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#6 最強剣闘士は悪いヤツ

「茶でも出せたらいいんだが」


 盗人はマグナスと名乗った。どうやら元・剣闘士らしい。


「こいつはエリー、見ての通り全身麻痺だ。ネハンの店で働いてたんだが……。客に酷ぇ扱いをされて、このザマさ」


 痩せ細ったエリーは、視線だけを俺の方へ向けてきた。その痛ましい姿。そして臭い。死期の近い人間特有の臭いのような気がした。鼻腔を刺す腐臭。

 恐らく元気だった頃は綺麗な女性だったのだろう。すっきりした高い鼻梁と、赤い髪色が目を惹く。


「詳しく訊いてもいいのか?」


 俺の問いに、マグナスは頷いた。もっとも、ここで(つまび)らかに話してもらわなければ手助けできるかどうかもわからない。


「アイツはエリーの接客態度が気に入らないと文句をつけ、暴力を振るった。馬鹿力で壁に叩き付けられた妹は脊髄を損傷して、こうなった。だから俺が仇を取ってやろうとしたんだが……敵わなかった」


「アイツって?」


「剣闘士だよ。要は俺の同業者さ」


 なるほどな。妹の復讐を果たすべく勝負を挑み、返り討ちにあったわけか。それでマグナスは片目を失い、片足を損傷したのか。


「俺は剣闘士以外の仕事を知らねぇからな。働けなくなったらあっという間にここまで落ちぶれちまったのさ。そこそこ強かったんだぜ、俺は」


 しんみりと言ってからマグナスは遠い目をした。


「けどアイツはもっと強かった。しかもタチの悪いことに、アイツは対戦相手を殺さず、徹底的に嬲るのを趣味にしていやがった」


「そうなのか」


「あぁ、剣闘士は生きるか死ぬか、そういう職業だろ? 中途半端に生き残ったら後が辛いだけだ。いっそ、殺してくれた方がスッキリするさ。それをアイツはわかっていて、敢えて生かす。二度と剣闘士としては復帰できねぇくらいの怪我をさせて、それでも殺さねぇ。最低な奴さ」


 剣闘士になるのは、奴隷だったり身分の低い人間だろう。あるいは異人種か。いずれにせよそれ以外に取り柄も無い者達の集まり。だから五体不満足に生き残ってしまったらもう、やれることは何もない。厳しい世界だ。

 にしても、性格悪い奴もいたもんである。無関係だけど俺がムカついてきた。


「一体誰なんだよ、そいつは」


 名前くらい聞いておこう。どこかで会ったら俺がブッ飛ばしてやる。


「人間じゃない。ゴブリンだ。灰色ゴブリンのコークス。王都ロメリアで一番人気の……最強の剣闘士だ」


「なん……だと!?」


 コークス……アイツか!!


「知ってるのか?」


「昨日会ったよ。それと戦いっぷりも、この目で見た」


 鬼気迫るものがあった。アッパー一発で錯乱ゴブリンを殴り殺した。底知れぬ実力を持った相手、という印象だ。

 いけ好かない奴だとは思っていたがまさかここまで性格が捻じ曲がっているとはな。


「なら、わかったろ。コークスは最強だ。ロメリアの剣闘士で勝てる奴はいねぇ」


 マグナスは断言した。


「そうか、そこまで言われると興味湧いてくるな」


「興味ってアンタ……まさかやる気じゃねぇだろうな!?」


「えっ、ダメかな?」


「その華奢な体つき……剣闘士にゃ見えねえが」


「悪かったね、華奢で」


 否定は出来ないけど、今のマグナスよりは肉がついてる気がするぞ。


「死ぬより惨い拷問が待ってるぞ? 悪いことは言わねえ、人生を棒に振るつもりでないなら、止めておけ」


「あー、とりあえず倍率教えてくれる?」


「……は?」


「オッズだよ、オッズ! もし剣闘士試合でコークスを倒したらどれくらいの金が手に入るんだ? って、競馬用語じゃ伝わらないか。つまり……ギャンブルなんだから払戻額に倍率かかるでしょ?」


「あ、あぁ、その倍率か。ってアンタ、俺の話をちゃんと聞いてたんだろうな!?」


「あぁ、聞いてたよ。あと顔が近い。さっきから凄く唾飛んでくるんだけど!」


「おう、すまねぇ……」


 俺は自殺願望でも芽生えてしまったのか。もう既に脳内でシミュレーションを始めている。コークスがいくら強いとはいえ、アルコール・コーリングがあれば普通に勝てるんじゃないかと考えてしまっている。


「さっき言ったろ、妹を助けてやれるかもってな」


「今更、夢を見させないでよ……」


 寝たきりのエリーは弱々しい声で呻くように言った。首から上だけは動かせるようだが、普通に会話するのも難しいのだろう。


「夢を見るも見ないも、アンタらの勝手だよ。魔法があったら治るんだな? 今のこの、死にかけの状態からでも」


「そりゃあ……腕の確かな魔導師ならな」


 マグナスは言った。が、それから首を振って、


「だがアンタが出場して勝てる保証があるのか?」


 こんなことを(のたま)う。


「だから、俺の勝ち負けをどうこう言うのもお前らの勝手だし、俺はどうでもいい。ただ個人的にコークスが気に入らないから殴りに行く、それだけだ」


「……あぁ、すまねぇ。俺はかなり失礼なことを言っちまってたな。アンタの言うとおりだ。俺に、アンタの行動をとやかく言う権利はない」


「わかってくれたら、それでいい」


 結局、イリヤさんの思う壺か。俺はコークスと戦うことになりそうだ。


「で、さっきの倍率の話なんだが」


「あぁ、言いそびれていた。今現在の剣闘士試合はコークスの独壇場だ。対戦相手にかかる払戻倍率は……300倍だよ。まぁこれはあくまで“表”の政府絡みの試合だけだが。“裏”は、胴元によって色々さ」


 やはり、とてつもない倍率だ。これは一攫千金も夢じゃないな。


「やるっきゃねぇな……」

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