#7 ガイドと追跡
剣闘士とは不安定な職業だ。命を切り売りしてるのだからたった一度の怪我で引退に追い込まれることもザラにあるのだろう。マグナスのように。
にしてもコークスのやり方は卑劣だ。あえて、わざと、対戦相手を再起不能にして楽しんでいるとは。どうにもムカムカする。
いずれは倒さなくてはならない相手だ。だがその前に情報収集はしておこう。無策で挑むよりその方がずっと安全だ。
マグナスによれば、コークスの戦闘スタイルはロングソードの二刀流。どちらの腕からも自在に剣擊を繰り出してくるらしい。人間を凌駕する筋力に加えて、両手で同じように得物を扱う技量、身体のバランス感覚も必要だろう。
だが、二刀流と聞くと凄そうではあるが、得物が増えたからといってそれを使う者は一人だけなのだから、必ずしもメリットになるとは言い難いんじゃないだろうか。
具体的にどのように二刀を操るのか、これは自分の目で見て確認しておきたい。
幸いにして今夜、コークスの“裏”の試合が行われる予定になっているらしい。そいつを観戦がてら、傾向と対策を考えるとするか。
「で、なんで俺について来てんの?」
「へへっ、乗り掛かった船だろ? この町のことをよく知らなそうだからよ、アンタの護衛とガイドをしてやろうってことよ」
マグナスが黄色く変色した乱杭歯を見せて笑う。潰れた左目と相まってそこはかとなく、不気味だ。
「いやいや、結構、帰ってくれていいよ」
「けどアンタ、今夜のコークスの試合場もわからねぇだろ?」
ううむ……確かに。俺はこの町に来たばかりで地理はまるでわからない。マグナスはその点、ガイドとしては頼りになるか。
「それに、さっきのツレの姉ちゃんをほったらかしにしたままじゃねぇか?」
「あ!忘れてた!」
そうそう、シトリを置いてきてしまったんだった。一緒に町を回るつもりだったのに、こいつを追い掛けるのに夢中で今の今まで忘れてた。
一時間以上は経過しちゃってるが……怒ってるかなぁ。
「あの姉ちゃんは城塞近くの宿屋の子だろ?」
「お、知ってるのか」
「この町のことなら、俺が知らないことの方が少ねぇよ」
「ふうーん、言うねぇ。ならさっきの銀貨はガイド代ってことにしておいてやる。シトリと合流したいんだが」
「とりあえず表通りに出て、その辺をウロウロしてみるか。見つからなきゃ宿へ戻ればいいしな」
東通りの人混みの中でシトリを見つけるのは難しそうだ。
あ、いや、待てよ。アルコール・コーリングを使えばいいのか。
酒の飲用から一時間以上が経過し、かなり酔いも覚めてきている。もともとアルコール度数も低い、水で薄めたビールみたいな酒だったし。
聴覚に意識を集中。スキル発動時の、あの研ぎ澄まされた感覚はない。が、わずかにスキルの効果は残っていた。
シトリの顔を思い浮かべる。
アルコール・コーリングは、1度でも相手の顔を見ておけば、どこにいてもスキルによってその人物のところへ聴覚を飛ばすことが出来る。
シトリの周辺情報を探る。
狭い路地にいるようだ。周囲の景色がぼやけていて、はっきりとどこかはわからない。スキルがしっかり発動している時なら反響音を足掛かりとしてシトリの居場所をちゃんと特定出来るのだが。
とにかく、表通りではない。人気が無いからだ。シトリは両手に持った麻袋にたくさんの野菜を詰め込んで、突っ立っている。
「「おーいアンタ、どうしたんだよ、突然黙りこんで」」
マグナスの声が、二重に聞こえた。あれ?
どういうことだ?
俺は一瞬戸惑ったがすぐに何が起こっているのか理解した。
シトリが、俺たちのすぐ近くにいるんだ。だからマグナスの声がシトリのところからも聞こえたわけだ。俺に話し掛けているマグナスの声と、スキルで拾った声がダブって聞こえていたのだ。
「ってことは……」
俺は、すぐ先の角を折れた。そして予想通り、薄暗い路地に佇む少女の姿をそこに捉えたのである。
「サックさんってもしかして、トラブルに巻き込まれやすい方ですか?」
何もかも見透かしたかのような顔で、シトリは微笑した。俺が突然飛び出してきたのに、全く動じていない。
「おい、何の偶然だよ? 姉ちゃん、いるじゃねぇか!」
マグナスが不思議そうに言った。
いや、訊きたいのはこっちの方だ。偶然ではない。偶然で迷い込んでくるような場所じゃない。
「シトリ、なんで俺がここにいることが」
「ふふふ、私は魔導師ですから。この町にいる限り、私の追跡を逃れることは不可能なんですよ」
そう、シトリは魔導師。しかも能力は今のところ不明。一体どんな術だ? 俺に魔法でマーキングでもしていたのか?
何か、怖ぇ……。
迂闊なこと出来ないな。時間がとれたらこっそりと色町に行ってみようかと思ってたのに!