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#3 王都ではスリにご用心

 ロメール帝国王都ロメリアは区画整備がしっかりした城塞都市だ。日本の小さな地方都市よりも更に小規模な街に、国家としての機能の全てを凝縮したような作りになっている。サンロメリア城をその中心として東西南北へ大通りが伸びており、それらから枝分かれした無数の路地が毛細血管のように広がっている。東西南北それぞれの端には外界と都市を隔てる堅牢な城塞が存在していて、ここを常勤の兵士達が固めている。


「というわけで買い出しに付き合ってもらいますね」


 一人で出かけようとしていた俺だったが、シトリのこの発言により一緒に行動することとなった。一人の方が気楽ではあるが、シトリと一緒なら迷う心配もないし何より、王都についてより深く知ることが出来そうだ。

 彼女と並んで東通りを城の方へ向かい歩く。さすがは王都の大動脈の一本だけあって、朝から人通りが非常に多い。


 俺がいた世界は、というか俺が住んでいた街は、歩き回ったとしても面白い発見などありはしなかった。ありきたりな地方都市の、ありきたりな住宅地。

 だがここは見るもの全てが新鮮だ。まるで外国の観光地へやってきたような興奮がある。景観も綺麗だ。


 何より俺の心を揺さぶるのは、人々の表情だ。暗い顔をしている人間がまるでいない。ややうつむき加減で、早足で、無表情で、そんな疲れ果てたビジネスマンのような人間が一人も見当たらない。

 きっと、日々を楽しみながら生きているせいだろう。


「まずは野菜ですね。カガイ通りへ向かいましょうか。朝採れの新鮮な野菜を売ってくれる商店がたくさんあるんですよ」


 人の往来が多い上に、通りの真ん中は馬車が行き交っているので自然と徒歩の人達は端を歩くことになる。肩と肩がぶつかる場面も多い。まっすぐ歩くのもすれ違うのも困難な密度である。それなのにシトリはすいすいと人の間を縫って進んでゆく。小柄な女の子ならではの小回り、そして人の波を絶妙に掻き分けるライン取り。いかにもこの町を歩き慣れているといった感じだ。


「うまいようまいよー、お団子うまいよー」


 突如、鼻腔をくすぐる香ばしい醤油のにおい。視界に飛び込んできたのはみたらし団子屋だ。こんな異世界にもあるんだ。

 いいじゃないか、みたらし団子。買い食いしちゃおうかな。


「ねぇねぇ、シトリちゃん。

 ちょっと団子屋寄ってもいい?」


「あら、朝ごはん足りませんでした?」


「いやいや、ボリューム的には充分だったけど、この芳しい匂いにやられてね」


 宿から出てくる時にシトリから小銭を分けてもらった。銀貨3枚。貨幣経済が充分浸透しているわけではないようだが、少なくとも王都での商取引の基本は硬貨らしい。


「お買い物は急いでませんので、いいですよ。待ってますんで、買ってきてください」


「シトリちゃんは、いる?」


「私はお腹いっぱいなんで、結構です。お気遣い無く」


 そういうわけで俺は団子屋へと足を向ける。


「お団子ひとつくださーい」


 店先で炭火で炙られている団子が実に良い。店主の中年男性はチラリと俺を見、微笑んだ。


「あいよ」


 店主は3つの団子が刺さった串をつまみ上げる。


 その時、背後から誰かが俺にぶつかってきた。


「おっと!ごめんよ兄ちゃん」


 背筋の曲がった男がすまさそうに髪の薄くなった頭を掻いている。その顔を見た時、ちょっと表情が強張ってしまった。というのも左目に大きく縦に傷跡が走っていて、眼球が白く濁っていたからである。刀傷のように見えた。この傷では、左目はもう機能を果たしてはいまい。


「あぁ、別にかまいませんよ」


 ぶつかられたことについて、俺はさほど気にも留めず許した。これだけの人密度ではぶつかってしまうのは仕方ない。


 男は一礼して小走りに去っていく。走る際に右足を若干引き摺っているようだった。過去に足の骨を折ってしまって、それが変な形でくっついたのかもしれない。まぁ、些末なことだ。


 と、俺は腰に提げていた巾着袋が無くなっていることにこの時、気づく。巾着袋もシトリにもらったものだ。銀貨はその中に入れてあった。

 団子が……買えない!! じゃなかった、金を盗られた!!


 間違いない。あの、ぶつかってきた男だ。始めから窃盗目的だったのか。


 クソッ!


 心の中で悪態をつく。迂闊だった。俺はこの世界の治安がどの程度なのかなんて全く考えずに、金をチラつかせて街を歩いていたのだ。ああいう物盗りからしたらいいカモだったろう。


 咄嗟に、団子屋の軒先に並べてある酒瓶を手に取った。350mlほどの容量か。瓶口を封している紙を破る。


「あっ、ちょっとお客さん!?」


「すみません!お金は、そこの割烹着の女の子に!!」


 俺はその酒をぶん取って駆けだした。これじゃあ俺が盗人じゃないか。だが仕方ない。背に腹は代えられない。

 どの道、俺は色々と試そうと思っていたのだ。


 何を?

 決まっている。


 この俺に与えられたスキル━━アルコール・コーリング。

 酔えば酔うほど地獄耳になれるこのスキルの、活用方法を。


 無限の応用が考えられるスキルだ。戦闘も充分こなせる。だがその真価はやはり、情報収集及び索敵であろう。


 ちょうどいい。追いかけっこだ。この俺から逃げられると思うなよ、盗人!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 木刀稽古など、作者様がどうしても外せない場面や、街の時代考証などのこだわりを含めて、「なろうの海をサバイブしたいが、魂は売れねえ……」という、作者様の漢が5行ごとに垣間見え、読後にほっこり…
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