#5 危険な路地裏
「アンタらに用はない」
言ったところで、はいそうですかと引き下がってくれるとは到底思えない。でも出来ることなら穏便に解決したいな。
「は? そっちに無くてもこっちにはあるんだよ。お前は誰だって訊いてんだ」
ううむ……やはり事を荒立てないというのは無理か。俺を囲んでいるのは4人の男達。いずれもかなり痩せていてあばら骨が見えてしまっている。栄養が足りていないんだろう。
「言いたくないんで、黙ってていいですか?」
「……てめぇ、フザけてんのか? まぁいいや、俺達にとっちゃ、アンタが何者でも関係ねぇ。身ぐるみ剥がして、放り出すだけだ。その前に抵抗されちゃ厄介なんで、少しばかり痛めつけさせてもらうがな」
「あのねぇ、そうやって勝手に話を進めないでくれる? 俺はそこの家の寝たきりの女性と、その介護してる盗人と話がしたいだけなんだ」
兄妹がいるバラックを指差す。俺は本心をさらけ出しただけなのだが、逆に勘ぐられてしまったようだ。
「……なんで知ってる? てめぇまさか……帝国軍の差し金か!? あいつらを逮捕するつもりかよ!?」
「違うって! ちょっと落ち着きなよ、面倒だから揉め事は無しにしようぜ」
騒ぎを聞き付け、ここで当人登場だ。簾を上げて外へ出てくる盗人。そして俺と目が合う。
「おいおいおい、そこのお前! 俺の金を盗んだことは大目に見てやってもいいから、こいつらを宥めてくれよ」
「アンタ、なんでここがわかった!? まさか……帝国軍の!?」
ダメだ、この流れ。この場にいる全員が俺を軍の人間だと勘違いしているらしい。俺の服装見てみろよ、こんな平服着た軍人いるかよ!?
でも興奮しているこいつらには言っても無意味だ。残念ながら、戦いになりそうな流れである。
「あぁ~めんどくせぇ! 人の話を聞かない連中だな。いいか、ここでもし俺に挑みかかって返り討ちにされても、恨むなよ?」
ちょっと脅してみるつもりだったのだが、逆に刺激してしまったかもしれない。嗜虐的な笑みを湛えた連中はじわりと俺の包囲網を狭めた。
「そ、そいつはただの観光客だ! だから殺しちまっても、どこの誰だがわからねぇ!」
盗人が実に余計なことを言う。俺を殺してもバレる心配はないから思う存分やって良しと仲間を焚き付けている。いやお前さっき、「帝国軍の人間か!?」とか言ってなかったか?
「なぁんだ、そうかい」
「じゃあさっさと、やっちまおうぜ!」
「金目のもの、持ってるかな?」
「ヒヒヒ……」
めいめいに好き勝手言っている。知らないぞ……どうなっても。手加減はするつもりだが4人同時に来られたら、加減を間違うことだって無きにしも非ずだ。
「血の気が多いね、異世界」
こいつらも日々を必死で生きているのだろう。だから俺みたいな絶好の得物がやってきたら、適当に理由つけて襲うのもわからないでもない。けれど今回ばかりは相手が悪すぎたと思ってもらいたい。
「やっちまえ!!」
正面の男が号令をかけた。
4人の素手の男達が一斉に俺目掛けて殴りかかってくる。武器すら持たず、ただ人数差のみで俺を制圧するつもりか。
俺の中に、反撃の準備はとっくに整っている。男達が動き出す半秒前に、俺の左足が、馬が蹄を蹴り上げるように跳ねて背後の男の股間へと吸い込まれた。
「ぐえっ!」
呆気なく股間を押さえて倒れ込む。これで1人。
顔面へのテレフォンパンチを首を傾けてかわし、身を沈めつつフック気味にボディブローをねじり込む。正確に鳩尾へ。
「ごふぅ!」
悶絶させて、これで2人目。
4人同時に襲い掛かるったって、実際には完全にタイミングを同期させたアタックは不可能である。それに前後左右から一度に攻撃しようにも、ここまで狭い路地では仲間に当たるリスクも高い。同士討ちを警戒しながらでは、本気の打撃もなかなか繰り出せないものだ。
逆に機先を制した俺の方が圧倒的に有利だ。味方がいないから遠慮もいらないし。
「てめぇ!」
掴みかかってきた男の両手の間を縫ってジャブ。鼻頭へ当てて怯ませる。そして背後から飛び込んで俺に覆いかぶさろうとしてきたもう一人に対しては振り向きざまの肘打ち。顔面へめり込んで盛大に鼻血を噴出させながら男はダウンした。
ジャブで怯んだ男は、ダメージから立ち直って顔を上げて周りを見、残りの3人が戦闘不能となっているのを知って驚愕した。
1人につき一撃、それで充分だった。こういう風に路地へ迷い込んできた人間を襲うのは慣れているみたいだったが、いかんせん痩せぎすで格闘技術も持ち合わせていない連中だ。あしらうのは容易い。
「な、返り討ちだったろ? それともまだ続けてみるかい?」
「ひ、ひいぃ!! 申し訳ありません!!」
男は突如、土下座を始めた。額を薄汚い地面にこすりつけ、許しを乞うてきた。
俺はこいつには興味が無かったので、後ろで呆然とたたずむ盗人の方へ向き直った。
「なんだ、アンタは逃げなかったのか」
盗人は深くため息をついた。
「逃げられねぇよ、俺ぁ。要介護の妹が死にかけてんだ」
「知ってるよ。だから俺に少し、話してくれないか? もしかしたらアンタの妹を助けることが出来るかもしれない」
俺ってやつはいつからこんなお人好しになったんだろう。放っておけばいいものを、わざわざ俺に害を成してきた人間を助けようとしているのだから。しかし今は直感に従って行動しよう。この兄妹には何か、事情がありそうだ。