#18 試合開始
皆さん!
この度、『異世界金融シリーズ』でお馴染みの暮伊豆様より素敵なレビューを頂きました!
暮伊豆様、ありがとうございます。嬉しくなったので今日はもう一回更新しちゃうもんね!
今、物語は本当に面白いところなんです!
はじめましての方、新着から|д゜)チラッと見に来た方、是非ブクマして読んでみてくださいね!
よろしくお願い致します。
ロメール帝国最大の闘技場として有名なマキシモ・カルカスは、サンロメリア城から北へ少し歩いたところにある。徒歩でも10分かからない立地。帝国のど真ん中にある一大娯楽施設だ。俺のいた世界ならばローマのコロッセオが建築様式として最も近いか。すり鉢状になった建物で、観客席のどの位置からでも試合をする俺たちの様子がつぶさに観察できるようになっている。
いざ自分の足で立ってみるとその広さに驚かされる。一昨日の夜に見たコークスの“裏”の試合、あの試合場とは大違いだ。陸上競技のトラック、あるいはサッカー場一面がすっぽりと収まりそうなほどだ。イリヤさんの言によれば、戦車競走なんかも行われているらしい。
そのど真ん中にて俺とコークスが対峙している。距離、目測5メートルほど。
大入り満員の観客席にはなんと、1万人以上の観客が集まってきているらしい。王都の外からもわざわざ馬車を飛ばして見に来た客もいるという。情報の伝播が早い。遠方との通信設備が整えられていないこの世界において、これほど早急に情報が伝わる秘訣は、やはり魔法らしい。
二人の魔導師間で魔法によって、遠くにいても交信できる術があるようなのだ。もちろんこれには高度な技術が必要なので熟練の魔導師でなければ不可能らしいが。
さて、そんなわけで熱狂的な大歓声が降り注ぐ中、俺とコークスは試合開始の合図を待っている状態。
コークスはやはり、両手に剣を装備している。上半身は裸。下半身は動きやすそうな麻のハーフパンツ。
俺はもちろん、両の拳にナックルダスター。上はコークスと比べると貧相なのでシャツを一枚着て、下半身にはコークス同様ハーフパンツである。
俺とコークスのこの格好を見たとき、会場全体にどよめきが起こった。あまりにも軽装だったからだ。防具も何も身に着けていない。ただ、武器のみ。俺に至っては武器といっても、剣や槍ではなくメリケンサックである。
メリケン“サック”か、ある意味では俺にピッタリの装備なわけだ。
通常、剣闘士試合では体の各部を覆う防具を装着する。動きづらくならない程度に守りを固め、片手に剣、片手には小ぶりな盾を持つのが一般的らしい。そういえば一昨日のコボルトはまさにそんな出で立ちだったな。
コークスの二刀はあまりにも攻撃特化過ぎて相手から反撃をもらうと脆い、というのが最初の予想だったようだ。しかしコークスはそんな予想など意にも介さず、圧倒的力量で敵をねじ伏せて今の地位に登り詰めた。現在ではあの二刀流スタイルはコークスの代名詞となっているらしい。
俺はといえば、それよりもなお弱々しい手甲のみでの参戦だ。だが、俺がこんなふざけた装備で実際にコークスと互角に渡り合ったという噂が既に町中に広がっていた。本当に噂通りのナックルダスター&防具無しの恰好で出てきたもんだから、これには目の肥えた観客たちも度肝を抜かれただろう。一応、両手首から拳にかけて、及び足首には薄くテーピングをしてきた。ムエタイ選手のような感じで。気休め程度にしかならないだろうけど。
試合場の地面には粒子の細かい砂が敷き詰められている。素足で踏むと、ひんやりとして気持ちがいい。ジャリジャリと足下で鳴るその音が均一だ。すなわちここにある砂は、わざと均一なサイズのものを選んでいるということ。剣闘士が不純物で怪我をしないように配慮されているわけだ。
さて会場はと言うと、試合前にも関わらず完全に“出来上がって”いた。
観客たちの興奮はとっくに最高潮だった。
「遂にこの時がやってきたな」
コークスは喜悦の表情で俺を見据えている。
