#2 シトリと朝食を
野菜の収穫と牛の乳搾りがシトリにとって早朝の日課らしい。
結局あの後、搾乳も手伝わされたわけだが、当然そんな作業初体験である俺は力加減がわからず、顔中を乳まみれにするファインプレーを繰り出してシトリに早朝からささやかな笑いを提供することとなった。
「今日はお手伝いありがとうございました」
食堂にて。
シトリが朝食を皿を並べてゆく。香ばしく焼いたバタートーストにサラダにミルク。実にモーニングらしいモーニングである。一瞬、異世界にいることを忘れてしまいそうなある意味普通の朝ごはん。
「毎日あんな作業やってちゃ大変じゃないか?」
洗顔したのにまだ顔がベタベタする。乳脂肪分恐るべし。
「楽じゃないですけど、楽しいですよ」
「ほんと? そんなもんなのかねぇ」
都会っ子な俺からすると、そんなに楽しいもんじゃあなかったけどなぁ。
「あ、そういえばイリヤさんは?」
「もう出掛けましたよ。お兄さんが起きる少し前に」
と言ったら5時台か、まだ夜明け前だ。
「早いなぁ……」
「イリヤさんは基本的にあまり寝ませんからね」
そうなんだ……あの人の体力尋常じゃねぇな。昨日ていうか一昨日からずっと動きっぱなしだったと思うが。
俺なんか昨夜の素振りで今現在まさに腕が筋肉痛だよ。
「でもそんな早朝からイリヤさん、何してるの?」
「イリヤさんの所属は帝国軍遊撃部隊です。といってもこれ、今はイリヤさん以外誰も所属していないので実質イリヤさん専用の名誉職っていう感じですね。個人で動く上に、それなりの自由裁量権がありますから平時は何をしてもいいんです。
でもイリヤさんの場合、仕事の依頼が無い時はサンロメリア城で新兵の訓練をしたりしてますね。
無報酬なのに自主的にやってるんですから凄いですよね」
ボランティアか、それは凄い。というか意識が高い。
遊撃部隊というのはフリーランスで動く、帝国お抱えの傭兵みたいな立ち位置のようだ。イリヤさんの実力からして、きっと個々の依頼に対する報酬もかなり高額だと思われる。生活苦はありえないどころか、もう既に一生遊んで暮らせるだけの蓄えすらあるかもしれない。それでも積極的に国家の為に動けるのか。イリヤさんがいかに人格者か、思い知らされる。
「サックさんもイリヤさんみたいになりたいんですか?」
「いやぁ、あんな風には俺、なれないと思うよ」
「私も無理ですね。イリヤさんが背負ってるのと同じだけのものを背負ったら私、折れちゃいます」
帝国最強の女剣士の双肩に圧し掛かるプレッシャーたるや如何程か。想像もできない世界だ。
けれど……不思議な気分だ。俺はイリヤさんのことをもっと理解したいと思っている。あの人にもっと近づけたらいいなと。でもシトリには言わず胸にしまっておこう。うまく説明できないし恥ずかしいから。
「あっ、そういえば、この宿っていつもシトリが一人で切り盛りしてるんだよね?」
ここで話題を変更。
「はい、そうですよ」
「宿でずっと働いてていいの? 確か……魔導師なんじゃなかったっけ?」
「あぁ、私が出動するほどの大事件は最近起きてませんので大丈夫ですよ。
それに今まさに、魔導師としての勤めは果たしていますよ?」
ん、どういうことだ?
俺と会話していることが魔導師としての勤め、という意味か?
「それはどういう……」
「気になります?」
「うん、気になる気になる!」
「私はあまり表舞台には立たない魔導師なんです。裏方担当、みたいな。それはですね、正体がバレてしまうと危険だからです。サックさんはイリヤさんの信任を得るくらいの人なので言っても問題ないとは思いますが……今はまだ秘密ということで」
「なぁんだ、残念」
「近いうちに話せる日も来ると思いますよ。なので、朝御飯食べましょう!」
「あぁ、そうだったそうだった。早くしないと冷めちまうな」
トーストに噛り付く。溶けたバターの風味とこんがり焼けたパンの香ばしさ。ド定番、故に間違いのない旨さ。
朝食でエネルギーを補給したら、今日は王都ロメリアの散策へ出よう。
何か楽しいことや、新しい発見があるかもしれない。