#3 隠せ!
「ほんと、すいません」
凛々しき女剣士に向かい平謝りする全裸の、もといその辺に転がっていたゴブリンの死体から奪取した(とても臭い)腰布だけを纏った男、それがこの俺、酒井雄大である。35歳。派遣社員。オタク気質。彼女なし、才能なし、人望なし。趣味はネットサーフィン。得意技は酒を飲むと陽気になること、固有(ユニーク?)スキルは酩酊時の裸踊り。紛うことなき底辺、どこに出しても恥ずかしい底辺である。自分で言ってて恥ずかしい。
「おい、変態。お前、本当に化生の類いではないんだな?」
「いえいえ、滅相もございません。人間です、なんか登場の仕方が怪しすぎますけど。ほら、どこからどう見ても人間でしょ? 空から降ってきたとはいえ、天使なんかに見えます?」
「いや、ただの変態にしか見えないが?」
女剣士はゆっくりと剣を鞘に納めた。しかし、柄から手を離してはいない。つまり何か怪しい動きをすればすぐにでも目の前の俺を斬ることができる程度には警戒しているということだ。
「ぐぬぬ……反論できねぇ」
いきなり空から降ってくる全裸の男子。これを変態と呼ばずして何と呼ぼう。
「で、普通の人間がどうして空から降ってきたんだ? 何かの魔法か?」
「あ、いえいえ、異世界転移です。わかります?」
「異世界、転移? なんだそれは?」
ここで俺は懇切丁寧に異世界転移について語った。だが女剣士は首をかしげるばかり。最終的には匙を投げて、
「わかったわかった、多分こちらの世界では知られていない魔法か何かのことだろ。お前は私の知らない世界から来た、ということだけ理解しておけばいいか?」
会話を強引に纏めた。
「あ、ところでお姉さん、お名前は?」
いつまでもお姉さんと呼称し続けるわけにもいかないので、ここで名を尋ねてみる。
「イリヤ・ブラッド・レーヴァティン」
「わおっ!! めちゃくちゃかっこいいじゃないですか、名前!!」
ちなみに俺は「ほんと、すいません」発言の前に自己紹介を既に済ませていたが名前で呼ばれることなく、ずっと“お前”呼ばわりであった。イリヤさんは若干Sっ気がありそうだ。これは……アリだな。
「ん、なんだお前、ジロジロ見るな」
「え?」
「視線がイヤラシイぞ、弁えろ、変態!」
「ええっ!? そんなガン見してました俺!?」
そう、イリヤさんは相貌はもちろんのこと、スタイルも完成されている。出るところはしっかりと出て、へこむところはちゃんとへこんでいる。ハイレベルで均整の取れたプロポーションなのである。大の男であれば凝視してしまうのも致し方ないのだ。
「ってか、あれっ!?」
と、ここである違和感に気づく。
「落ち着かないやつだなお前……今度はどうした?」
怪訝な顔でイリヤさんが尋ねる。さっきまで剣の柄に置いていた右手を、今は腰に当てている。目の前の男が無害な存在であると段々わかってきたようだ。悪意のないただの変態、というのが最新のイリヤさんの認識なのだろう。うん、実際は悪意はないし変態でもないんだけど。それよりも、だ。
「俺の、俺の腹が、腹筋が割れている!? 気が付かなかったけど、ビールっ腹が、分厚い脂肪層が消滅しているぅ!!? シックスパックが!! ということはもしや、顔は、顔はどうなっているのだ!?」
イケメン!
イケメンに違いない!
イケメンの雰囲気がする!
イケメン特有のにおいが、俺から発散されている気がする!!
転移ボーナスで、ザ・日本人な顔立ちからクラスアップしているという強い予感!!
ヒューマンステージが上がっているという確信めいた思い!!
「あの、鏡とかお持ちじゃありませんか?」
「鏡?あぁ、ほら」
ぞんざいに、手鏡を差し出してくれるイリヤさん。
「貸してください、グフフ……ありがとうございますって全然イケメンじゃねえぇぇぇぇぇ!!! そのまま……そのまんま過ぎるよ。ちょっとだけ頬のあたりがすっきりしてる気がするけどほとんどそのままだよぉ……」
「おい」
「グスン……はい?」
「腰布、取れてるぞ」
「え?」
放心していて気が付かなかった。俺の“剣”が抜刀(モロ出し)されている事実に。
「隠せ」
「え?
……あっ!?」
「早く、隠せ!」
といった感じで俺とイリヤさんは運命的な(?)出会いを果たしたのである。