今日、この晴天の空の下、俺たちの戦いを邪魔するものは何もない。レフェリーもここにはいない。兵士が銅鑼を打ち鳴らせばそれが試合開始の合図。そこから先は一方の明らかな戦闘不能か、ギブアップの意思表示によって勝敗を決することになる。
「あぁ」
短く応え、俺は両拳を打ち合わせる。
「今日はとことんまで殴ってやる。期待してていいぞ」
「そうなればいいがな。この俺の剣の間合いを抜けて、俺までその短い拳を届かせることが出来るかな?」
「策は、あるよ」
「ほぅ、興味深い」
事前に策は用意してある。そしてアルコール・コーリング発動下で、俺が想定通りの動きをすることが可能であるというのも、昨日確かめた。準備は万端だ。ここは充分に広く、存分に動き回ることが出来る。
ギブアップするくらいなら死んだほうがマシだ、と剣闘士は皆考えている
負けを認めることは恥ずべき行いである、と
イリヤさんがそんなことを言っていた。誇り高き剣闘士は、自分の口から負けを認めることは決してないそうだ。もし万が一相手に命乞いなどしてしまったら、一生笑いものにされるのだと。
ふん、だったら、俺はコークスに命乞いさせてやろう。死ぬ寸前ぐらいまでボコボコにして、これまでの蛮行の数々を悔い改めさせてやる。
試合直前に酒を飲用した。アルコール・コーリングは効いている。
俺の策をその目で見た時、イリヤさんほどの人が思わず「魔法か?」と尋ねてきた。それもそのはず、この世界には存在しない技術を俺は用いたのだ。さぞや不思議な光景だったのだろう。屈強な兵士を次々とダウンさせていく俺の“技”は、理屈を知らなければ何故そういう結果になるのかパッと見わからない。
これからコークスは、恐らくこの世界で史上初めて使われる未知なる技術に戦慄することになるだろう。
その時、この高慢なゴブリンがどんな顔をするのか、しかと見届けてやるつもりだ。
だがその前に、双剣の対処だ。理想は得物を手放してもらうこと。しかしこれは難しいだろう。かわしながら、隙を見出してゆかなくてはならない。
ま、ぼちぼち行くさ。
今日はジュークもイリヤさんも観戦に来ている。その他、政府の大物達も参列しているという。怪我の治療を終えたサコンも会場に来ているはずだ。何せ注目度の高い試合だ。コークスが遂に敗北するかもしれないという触れ込みは多くの人間の興味関心を引いたことだろう。
マグナスも、会場にいる。スキルで彼の姿を捕捉。きっとなけなしの銀貨を全額、俺に賭けたことだろう。縋るような目で俺を見下ろしている。あいつは今日、ここを出る時、これまで目にしたことのない額の金を手にすることになる。それで幸せになれるかどうかはあいつ次第だが。
状況に流されるまま、こんな所に立ってしまった。けど悪くない。イリヤさんはプッシュしてくれているが帝国軍に入るかどうかはここに至ってもまだ決めかねている。けど、目の前で鼻息荒く待ち構えているこの我欲の権化たるゴブリンの性根を叩き直したいという激しい思いには、忠実でありたい。
正義ではない。個人的な怒りだ。
理由はそれだけだ。
異世界へやってきて、力を得た。だから俺はコークスと戦う。
これは俺にとって始まりの戦いだ。これから先、俺がどうなってゆくのかはこの試合の後に決まる。
アルコール・コーリング。
全ての音を集積、必要なもののみを抽出。
「コークス、お前はこれまでずっと最強であり続けた。しかしその輝かしい経歴も今日で終わりだ」
俺は言う。試合の最中にはとても、言葉など発する余裕は無いだろうから。
「俺が、終わらせる。驕り高ぶったお前に無数の拳を叩き込んで、泣かせてやるよ」
コークスは一際強く、嗤う。自信に満ち満ちた笑み。決して自分が敗北することは無いと信じ込んでいる。
「だったら俺からも言わせてもらおう。お前は強い。強いが結局、最後には俺の前にひれ伏す。これまであらゆる挑戦者がそうであったように、試合が終わるその時、絶望だけがお前の裡に残ることになるだろう」
「ふん、どうかな」
その時、闘技場全体に鳴り響くほど激しく銅鑼が打たれた。
試合開始。
俺とコークスの戦いの火蓋はここに、切って落とされたのである。