#12 明後日やってやらぁ!
すさまじいものを見せ付けられてしまった。王都ロメリア最強の剣闘士コークス。彼の最強たる所以がよく分かった。
今日の対戦相手のコボルトも、そこそこ強かったのだと思う。実戦経験は豊富そうだった。しかし、コークスには全く敵わなかった。
見てよかったなという思いと、見るんじゃなかったという後悔の両方が俺の中にある。相反する二つの思いは思考回路にわだかまり、せめぎあっていた。
俺のスキルで何とかなるんじゃね? 的な楽観視は全く出来なくなった。正直、思っていたのより数段上の強さだった。
俺は数日前まで何の取り得もない底辺野郎だったのだ。そしてロクに喧嘩すらしたことのない真面目で奥手な好青年だったのである。
ゴブリンやケルベロスを数体倒したくらいでいい気になりすぎていたんじゃないかという弱気が首をもたげる。
で、一人で考え込んでいても精神衛生上よろしくないと思ったので歴戦の猛者であるイリヤさんに相談してみたのだが。
「逃げ出せばいいんじゃないか?」
バッサリ、一刀両断である。
ここはシトリのお宿。
俺が戻ってきたらイリヤさんは先に夕食を済ませていたようで、俺が食べ終わるのを待って、シトリと3人で食堂にて雑談をしているのだ。
「勝てなさそうな相手にわざわざ戦いを挑むのは愚の骨頂だ」
「そ、そうですね……」
イリヤさんは真剣そうな顔で俺にアドバイスしてくれている。しかし口元がかすかに笑っているように見えるが、気のせいだろうか。
「お前に期待しすぎた私が間違っていたのかもしれんな、すまない、謝っておく」
「ぐむむ……」
この反応はどう考えても煽られている。だが多分、俺はイリヤさんの前ではコークスと戦うとは一度も言っていないはず。むしろ進んで焚き付けたのはイリヤさんだったのではないか。よく覚えてないけど。
が、今とても悔しいと感じているのも本心だ。こんな思いは転移してくる前では絶対に抱かなかっただろう。そもそもあんな相手と戦おうとも思わなかったはずだ。なまじ、便利なスキルを手にしてしまったが故に、俺は少々調子に乗ってしまったのだろうか。いや……違う。勝算は充分あると、まだ考えている。先ほどのコークスの戦いを見て尻込みしてしまってはいるが、それでも俺はアルコール・コーリングを使えば勝てると信じている。
だから、煽られて即座に言い返せない自分に腹が立っているとも言える。
「コークスは強い。それは間違いない。この私よりは劣るが」
って言っちゃうもんなぁ、この人。でも増長しているわけじゃなくて、イリヤさんの場合客観的な事実を述べているだけなのだ。きっと、コークスよりもイリヤさんの方が強いというのは本当のことなのだろう。
「まぁ、お前の気持ちは尊重するよ。だからコークスに対して勝ち目がないと思うのなら、逃げてもいいんだぞ?」
「……」
「いいんだぞ?」
二回言いやがった!
チクショウ!
「むううう!!! 頭来たぜ!!! やってやる!! やりゃあいいんでしょうが!!」
俺は立ち上がって咆哮した。イリヤさんが俺を煽っているのは当然、わざとである。俺にこういう反応をさせたいが為だ。そして俺の口から、コークスと戦うという言質を取るため。
いいぜ、わかった上で乗せられてやる。
どうせ俺はやる気だったんだ。
マグナスにも大口叩いちゃったし、これで逃げたらいよいよ単なるチキン野郎だ。
「よく言った!! それでこそ男だ!! 偉いぞ!!」
「最強の剣闘士がナンボのもんじゃい!! タコ殴りにしてやるぅ!!」
ネガティブなことばっか考えているから弱気になるのだ。さっさと覚悟を決めて、どーんと強気で構えていればいい。
俺の最強スキル、アルコール・コーリングがあるじゃないか!!
「その意気だ! やっぱりこの私が見込んだ男だな! 実に頼もしい返事だ! じゃあ試合は明日でいいか!? 今すぐ段取りを組みに行こう!!」
「……明後日でお願いします」
そしてここで、ちょっと日和る俺。