


「えっ? いや、しかし……」


 兵士は戸惑っているようだった。


「大丈夫だ、わかっている」


「そ、そうですか。畏まりました、それではお願いします」


 頭を下げ、兵士はそそくさと退室した。


「さぁ、食事だな」


 ベッドの脇に椅子が一脚置いてある。そしてサイドテーブル。


 イリヤさんはまずトレーをサイドテーブルに置き、椀と木製のスプーンを持ち上げた。


 ちなみにだが俺はこの有様なので両手も使えない。食事はいつも兵士が食べさせてくれている。大の大人が実に情けない姿を晒しているわけだ。で、兵士を帰してしまったからこの部屋にはイリヤさんしか、その役を出来る人がいないことになる。


「ま、まさか……イリヤさんが?」


「あぁ、食べさせてやる。頑張った褒美だ」


 椀には汁気の少ないお粥のようなものが入っている。米粒はジャポニカ米ともインディカ米とも違って粒が非常に小さくて丸い。その小さな米をクリームソースとブラックペッパーで味付けしているようだ。とてもいい匂いがしている。リゾットの感じに近い。


 スプーンですくったリゾットを俺の口元へ運んでくるイリヤさん。


「はい、あーん」


「あーん、はむっ、んんっ、おいしいですぅ!」


 何とイリヤさんにこんなに優しく接してもらえるとは……。感無量。


「今回のお前の功績は大きい。私からのささやかなサービスだ」


 戦いの時とはまるで違う柔和な笑みをイリヤさんは浮かべている。


「ところで、帝国軍入りするのなら私と同じ部隊に推薦しようと思うがそれで良かったか? もし従軍するのが気に入らないなら今から取り消しても構わないが。お前なら剣闘士で食っていくことも充分可能だろう」


「いえ、もう覚悟は決めていましたから。どうせ根無し草なんで、イリヤさんの同僚として働けるなら喜んでお勤めしますよ」


「そうか、良かった」


 ニッコリと笑うイリヤさんにつられて俺も笑顔になる。とても満ち足りた気持ちだった。達成感と幸福感、かな。

 これ程の美女の介護ならずっと受けていたいが……怪我から回復したら俺にも重責と忙しい日々が待っているだろう。


 悪くは無いな。


 自分で選び取った道だ。誰かや何かに流されたわけでは無く。


 だから、納得できる。


「イリヤさん」


「ん、何だ?」


「ありがとうございます」


 この世界へ来て初めに会ったのがこの人で本当に良かったと思う。俺をここまで導いてくれた。それ故の感謝の言葉。

 不思議そうに俺を見詰めるイリヤさんは、強烈な朝の陽ざしを背中に浴びて、俺から見るとまるで後光が差しているかのようだった。

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